孔雀屋敷
夜が明けた。
僕は、かすかな羽音で目が覚めた。
窓から日差しが差し込んでいる。
高窓から入ってきた小鳥が部屋の中を飛んでいる。
小鳥は、しばらく部屋の中を飛び廻ると、やがて高窓から自由に飛び立って行った。
昨日、寝る前に美味しいキャンディーを食べた。
キャンディーを食べるとすごく眠くなった……
やさしい声で、明日自由になれるって言われた……
夢?あれは夢?本当のことじゃなかったのかも知れない……
今、僕は冷たい床の上に転がっている。背中が痛い。
これは、現実。夢じゃない。
『辛すぎて頭が混乱して夢を見たのかな』
僕は悲しくなった。お腹も空いた。寒い。涙が出てくる。
これは、現実なんだろうか。夢だろうか。
嘘も本当も、夢か現実も、よくわからない。
その時、廊下の奥の方から足音が響いて来た。
コツコツコツコツ
重い大きな靴の音
コツコツコツコツ
誰か来る……足音はだんだん近づいてくる。
コツコツ
ドアの前で足音が止まった。
ガチャリ
鍵が開く音がした。
『ああ、僕はどこかへ連れていかれる。どこへ?殺されるかも……』
頭の中が真っ白になった。手が震える。
起きたくない。このままどこにも行きたくない。
僕は床に寝たまま小さく丸まって、頭を両腕で抱えた。
『助けて、、、お母さん。怖い怖い怖い怖い』
コツコツコツコツ
靴音が離れて行く。
その後、何度か、ガチャ。ガチャ。と鍵の音がした。
それから幾分かの時間が流れた。
静寂
おそらく、数分、長くても数十分だったかもしれないが、僕には数時間にも感じられた。
誰も入って来ない。物音も、人の気配もない。
僕はそっと起き上がった。硬い床のせいで身体が痺れている。
足音がしないようにドアのところへ行ってドアノブに触れてみる。
ガチャ……キーー
ドアの鍵が空いている。廊下に出た。誰もいない。
外に続くドアも、庭の門も空いている。
僕はヨロヨロしながら外へ出た。
林の中の小道を進んで行くと急に視界が開けて丘の上に出た。
周りを見渡してみると、下の方に学校と川が見える。
どうやら、ここは子供たちの間でお化け屋敷と言われている孔雀屋敷みたいだ。
孔雀屋敷……
そこには、ミイラみたいな干からびた伯爵夫人が住んでいて、その伯爵夫人は子供の内蔵を食べて血のお風呂に入ると噂されていた。
「家に帰りたい」
僕は林の小道へ引き返し裏道から帰ることにした。
人に見つからないように気をつけながら振り返り振り返り坂道を走った。
後ろから人が追いかけて来るような気がして怖い。
「待って!」
女の子の声がした。
「私も一緒に連れて行って!」
女の子の声は涙声だった。僕は立ち止まって辺りを見回した。
すると大きな木の物陰から一人の女の子が顔を出した。
頭に大きなスカーフを巻いている。僕と同じくらいの年に見えた。
「一人なの、一緒に連れて行って」
木陰から出て来た女の子は震えていた。
「君、昨日の夜の人?」
女の子は頷いた。僕の方に右手を差し出して来た。
僕はその子の手を握って道を駆け出した。
女の子が転ばないように、ついて来れるように気をつけながら走った。
女の子の手はとても冷たくて震えていて、明らかに僕よりもずっと怖がっているのがわかった。
そうすると不思議なもので、僕の方は、さっきまであんなに怖かったり悲しかった気持ちが和らいできた。