第5話 4
一気に夜空に駆け上がったから、突入部隊の騎士達が悲鳴をあげた。
うん、わかるよ。
わたしもはじめて、おばあちゃんに乗せてもらった時は怖かったもんね。
壁が透明になってるから、空を飛んでるように感じるんだよね。
「……これがシルフィード……興国伝説の竜……」
わたしの隣でアンが呟く。
「正確には、その遺体を使って、初代様が造った擬竜だけどね」
小さい頃、おばあちゃんが読んでくれた絵本にもあった、騎士と竜の戦い。
かつてローデリア神聖帝国――当時はまだ、ローデリア王国だったそうだけど――から、自由を求めて出奔した、騎士シルトヴェールの物語。
その終幕は、この地の霊脈を治める領主だった風竜――シルフィードとの決戦。
友人の魔女の助力を得て、見事シルフィードを討ち取った彼は、この地に新たな王国を興して王となった。
共にシルフィードを倒した魔女は、この地の霊脈の領主となり、竜の遺骸が眠る最果ての森に庵を構えて暮らすようになったから、果ての魔女と呼ばれるようになったらしい。
その初代果ての魔女が、竜属の遺骸と、後に発見されたエリュシオンの技術を流用して造ったのが、この擬竜シルフィード。
竜核で霊脈から、魔道を吸い上げて空を駆ける舟だよ。
夜空に駆け上がったシルフィードは、紡錘を半分にしたような船体の左右に、虹色に光る膜翼を展開。
同時にわたしを包むように立体積層魔芒陣が球形に描かれて。
――ソーサル・スフィア・コラムに接続開始。
――ドラゴン・コア、ロジカル・ドライブ、並列励起開始。
――イナーシャル・キャンセラー、始動。
――事象境界面からの切断成功!
わたしは左右に両手を広げて、魔芒陣に触れる。
竜体内に管楽器の澄んだ音が響いて。
――パフォーマー、リンク完了。
『――なんなの!? 竜!? ギガント・マキナだけじゃなく、そんなのまであるの!?』
霊脈を通して、ルミアのヒステリックな声が届いた。
エリュシオンの存在を知ってたくせに、シルフィードを知らないなんて、勉強不足だね。
ルミアの声を無視して、わたしは左右の小魔芒陣で五指を広げる。
指の周囲にさらに小さな魔芒陣が展開。
「パフォーマンス、スタート!」
わたしの指運に従って、竜が管楽器の和音を奏でた。
――良いかい、クレア。竜は舞いと音楽が好きなのさ。
そう言ったおばあちゃんは、わたしにいろんな舞踊と楽器を教えてくれたっけ。
中でも力を入れて教えられたのは、風竜がもっとも好む管楽器。
シルフィードの制御を教わるようになって、ようやくその意味がわかったんだよね。
「……最果ての森の夜空に出現するという、謎の怪光ってまさか……」
アンが思わずという感じで呟いて。
そうそう、おばあちゃんと練習してた時を見られたのか、村で噂になっちゃったんだよね。
あれって王都にまで届いてたんだ。
アンに怒られそうだから、黙っておこう。
蒼碧に輝く竜体は、首をエリュシオンに向ける。
イフューはちゃんと役目を果たしてくれたようで、<漆狼>が押し広げる艦首の向こうには、大きく開いた破砕口。
――うん、そこが突入路ってわけだね。
『――たとえ相手が竜だろうと、こちらは神代の舟よ!
お義兄様! 早く撃ち落として!』
ルミアの声に従って、湾曲レーザーとミサイルが解き放たれる。
「……おまえ、イフューとの戦いでナニも学んでないな?」
あえて霊脈を通して伝えてやる。
弧を描いて飛来するレーザー群の中央を駆け抜け、そこから急上昇。
追尾してくる真紅の光閃を背後に、わたしは魔芒陣の中で踊る。
足元の魔芒陣を踏めば、太鼓の音がリズムを刻み、竜体下部が開いて左右の小腕が伸びる。
「……魔女の――貴属の戦闘ってのは、物理を超越してこそでしょうがっ!」
わたしはおばあちゃんに、そう教わったよ。
領地を狙う貴属が現れたなら、埒外物理を駆使して迎え撃てってね。
一直線に追ってくるレーザーに対して、わたしは反転して竜首を向ける。
レーザー群の真横に竜体を滑り込ませて、少腕でレーザー束を引っ掴んだ。
そのまま下降して、飛来するミサイル群に対して、掴んだレーザーを鞭のように振るう。
夜空を爆発が覆った。
その爆炎を突き抜けて、わたしはシルフィードを加速させる。
『――さっきの巨神といい、レーザーを掴むなんて、なんでそんな常識はずれな事ができるの!?
お義兄様、はやくっ! はやく撃ち落としなさい!』
やっぱりルミアは埒外物理戦闘を知らないみたいだ。
「なんだよ、人のこと、さんざんひよこ呼ばわりしといてさ。
そっちは卵にすらなってないじゃないか」
魔道器の性能だけに頼って、魔女の戦いをまるで理解していない。
「聞こえているか、ルミア・ソルディス!」
立体積層魔芒陣の中で舞い踊りながら、わたしはあいつに呼びかける。
「――事象境界面に捕らわれたままのおまえが、わたしを捉えることなんてできないよ」
なおも放たれるレーザーの間を掻い潜り、追ってきたレーザーで蝶々結びを作る。
再び爆炎が夜空を紅に染めた。
エリュシオンの直上まで来ると、まるで突いた蜂の巣から飛び出してくる蜂みたいに、パルスビームが放たれたけど。
わたしはステップを踏んで、身体を回す。
伸ばした両手が次々と小魔芒陣を撫でて、曲はいまや最高潮。
「――唄え、シルフィード!」
竜首に蒼碧の輝きが収束して、竜咆を奏でる。
直撃を受けても、ビクともしないエリュシオンの装甲はさすがだけどね。
進路上にあったパルスビームは一掃できた。
ルミアが埒外物理戦闘を知っていたなら、残ったパルスビームを曲げて来たんだろうけどね。
シルフィードを空隙に突っ込ませても、そんな素振りを見せる様子はない。
いまだに開いたままの艦首の前まで駆け抜けて、紫電の滝に撃たれる<漆狼>を見る。
アンや騎士達が息を呑むのがわかった。
「……もうちょっとだけ頑張ってね、イフュー」
艦首が閉じないように頑張ってる使い魔を労って、わたしは背後のアンを見る。
「突っ込むよ!」
「――ええ!」
アンの力強い声を受けて、わたしは息を吸い込む。
原初の楽器であるこの身で奏でるのは、竜に捧げる原初の唄。
「ウー……」
伸ばされたシルフィードの小腕が、こじ開けるように左右に開かれていき、それに合わせて紫電の滝が左右に割れる。
「――行っけえぇぇっ!」
竜体が駆けて、艦首最奥の破砕口に飛び込んだ。