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記憶違い

作者: 鶏剣

 これは私が昔実際に体験したお話です。


 小学4年生の夏休み。お盆を前に私は母方の実家、つまり祖父母の家に帰省することになりました。帰省すること自体は、小学2年生まで毎年お盆の時期の恒例行事となっていたこともあって、その年だけの特別な行事というわけではありません。しかし、その小学4年生の帰省はそれまでと異なるものでした。それまでは両親と一緒に帰省していたのが、その年は一人で帰省しなくてはならなかったのです。

 本当であればその年の帰省は家族で行う予定でした。

 私の話をいつも面白そうに聞いてくれて、私が遊ぶ時には怪我をしないようにと私を見ていてくれる祖母。いろいろなところに連れて行って一緒に遊んでくれる祖父。小学3年生の間、両親の仕事の都合で会うことはできなかった大好きな祖父母と会えるということで、私はその年の帰省を楽しみしていました。そんな予定が突然両親に仕事の予定ができたことで、無くなってしまったのです。

『おばあちゃんたちに会いたい』と私が言い出したのは、帰省の予定が無くなった翌日でした。最初は無理だと言っていた両親でしたが、毎日毎日同じことを言う私のために一人で帰省する方法を考えてくれたのでした。


 帰省の当日。

 私は安い腕時計を身に着け、リュックを背負ってバス停にいました。隣にはスーツ姿の父が立っています。リュックには財布、数日分の着替え、タオル、ハンカチ、水筒、夏休みの宿題、降りるバス停や家族の連絡先が書かれたメモ、交通安全の御守りが入っていました。この交通安全の御守りは、一人帰省する私のことを心配した両親がこの日のために近所の神社で購入したものです。

 両親が考えてくれた帰省の方法は、高速バスを使うというものでした。祖父母の住む家から車で30分程度の距離に高速道路のインターチェンジがあり、そこには高速バス用の停留所があったのです。そこに向かう高速バスを使えば他の交通機関より時間はかかるものの、乗り換えも無く祖父母の家の近くまで行くことができます。

 高速バスから降車した後は、停留所のところまで祖父が車で迎えに来てくれる予定になっていました。

 乗り換えも無く、乗ったバスもわかっているなら大丈夫だろうと、両親は送り出してくれたのでした。


「じゃあ、行ってらっしゃい。降りるバス停を間違えるんじゃないぞ」

「大丈夫だよ」


 そう返事をした私でしたが、内心不安も抱えていました。私はそれまでの人生で高速バスに乗ったことなどなかったのですから。それまでは家の自動車か、新幹線と電車を乗り継いで帰省していました。それでも、当時の私には不安以上に初めての一人旅に対する興奮の方が強かったのです。

 父に見送られバスに乗ります。白い車体の高速バスでした。

 乗り込んだ高速バスの中は夏場ということもあり、クーラーが効いており寒気を感じるほどでした。寒暖差で身震いしながらも、席に座ります。

 バスの左側、窓際の席に座り外を見ます。高速バスの外で手を振る父の姿が見え、手を振り返しました。

 程なくしてアナウンスの後バスが動き出します。窓から再び外をみるとまだ父はこちらを見送っていました。だんだんと離れていく父の姿を見ていると一人旅の興奮以上に、不安が大きくなっていきます。父の姿が見えなくなると、思わず私の眼から涙が溢れました。ですが、泣いたからといってどうなるものでもありません。今更降ろしてもらうように頼むのも迷惑だと、子供心に理解していました。それにこの帰省は自分から両親に頼み込んだものです。今更不安になってしまう自分が恥ずかしくなり、益々涙が溢れてきます。

 他のお客さんの迷惑にならないように、リュックからタオルを取り出し、顔を押し付けて声が漏れないように泣きました。

 数分も経てば気持ちも落ち着き、涙も収まります。

 周りが自分に視線を向けている気がして、私は車内から目を逸らして外の景色を見ることにしました。バスの座席位置は地面から見ても高い位置にあるためか、今までにない一人での帰省だからかはわかりませんが、普段家の車に乗った時に見る景色と比べ新鮮に感じたのを覚えています。

