ヴィオラ、驚愕
「本格的に調査をして欲しい」
「ヒト族の街の調査ですか」
「うむ、気になるものがいくつかあってな」
魔王は鏡剣を持ち上げる。
磨き上げられた剣の表面に魔王と調査役が反射する。
本日魔王に命を下されるのは調査役のエビアボだ。
ヴィオラたちが今まで持ち帰ってきたモノをまとめてみる。
鏡剣、レシピ、ミラジオ鉱石や敵の情報。
本格的に調査に乗り出す必要がありそうだ。
「すまぬが、ヴィオラも連れてってやれんか?」
「姫様も??」
「やったー!」
「あぁ、ヴィオラはヒト族の脈を持っている」
「それはありがたいです。遂に、遂にヒト族を滅ぼすため我らが反撃を始める時か…!」
「むむむ」
ヴィオラを連れてヒトの街に向かう。
ーーガタンガタン
ーーガタンガタン
下水を流したような空の下を鬼馬車が走っている。
外を通り抜ける風の音でヴィオラとエビアボが何を話しているのかわからない。
箱の窓からはいつもの畦道が見える。
これが見えると街はもうすぐだ。
いつもはここら辺で魔法で人になりすます。
しかし、今日は街の周囲に異変を感じる。
遠くに見える関所には兵士が1人もいないのだ。
姫はいつもと違う風景に些細な不安を感じながら外を眺める。
近づいていく街にこれほど不安を感じたことはない。
いつもの関所を横切ると街が近くに迫る。
先ほど見えていなかった兵士たちは、どうやら街の門に集まっているみたいだ。
良かった、ヒトはいなくなってなんかいなかった。そうヴィオラは思った。
1人の兵士が手を振ってこちらに合図を送ろうとしている。
「おい!! そこの旅人!! そこは危険だ!! 引き返せ!!」
かろうじて聞こえる距離だがまだ遠い。
馬車は街に近づく。
やはり姫の予感は正しかった。
空中から轟音が聞こえる。雲の切れ間から黒粒が拡散する。
それらは瞬にして2倍3倍に大きくなる。
ドラゴンだった。
姫にとってドラゴンは珍しいモノではない。
ドラゴンといえども様々なタイプがいる。特に今回のものは1番小さな種と言えよう。
しかし、不可解な点がある。ドラゴンは群れないのだ。
いくら小さな種といえども、その強さは並みの魔族やヒト族では太刀打ちできない。
圧倒的なパワーを持ちうるからこそ、基本単体で行動するのがドラゴン。それがこの世界の理だと知っているからだ。
目の前にいるドラゴンの群れは街上空に到達すると、間隙を許さず火、氷その他諸々の息吹を叩きつける。
逃げるモノ、燃えるモノ、凍りつくモノ、そこには様々に変化したヒト族が乱立していた。
「エビアボ!! たすけないと!」
「何故? ヒト族の争いに私たちが手を貸す必要はないでしょう」
「でも!!」
「いやー、それにしてもドラゴンの息吹はいつ見ても滑稽ですな! 出鱈目な出力で火を噴き出す! 体力を気にしていないのが気持ち良い! みごとみごと!」
エビアボは魔族だ。むしろこの人物の考えがスタンダードなのである。
しかし、幼いヴィオラに基準などわからぬ。
彼女は関所の丘から1人で街へ向かっていた。
「デニシュ! コーボ!!」
街は滅茶苦茶。
ヒトもグチャグチャ。
街の門を通り抜けるとそのような世界が広がっていた。
初めての光景だが、姫は気に留めない。
壊れた噴水を抜け、かつてあったコーボのパン屋まで走り抜ける。
「ヴィオラちゃんかい!! こっちに来な!!」
井戸の中から声が聞こえる。
明らかにコーボの声だと分かったヴィオラはそのまま井戸の底へ向かって垂れたロープを伝う。
「コーボ! デニシュ! 良かった!! 生きてたんだね!!」
「ヴィオラなんで外にいたんだよ! 竜から攻撃されなかったのか?!」
たしかに、頭上には数多のドラゴンが待っているにも関わらずヴィオラは無傷だ。
