after Day. 12
二平方和定理のやり残した部分を、茉莉が一所懸命に説明します。皆さん、途中で寝ないで最後まで読んでください。
フェルマーの二平方和定理とは……
①素数は、4で割った余りが3でないとき、またその時に限り、二つの二乗数の和で表せる。
②合成数は、4で割った余りが3である素因数が、どれも偶数個のとき、またその時に限り、二つ以下の二乗数の和で表せる。
今日のマス部では、この定理の①だけを証明した。結構長くて複雑で、とても瞬時に思いつきそうにない証明なので、半分だけで部活の時間のほとんどを費やしてしまったのだ。
とはいえ、残った②に関しては、①と、その証明に使った色んな要素を組み立てることで証明できるという。なので……。
「①の証明は最後の最後でやらかしてしまったので、②の証明でリベンジさせていただきます!」
わたしは見開きにしたノートをテーブルに立てて、紙芝居のように説明を始める。
「まず基本的なことからですが、合成数は、いくつかの素数を(重複も含めて)かけ合わせた数です。合成数を素数のかけ算で表すことを素因数分解、分解して現れる素数は特に、素因数と言います。そして、この素因数を、4で割った余りが“3”と“3以外”の2種類に分けることで、合成数が二平方和で表せるための条件が見えてきます。“3以外”同士のかけ算だったら簡単です。要するに二平方和同士のかけ算なので……」
ブラーマグプタの恒等式より、
(a^2+b^2)(c^2+d^2) = (ac+bd)^2+(ad-bc)^2
「……この恒等式を使って、同じように二平方和で表せると分かります」
ブラーマグプタという舌を噛みそうな名前は、笑われるのがもう嫌なので、口頭で使うのを避けた。
「次に、4で割った余りが3の素因数が、偶数個含まれている場合ですが、これも簡単で、二乗数と二平方和をかけ合わせると……」
a^2×(b^2+c^2) = (ab)^2+(ac)^2
「同じように二平方和で表せるので、二平方和で表せない素因数があっても、二個かけ合わせてあれば、やはり二平方和で表せます。これを繰り返せば、4で割った余りが3の素因数は、偶数個あればいいということになります」
「…………」
「問題は、4で割った余りが3の素因数が、奇数個含まれているとき……この場合には、どうやっても二平方和で表せなくなります。合成数Aを二平方和で表す方法がない……このことを示すには、“ある”と仮定して矛盾を導く、背理法を使うのが定石です」
ひねくれ者の常套手段である背理法を使うのは、正直に言えば気が引けるけど、数学ではよく使われる手法だし、背に腹はかえられないよね。
「まず、ある合成数Aが、4で割って3余る素因数pを含んでいるとして、a^2+b^2という二平方和で表せると仮定します」
A = kp = a^2+b^2
ただし、pは4で割って3余る素数
「ここで、もしaがpの倍数だったら、mod pで計算することで、もう片方のbもpの倍数になると分かります」
aがpの倍数ならば、a≡0 (mod p)なので、
b^2 = kp-a^2≡0-0^2 = 0 (mod p)
pは素数なので、二乗して0と合同になるのは、pの倍数のみ。よって、
b≡0 (mod p)
「つまり、aとbの両方がpの倍数なので……」
a = a'p, b = b'pとして、
A = a^2+b^2 = (a'^2+b'^2)×p^2
「Aは、二平方和と二乗数のかけ算となります。ということは、Aをp^2で割った商が、二平方和で表せるかどうか、という問題に置き換わります。aとb、どちらか一方でもpの倍数だったらこの繰り返しなので、ここからはどちらもpで割り切れないとして、話を進めます」
ここまでは合同式の知識やブラーマグプタの恒等式を使って、順当に考えを進められた。ここから、ちょっとしたアイデアが求められる。整数論で最も重要な概念の一つを、常に頭の片隅に入れていたからこそ、思いつけたことだ。
「さて……aがpの倍数でないということは、aと、素数pは、必ず互いに素となります。互いに素ということは、オイラーの定理から、mod pでaに“逆数”が存在する、ということになります。aの逆数をcとおくと、こういう関係が出来上がります」
ac≡1 (mod p)となるcが存在する。
「そこでわたしは、ちょっと大胆な手段に出ました。最初に仮定した式の両辺に、c^2をかけてしまう、というものです。つまりこういうことです」
kp = a^2+b^2 より、
kpc^2 = (ac)^2+(bc)^2
「これをmod pで考えると……」
0≡1^2+(bc)^2 (mod p)
よって、
(bc)^2≡-1 (mod p)
「こうなります。と、ここで気づきました。この式は、mod pで-1が平方剰余になることを示していますが……pは4で割って3余る素数なので、マス部でやったアレコレから、-1が平方剰余になることは絶対にありません。すなわち矛盾です!」
この矛盾に辿り着いたとき、わたしは興奮を抑えられなかった。その勢いのまま、誰かに話したくてたまらなくなり、今に至る。
「以上のことから、pが二平方和で表せると仮定して矛盾がおきたので、合成数Aにpが一つだけ含まれているとき、Aを二平方和で表すのは不可能だと分かりました。pが奇数個含まれていれば、p^2で割り続けることで、pが一つだけ含まれる合成数に置き換えられるので、結局二平方和で表すのは、巡り巡って不可能だと分かります。これでフェルマーの二平方和定理の②も、証明できました!」
「んん~~むにゃむにゃ……このカレー、なかなか辛ぇ……」
「…………」
自宅に帰ってからこの証明法に気づいたわたしは、説明を聞かせる相手に身内を選んだ。しかし、長広舌の最中に、その相手は寝てしまっていた。
姉の八重子が寝ぼけて、今日の夕飯に絡めて呟いたダジャレを聞いて、屋内なのにわたしは妙な肌寒さを覚えた。同時に、途中から話を聞いてもらえなかったことに、虚しさを覚えた。
(明日の朝ご飯……お姉ちゃんには、カレーの残りにタバスコ入れて出そうかな)
割と本気でそんなことを考えた。
とりあえず、こんな虚しい気持ちにさせるのは申し訳ないので、今度から学校の先生の話は、寝ないでちゃんと聞こうと心に決めるわたしであった。
今回はかなりがっつりと数学の話をしてしまいましたが、ついて来られたでしょうか? 数学の証明はほとんど抽象的なので、とっつきやすくするには具体例を出すしかないのですが、そうすると文章がめっちゃ多くなるので、加減には気をつかいます。
さて、数学を学ぶ上で一番大事なものは何かというと、そう、論理的思考です。世の中にはロジックの作法について書かれた本がいくつもありますが、数学の基礎となる論理には、作法ではなく規則があります。慣れていない人も多いと思うので、次から数学の考え方を題材にしてみようと思います。