 しかし、高速道路に入り、山を通る道に差し掛かると景色の変化も少なくなり、退屈になってしまいました。車酔いすると大変だからと、本やゲームなどの娯楽は持たせてもらえなかったのです。

 すると、暇を持て余した私に強烈な眠気が襲いかかってきました。泣いて体力を使ってしまったからもあるのでしょうか。眠ってしまうと降りる時のアナウンスが聞こえなくなってしまう。そう思いうつらうつらとしながら眠気と戦っていましたが、いつのまにか眠気に勝てず眠りの世界に落ちて行ったのでした。


 バスの運転手さんのアナウンスで目を覚ましました。ぼんやりとしながら腕時計を見ると、バス停への到着時刻の数分前でした。再度のアナウンスで目的地の名前が発せられたことで、意識が一気に覚醒します。

 外を見ればバスは高速道路のインターチェンジに向かう道に差し掛かっていました。

 絶対に降りるバス停を間違えてはいけない。そう言われていたので、慌てて降車ボタンを押します。腕時計を見れば12時20分をさしており、到着予定時刻ギリギリの時間であり、起きれたことに安心します。

 インターチェンジの高速バス用の停留所。そこにバスが停止しました。

 田舎のバス停のためか他に降りる乗客はいません。

 バスから降りると激しい熱気と強い日差しが私の体に突き刺さります。思わず手で陽射しを遮る私に声がかけられます。白髪のおばあさんでした。


「よう来たねえ、はるちゃん」

「……おばあちゃん?」


 名前を呼ばれ、違和感を抱きつつおばあさんに近づきます。おばあさんはわずかに腰が曲がっていました。それでも当時の私はその顔を見上げる形になります。


「これから、一週間お世話になります」

「あれまあ、しっかり者になって」

「おじいちゃんはどうしたの?」


 疑問に思ったことを私は聞きました。ここには祖父が迎えに来る予定になっていたはずですが、祖父の姿はありません。


「ごめんなさいね。おじいちゃんは急なお仕事で迎えに来られなくなっちゃったの」


 おばあさんは笑顔のまま、申し訳なさそうな口調でいいました。

 その笑顔と申し訳なさそうな様子に、違和感も忘れてお礼を言います。


「ううん。迎えに来てくれてありがとう。おばあちゃん」

「それじゃあ行きましょう?」

「え?」


 おばあさんは私と手をつなぎ歩きだします。向かう先は高速バスの停留所の近くの上り階段でした。


「おばあちゃん? 私お母さんに電話しないと」


 到着したらバス停横の公衆電話で母に到着の連絡をするという約束でした。当時の私は携帯電話なんて待っていなかったので、高速バスの停留所の横にある公衆電話を使うことになっていたのです。


「大丈夫よ。電話は家に帰ってからにしましょう? 電話代ははるちゃんのお小遣いになさい」


 両親との約束を破ってしまうことに後ろめたさを感じつつも、大人の言うことであり、電話代を自分のお小遣いにしていいという誘惑にも負けて、おばあさんの言葉に従うことにしました。そのまま階段を昇り始めます。

 階段を昇るとすぐに一般道の歩道でした。そこには一般道を通るバスの停留所がポツンとあります。時刻表の看板は雨風でボロボロになっており、長い間そこに貼られていたためか時刻表は色あせています。腕時計を見ると10分で到着するようでした。バスを待つためのスペースは屋根もベンチも木製で、一部がコケかカビかわからない緑色になっていました。


「車じゃないの?」

「おばあちゃんは車運転できないの。ここまでもバスで来たのよ」


 以前両親と帰省した時は祖父か両親が車の運転をしていたことを思い出します。

 バスが来るはずの一般道は森の中を切り開いて作られた県道で、歩道の横には側溝を挟んで森が広がっていました。生い茂る木々は視界を遮り、バス停の位置からはやって来るはずのバスが見えなくなっていました。

