第5話 9
巨大なルミアが哄笑をあげる。
それは大気を震わせて周囲の木々を吹き飛ばした。
さっきレーザーが放たれてた器官の肉が盛り上がり、無数の触手となって駆け昇ってくる。
『――行けるわね? クレア!』
「――うん!」
アンに応えて、シルフィードを飛ばす。
……正直なところさ。
理不尽の果ての力って、わたしはそれを上回る理不尽――圧倒的な暴力だと信じてたんだ。
けれど、アンは言う。
その理不尽の果ての力のさらに先があるって。
アンはできない事は言わない。
いつだって格好よく笑って、やって見せるんだ。
だからさ……信じるよ。
迫る触手にさらに加速。
<解き放たれた獣>の本能によってか、漆黒の竜も事象境界面から切り離されているようで、わたしは最初からかわす事は考えていない。
――竜ってそういうものだしね。
本能で埒外物理戦闘を行う生き物なんだ。
「アン、お願い!」
「――ええ!」
シルフィードの背中の上で、<闘姫>は踊るように四肢を振るって触手を弾いていく。
目の前に迫る触手は、もう壁のような密度で。
「……でも、もう少し……」
抜けたっ!
――瞬間、漆黒の竜の口が開かれていて。
ルミアの哄笑が不意に止んで、竜の口に真紅の光球が生まれる。
「――竜咆っ!?」
それが放たれる寸前で。
『――飛べ! ロケットパーンチっ!』
不意に遠話が響いて。
東の空から炎の尾を引いて、巨大な両腕が飛来する。
それはシルフィードの竜首の前で静止すると、五指を開いて。
『――コントロール・アジャスト!
制御権をロジカル・ウェポン・グラバーへ!』
『――イフューっ!?』
アンと一緒にわたしも使い魔の名前を呼んで。
巨腕の飛来した方を見ると、<漆狼>が肘から先を失くした腕を降っているのが見えた。
『騎士達も無事だよ!
アン、キミの啖呵は聞かせてもらった。
だからボクも、手を貸すよ。文字通りね!』
にゃふふと笑って、イフューは告げる。
巨腕の手の甲のEC兵装が、青から濃紫の輝きへと変わり。
直後、漆黒の竜が竜咆を放った。
『――め、目覚めてもたらせ! バリア・フィールド!』
アンの喚起詞に応じて、巨腕の前に虹色の鬼道結界が張られる。
『ぐ、うぅぅ……』
結界は竜咆を真っ向から受け止め、アンが低く呻く。
『あ――ッ!』
気合と共に、右の巨腕が握りしめられ、風を巻いて竜咆を殴りつけた。
軌道がそれた竜咆は、南の空へと駆け抜けて、その先にある山を砕く。
巨腕はそのまま弧を描いて、<闘姫>の背後に五指を開いて静止する。
まるで巨大な鋼鉄の翼みたい。
『――規格違いを無理やりリンクさせてるからね。
長くは保たないよ』
『わかってる。
――クレアっ!』
イフューの言葉に応じたアンが、わたしを促す。
だからわたしはシルフィードを加速。
目指すは、竜首のルミアで。
魔芒陣で奏でる曲は、風竜が一番好きだって、おばあちゃんが言ってた、希望を目指す星の唄。
<闘姫>が半身に構えて拳を引き絞り。
巨腕が応じるように動いて、シルフィードの前で両手を組み合わせる。
ルミアの顔がこちらを捉えて。
……不思議だね。
この瞬間だけは、無表情のはずのその顔が、悲しげに見えたんだ。
『……終わらせるわ。ルミア・ソルディス!』
アンの言葉に応じて、六基のEC兵装が強く輝いて並列励起。
わたしもありったけの魔導を注ぎ込んで、シルフィードを喚起する。
「――輝け! シルフィードっ!」
『奏でなさい! <永久結晶>ッ!』
わたし達の喚起詞に応えるように、蒼碧と濃紫の輝きが螺旋を描いて。
「はああぁぁ――ッ!!」
わたしとアンの気合が重なる。
組んだ巨腕はルミアの腹を貫いて。
『あああぁぁぁぁ――っ!!』
ルミアの悲鳴が周囲を震わせる。
『このまま行きなさい!』
「――うん!」
わたしはシルフィードをもっともっと加速させる。
漆黒の竜の鱗を砕いて体内へ。
霊脈の先で明滅している白い輝きを目指す。
『――願いなさい、クレア!
わたくしがそれに形をあげる!』
アンの言葉に励まされて、肉を貫き突き進む。
抜けた先には、肉塊に覆われたヘリック。
『――叫べッ! 果ての魔女!』
「――ヘリックーッ!!」
巨腕の五指が開かれて、ヘリックを掴み取る。
肉塊を引き千切り、貫いて。
そのままわたし達は竜の体外へ飛び出す。
魔導器官を失った漆黒の竜は、他の<解き放たれた獣>がそうだったように、渦を巻いて収縮を始める。
『――まだよ!
いいえ! ここからよ!』
アンがヘリックをシルフィードの背に乗せて叫ぶ。
わたしは慌てて、ハッチを開けて、ヘリックの身体を抱きしめる。
<闘姫>の背後で巨腕が翼のように広げられて。
『――その理不尽に、鋼鉄を食らわせてあげるわ!』
指差す先は、収縮の中心。
霊脈ごと吸い込む巨大な渦。
<闘姫>がシルフィードの背を蹴って。
その騎体を包むように、巨腕が再び組み合わされる。
「――アンっ!」
濃紫の輝きがより一層強く放たれて。
『――叶えなさい! <永久結晶>!』
それはまるで、夜闇を駆け抜ける、一筋の光条。
漆黒の渦を貫いた巨腕が大地を穿って静止。
直後、虹色の光が柱となって夜空に立ち昇った。
漆黒の竜が――燐光となって消えていく。
残された<闘姫>が、ゆっくりと立ち上がり。
巨腕がゆっくり開かれると、抱き合ったルミアとオズワルドが姿を現す。
歩み寄ろうとした<闘姫>の四肢が砕けて。
巨腕もまた、音を立てて崩れ落ちた。
「……うぅ……クレ……ア?」
わたしの腕の中で、ヘリックが呻いて、短く名前を呼ぶ。
見ると、彼の胸にあった霊脈炉のコアは砕け散っていて。
「ああ、ヘリック!」
思わずわたしは彼を抱きしめた。
涙が溢れて止まらないよ。
アン、ありがとう。
本当に、本当にすごい……
見下ろした地面で。
<闘姫>から這い出たアンは、真紅のドレスと夜空みたいな髪を風になびかせていて。
いつもの格好良い笑みを浮かべて、こちらを見上げていた。
「……やりきってみせたわ。
これが理不尽の果てを超えた先の力――奇跡よ!」
腕組みして、堂々とそう告げるアンに、わたしは何度もうなずく。
「そうだね。
本当に……奇跡だよ……」
わたしはきっと今日を忘れない。
果ての魔女としての仕事を初めて終えた日。
そして、ヒトが貴属を越えてくれた、記念すべき日だから。
これで5話が終了となります。
あとはエピローグを残すのみ!
あと少しだけお付き合いくださいませ。
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