デニシュの言葉に気づかされた。
「おい、この中にもヒトがいるぞ!」
「火炎弾でも投げ込んでおけ」
井戸の外から声が聞こえる。
それと同時に井戸を覆う程度の火炎弾が頭上に降り注ぐ。
「「防御壁」」
ヴィオラとデニシュの魔法で難なく防がれた。
「なんでイドのなかにいるの?」
「なんでってお前?! お前がくれた鈴が鳴ったんだよ!」
街に転がっていたヒトの死体は反応に遅れたものたちだった。
「しっ!! 聞こえたらまた殺しにくるよ! 黙りな!」
コーボが2人の口を抑える。
私が外を見てくると言わんばかりに、ロープを伝ってよじ登る。
井戸上部に出たところでコーボの体が固まる。何者かによって井戸から連れ出されてしまった。
井戸の底でその様子を伺っていた2人は急いでよじ登る。
「おかーさん!!」
「コーボさん!!」
外に出るとコーボの姿はなく、その代わりにドラゴンが街を闊歩していた。
明らかにデニシュの顔色が悪くなる。その一方でヴィオラは一体のドラゴンに駆け寄る。
普通ならヴィオラの頭はもう食べられているはずの距離まで近づく。
それなのに、まだ生きている。
デニシュには、彼女がもはや会話をしているように見えていた。
しかし、それも気のせいだったとすぐわかる。
一瞬、ためらった素振りをした気がするが、ドラゴンはヴィオラに向かって息吹を繰り出す。
「危ないヴィオラ! 防御壁!」
寸前で彼の魔法が息吹を弾いた。
心配そうにヴィオラに駆け寄るが、そこには以前までの彼女は存在しなかった。
角、尾、目の色。全てがヒト族とかけ離れた特徴を表している。
「お、おまえ…ヴィオラ…」
目の前のドラゴンの胸は氷柱に貫かれていた。
「デニシュ! わたしたちでみんなたおすの! そしてマチ、すくう!」
「街を救うって?」
そういうとヴィオラは近くで闊歩するドラゴンを次々に氷柱で貫いていく。
それに合わせてデニシュも爆撃で応答する。
「ヴィオラ! こいつら炎効かないよ!!」
「しってる!!」
2人は氷魔法を用いてドラゴンを次々なぶり殺していく。
あらかた近くのドラゴンを蹂躙し終えた頃、空から今まで見たこともない大きさのドラゴンが横切った。
「おかーさん!!」
「え? ドラゴンだよ」
デニシュの指差す先には大きなドラゴン、の手に握られたコーボがいた。
「助けなきゃ!! おかーさん!!」
知らせの鈴が鳴っている。
普段なら怖気付くデニシュだが、習ったばかりの浮遊魔法を放つ。
近くのバケツに当たった。
なんの変哲もない普通のバケツはデニシュを、遥か空の彼方に連れて行った。
しかし、大きなドラゴンには辿りつかない。
体躯の割に速さがあるのだ。
尻尾について回るも、振り回される。
デニシュは虚空を掴んだ。
その時
「煌斬!!」
浮力が切れて落ちていくデニシュは空を仰いでいる。
その目線の先には、ヴィオラと思しきものが宙に浮いている。
デニシュはこの街随一の魔法使いという自信を持っていた。
浮遊魔法は普通齢16で習う魔法だ。
それが使えるだけでも自慢だったのだ。
しかし、そのプライドは目の前の光景で焼き切れた。
腹から垂直に切断された2つの大きな肉体は遠くの森へ墜落していく。
「お母さんは?!」
その心配はすぐに去った。
地上からコーボの声が聞こえる。
重力に身を任せたままだった彼は、反転し、地上に目を向ける。
「ここだよぉ!!」
「デニシュー!」
叫ぶコーボとヴィオラが見える。
ヴィオラ? 彼女は空にいるはずじゃ。
翻って再び空を見上げる瞬間に地面に落下する。
そこをコーボがナイスキャッチ。
浮遊魔法の残り香で体重は0に等しかった。
「な、なんでヴィオラが?? じゃ、じゃああれは??」
上空を見る。
少女が消えている。
ちょーさけっか
なし