 すると木々の影からバスが姿を表しました。大きな白いバスはところどころ錆びたり塗装が剥がれたりしています。


「さあ乗りましょう」

「え?」


 バスが止まり、私の前で軋むような音を立てながら後ろ側の扉が開き、おばあさんはバスに入ろうとします。

 腕時計を見るとまだ8分ほどあるようでした。このバスであってるのか疑問に感じつつも、おばあさんがあまりに当然のように乗っていくので、慌てて乗り込みます。

 中に入り最初に感じたのは強烈な冷気。バスの前方に向いた二人掛けの席におばあさんが腰かけます。寒さに身震いしつつもリュックを足元に置いておばあさんの隣に座ります。先にバスに入っていったおばあさんが窓際の席で、私は通路側の席でした。


「このバスであってるの?」

「ちょっと早く着いただけよ。それにこれを乗れないと次のバスが来るまで一時間以上も待たないといけないもの」


 話している間にバスの扉が閉まります。

 バスが走りだすと部品の音かカラカラという音が耳に入ります。ゆっくりと進みだしたバスは森の間を切り開いた県道を進み始めました。

 おばあさん越しにバスの右側の窓を通して、外の景色を見ます。しかし、汚れた窓から見える外は森が広がっているだけで、私にとって面白いものではなく、すぐに飽きてしまいました。

 外を見るのを止め、車内に目を向けました。外は快晴で明るいのに対し、薄暗い車内。一部が錆びた金属の手摺。車内には冷気に混じって独特な鉄臭さがかすかに漂っています。バスに乗っているお客さんは私とおばあさんだけで、確認できる他の人は運転手だけでした。当然、運転手は運転中のため後ろ姿しか見えません。車内にあるバックミラーは角度の関係か運転手の顔までは見えませんでした。

 そこで気が付きます。走り出して数分経つというのにバス内にアナウンスが流れないのです。聞き逃したのかと気を付けて待ってみますが、次のバス停の名前すら言う気配がありません。

 そう意識してみると、私の住んでいた近所を走るバスや、高速バスにあったような、次の停留所や運賃を表示するモニターもありません。

 本当にこのバスはお客さんを乗せるバスなのでしょうか。

 不安になりおばあさんに話しかけます。


「おばあちゃん。本当にこのバスで合ってるの?」

「大丈夫よ」


 おばあさんは私を見て先ほどと変わらない優し気な口調のまま言いました。その表情は先ほどと変わらない笑顔。

 まるでこういったバスが当たり前であるかのような、その表情。それを見て、そういうバスもあるのかな、と無理矢理自分を納得させます。

 そして、再び外を見ようとバスの左側に目を向けました。

 左側も右側と同じく森でした。太陽の光が天井のように覆われた葉によって遮られているためか薄暗く、木の幹によって視界が遮られることもあって森の奥深くまでは見えません。地面にはまばらに草が生えているだけでした。

 何か動物でも見えないかな、とそのままぼんやりと斜め前の方を見ていると、道路脇に細長い棒のような何かが立っているのが見えました。何かと思い見てみると、すぐにそれの正体がわかりました。

 バス停でした。屋根付きのバス停に黒い服の人が、一人日傘をさしてバスを待っています。この夏だと言うのに長袖長ズボン。日傘で隠れて男性か女性かもわかりません

 周囲に民家や施設もなさそうな森の中のバス停に人が待っているのは意外でしたが、その人を乗せるためにバスが停まるだろうと思っていました。

 しかし、バスはスピードを落とす様子はありません。降車する人がいないかの確認のアナウンスもなく、その横を通り過ぎて行きます。バスを待っている人がいる以上、廃止されているというわけではなさそうでした。もしかしたらこのバスの路線には含まれていないバス停なのかもしれない、そう思いながらも私はおばあさんに聞かずにはいられませんでした。


「乗せなくていいの?」

「大丈夫よ」


 おばあさんは先ほどと変わらない笑顔のまま言います。

 その笑顔に、その日最初におばあさんと会った時の自分の中抱いていた違和感が再び心の中に芽生えます。


 祖母はこんな人だったでしょうか。


 おばあさんは『大丈夫』と言った後、静かに座っています。その目は私の方をむいてはおらず、窓の外に向き景色を眺めています。

 おばあさんはこのバスに乗ってから私が話しかけた時以外、ずっと外を見ていました。まるで私のことになんて興味がないように。

 私が急に帰省をしたいなんて言ったから怒っているのかもしれません。そう思いつつも答えを聞くのを恐れて聞くことはできませんでした。おばあさんから目を逸らし、バスの進行方向を見ます。

