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会員制スーパー

作者: 雉白書屋

 引っ越しを終え、くたびれた俺は近所にあるスーパーに向かった。行きがけに車の窓から、ちらと見ただけだがデカくて、おまけに綺麗そうだったのでここでの生活に不自由はなさそうだ。


 蕎麦がいいかな。引っ越し蕎麦。でも茹でるのは面倒だ。惣菜とカップ麺を組み合わせ……と考えながら店の中に入る。

 うん。かなり広い。それに安いし量もある。これは当たりだな。やはり住む家の近くにこういったスーパーがあるか否かで生活の質というものがっと、かごを忘れていた。ああ、あったあれだ。

 と、俺が買い物かごに手を伸ばした瞬間だった。


『店内でお買い物中のお客様に申し上げます…………その場から動かないでください。繰り返します。その場から動かないでください』


 店内放送。だが何か妙だなと俺は思った。


「そこ動くな! 動くなぁ!」


 店員が顔に青筋浮かべて、そう怒鳴り声を上げた。パックの肉に手を伸ばそうとした老婆が慌てて手を引っ込め、だが、動くなと言われた時の状態の方が良いのだろうかと考えたのか、また手を伸ばし、そしてまた引っ込め、と三回程同じ動作を繰り返した。


『……ただいま、店内に当スーパーの会員以外の人間が侵入した恐れがあります。

店員が会員証を確認してまいりますので、皆様、絶対にその場から動かないでください』


 しまった! ここは会員制のスーパーだったのか!

 心臓が大きく脈打ったが、俺は顔に出さぬよう、キュッと下唇を噛んだ。しかし、気づいたところで何ができようか。出口までは結構、距離がある。店員は向こうにいて、他の客は一、二、四、六……よし、俺との間に六人ほどいる。彼らの会員証をチェックしている間に少しずつ出口に向かって下がろう。しかし、この緊迫した様子。もしかすると……いや、やってみるしかない。捕まれば最期。どんな目に遭うか分かったものではないのだ。なぜならここは会員制スーパー。未知の領域。

 そう考えた俺はゆっくりと出口に向かって後ずさりを始めた。


「オラァ! そこ動くな!」


 背筋が伸びあがった。まるで脊髄に鉄骨を刺された気分だ。


 ――しまった、顔に出ていたか。

 

 これまでか。俺はそう思った。

 しかし、その声は俺に向けられたものではなかったのだ。


「は、はひぃ! あ、あああ!」


 男だ。汗をダラダラかいた男がそう声を上げるなり、出入り口に向かって走った。

 恐らく奴も非会員。知らずに入ってきてしまったのだろう。逃げる、だが……


「ぶぎゅ!」


 やはりだ。自動ドアはロックされていた。

 ドアをガンガン叩く男。そして、こじ開ければいいのだと思ったようで、ぐぐぐとドアの隙間に指を入れ、腕を震わせる。

 が、時すでに遅し。駆け付けた二名の屈強な店員に羽交い絞めにされ、そして引き摺られていった。


『誠にお騒がせしました。「嫌だ! いやだあああ!」どうぞごゆるりと「助けて! たすけてええええ!」お買い物を続けてくださいませ』


 男の断末魔が店の奥へと消えていく。

 平穏を取り戻した店内。ほぉーと客たちの肺から空気が抜け出るその中、俺はそっと出入り口に近づき、外に出た。



 後日、件のスーパーから【会員になりませんか?】とチラシが届いた。この辺りに新たに入居した者に配っているのだろう。

 ただ、その一部の文字のフォントがどうも不自然で、抜き出し繋ぎ合わせると【た す け て】と読めなくもなかった気がしたが、少し見ただけなのでわからない。

 チラシはすでにくしゃくしゃに丸め、家のゴミ箱の中。今更取り出して確かめる気にもなれない。

 こうして普通のスーパーで買い物をするのが落ち着――


『ピー! ピー! ピー! エラーが発生しました! エラーが発生しました!』


「お客様」


「え、いや、あの、その勝手に」


「セルフレジでお会計の際はぁ……投入できるぅ小銭の枚数がぁ決まっているとぉ……こちらに注意書きがあるのですがぁぁぁ……」


「あ、あの、大丈夫かなって、いや、あの見えなかったというか、あ、あ、あ、あ……」

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