 信号待ちを利用して運転手に声をかけ、行き先を知るためです。しかし、こんな森の中の道では信号はほとんどありません。高速道路の出口の場所にあっただけで、この道を走りだしてから、一度も信号はありませんでした。

 そのまま少し待つと、進行方向で道の左右の森が途切れました。森の間を抜け街に入ったのです。民家より畑の方多く見えるそんな道でした。そして進行方向の十字路に信号があるのが見えました。

 信号は青を示していましたが、バスが信号に近づき50メートルくらいの距離になった時赤に変わりました。少なくとも信号までに停まる余裕がある距離は離れていました。

 しかしバスは交差点が近づいても一向にスピードを落とす気配がありません。

 私は思わず悲鳴を上げ、座席の横にある手摺を掴みます。

 バスはスピードを緩めることなく、信号が赤のままの交差点に差し掛かり、その十字路を右折したのです。

 大きく外側に向けてバスが傾いたような感覚。私の体が遠心力で通路側に引っ張られるのを、両手で手摺を掴み必死で堪えます。

 幸いにも交差点に差し掛かった他の車は無く、右折した後のバスは何事もなかったように進み続けます。


「お、おばあちゃん! 絶対おかしいよ」


 私は再びおばあさんの方を見て震えながら言います。

 おばあさんは外を向いていた首を私に向けます。


「大丈夫よ」


 おばあさんは変わらない笑顔のまま。あんな速度でバスが右折したのに、何ごともなかったかのように座っているのです。

 私が走って転びかけただけでも怪我がなかったか心配していた祖母。表情こそ優し気ですが私の横に座るおばあさんの様子はあまりにも記憶の中の祖母の姿とはかけ離れたものでした。


「運転手さん! お、お願いします! バスを止めてもらえませんか!?」


 私は立ち上がることができずに、運転手に向かって叫びました。

 席を立って横に座るおばあさんから離れたい気持ちもありましたが、立ち上がっている時に先ほどのようにバスが急に曲がることがあれば今度こそ怪我をしてしまいます。最悪死んでしまうかもしれません。


『大丈夫ですよ』


 このバスに乗ってから初めての車内アナウンス。抑揚がない『大丈夫』。それだけを流して車内のスピーカーは再び沈黙してしまいます。その言葉の意味に反し、そのアナウンスは私の心を不安を抱かせるには十分でした。

 バスが走る広い道から横道に向かって、再びバスが右折します。今度は先ほどより緩やかな角度で曲がったため、先ほどよりも体にかかる負担は少なく済みました。しかし、曲がった先はの民家の間を抜けていく、バス二台がぎりぎりすれ違えるくらいの細い道です。そんな道を先ほどと変わらない速度で進むバスに恐怖はどんどん膨らんでいきます。

 私は無事にこのバスを降りられるのか。

 私の隣に座るおばあさんが祖母ではないなら何者なのか。

 このバスはどこに向かっているのか。

 私は恐怖から手摺を掴んだまま俯いてしまいました。周囲を見なくなると自分がバス内の寒さに反し、じっとりとした汗をかいていることを感じます。思わず体が震えたのは、冷気と汗で体が冷えたせいなのか、恐怖からなのかわかりませんでした。曲がった時に痛めたのか、左手首だけが熱を持ち、痛みがじわじわと広がり始めます。

 バスが大きく揺れ、椅子に腰かけた体が一瞬浮きます。驚いて再び顔を上げると、バスはいつの間にか再び森の中を走っています。

 先ほどまで走っていた森の間を抜ける県道と違い、コンクリートで舗装されているものの、バスがぎりぎり通れるほどの細い道です。横に歩道もない道であり、少し道からはみ出せばぶつかってしまいそうなほどの近さに木が生えていました。

 その木々の根がコンクリートの地面を盛り上がらせているらしく、時折バスは大きく揺れます。

 カーブがあればそのまま道を外れてしまいそうなほど細い道を通っているというのに、バスはスピードを緩めません。

 恐怖に震えること以外、私にできることもありません。再び俯くと足元に置いたリュックが目に入りました。

 周りに頼れるものもなく、左手で手摺を掴んだまま、足元のリュックに右手を伸ばします。

 私はリュックの後ろ側についている小さいポケットを開き取り出したのは、家を出る時に両親が持たせてくれた交通安全の御守り。俯いたまま取り出した御守りを両手で強く握ります。運転手に失礼という気持ちを抱く余裕もなく。何もできることもない状況に置かれて、私はそれに縋らずにはいられませんでした。


「はるちゃん?」


 バスに乗ってから初めておばあさんから声をかけられます。


「何を持っているの?」


 続いた言葉は俯いていることへの疑問でも、心配でもありませんでした。俯いた視界の中におばあさんの手が伸びてきます。

 おばあさんの骨張った白い手が私の御守りを握った私の両手に触れました。氷のように冷たい感覚と同時に、鳴り響く急ブレーキの音。その直後、強い衝撃を感じ私は意識を失いました。


 気が付くと私は、病院のベッドの上でした。腕から点滴の管が伸びています。

 ベッドの脇で心配そうに私を見ている祖父母と目が合います。

 目が合った瞬間祖母は泣き、祖父は私に体調を訪ねた後、お医者さんを呼びに行きました。

 お医者さんから診断を受け、熱中症だろうと言うことになり入院することになりました。

 診断が終わった後、祖父から話を聞くことができました。

 どうやら、私はあのおばあさんとバスに乗り込んだ停留所で倒れていたそうです。渋滞に巻き込まれ遅れて到着した祖父が倒れた私を発見し、救急車を呼んだとのことでした。

 そして、祖父から到着が遅れたことを謝られました。祖母は診断の間に泣き止んでいましたが、祖父が話している間に再び泣きだしてしまいました。

 そんな祖父母の姿を見て、申し訳なさ以上に安心が勝りました。

 私に対しての心配と申し訳なさで泣いている祖母。祖母は二年前会った時の記憶の姿と比べ、すっかり小さくなっていました。記憶より痩せ、記憶より腰の曲がった祖母の姿。実際は私が成長して背が伸びていたのですが、そんな記憶と違う姿でもこの人が本当の祖母なのだと思えました。

 退院後、私が倒れたと聞いて、駆け付けた両親にあの時の話をしましたが信じてくれませんでした。幻覚や夢を見ていたのだ、と。あまりに周りの大人が信じてくれないので、私も最初はそう思いました。

 しかし、持ってきていたリュックの中身を見た時、あの出来事は夢じゃなかったのだと確信しました。

 リュックからはあのバスで最後に握りしめていた交通安全の御守りだけが忽然と消えていたのです。


 これが私の体験した出来事です。

 あれから9年が経ち、私は大学生になりましたが、今でも夏になるとあの日のことを思い出します。

 あの事件の後、帰省の際は両親と一緒に帰るようになったからか、あのバス停を使わなくなったからかはわかりませんが、あのおばあさんと出会うことはありませんでした。

 結局、あのおばあさんとあのバスはなんだったのか、今でもわかりません。

 ですが、しばらく会っていない人に久しぶりに再会した時、私はいつもあの日の出来事を思い出して、この人はこんな人だっただろうかと疑って恐ろしくなってしまうのです。


 もし、あの時御守りを持っていなかったらどうなっていたのでしょうか。次、あのおばあさんに会ってしまったら、あのバスに乗ってしまったらどうなるのでしょうか。

 大学受験があったこともあり、今年はあの日以来の2年ぶりの帰省。大学に入学して一人暮らしになったためあの日以来の一人での帰省です。

 私は今年無事に帰省できるのでしょうか。

 そんな不安を抱えながら私は交通安全の御守りを帰省の荷物の中に入れるのです。

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