開かずの間の番人は鍵を失ったようです。
「我が名は牛鬼タロス、この開かずの間の番人なり」
「……いきなりどうしたのですか、タロス様。ついに気が狂われてしまったのですか?」
とある洞窟の奥地、2体の魔物が会話をしていた。
「いや、対敵に備えてセリフが必要だろうと思ってな」
タロスが言うと、その隣で羽を広げてくつろいでいる魔物は答えた。
「……必要ですか? この洞窟、我々が守りを任されてから、500年以上も来訪者はありませんが」
様々な決めポーズを取りながら、タロスは言う。
「コウモリ族のバットよ、油断してはならぬ。我々は常に、不測の事態に備えなければならぬのだ」
「そうは言ってもタロス様、この洞窟は、過去の地殻変動で入口が塞がっています。さらにこの場所は隠し部屋になっています。誰が見つけられるというのでしょうか」
バットと呼ばれた魔物は多少呆れた様子で言った。
「しかしだな、バットよ。この開かずの間の守護は、我が王より直接賜った使命であるぞ。であれば、見つからぬに越したことはない」
タロスは背に携えている大斧を抜き、いつものように慣れた手つきで磨き始めた。
「ですがタロス様、その命令を出された王も、100年も前に亡くなっています。わたしが集めた情報によれば、人族の者に討たれたという話です」
大斧を磨くタロスの手が止まる。
「バットよ、たとえ王を失おうとも、我の使命までもが失われる訳ではないのだ。……何度も言わせるでないぞ」
語気を強めたタロスに対して、バットは態度を改める。
「申し訳ございません。タロス様のお気持ちを知りながら、無粋でございました」
「いや、良いのだ。確かに、この開かずの間の守護は、もはや必要のないことやもしれぬ。……お主も他の者たちのように、新天地を目指しても良いのだぞ」
心なしか寂しげに告げるタロスに対して、バットは答えた。
「そういう訳にはいきません。わたしの主はタロス様でございます。この命の恩、忘れることはありません」
その言葉を聞いて、タロスは再び斧を磨く手に力を込めた。
「……我が右腕、バットよ。お主の意見が聞きたい。我らはこの場所を守り続けるべきであろうか?」
タロスの質問に、沈黙をおいてからバットは答えた。
「この開かずの間の守護には、必ず意味があります。あの聡明叡智な王が、側近であったタロス様に命じられたのです。ここが重要な場所であることは間違いありません」
両羽を大きく広げ、バットは言葉を続ける。
「しかし、守るだけで良いのでしょうか? この開かずの間を開くための鍵をタロス様は託されているはずです。この間を守るだけであれば、その鍵は必要のないものではないでしょうか。……それが、わたくしめの考えでございます」
バットの言葉にタロスは大きく頷いた。
「つまりは、この開かずの間を開いた先に答えがあるということか?」
バットは小さな体を大きく上下させ、肯定の意を示す。
「そうか。……ついに、開くときが来たのだな」
腹を決めたタロスは、重い腰を上げ、開かずの間に対面する。
扉にはいくつもの模様が描かれ、中央には大きな窪みがあった。
「バットよ、この開かずの間を開いたとき何が起こるのか、我にも分からぬ。我が背に隠れておくがよい……覚悟は良いな?」
タロスは、扉の中央にある窪みに、王から賜った大斧をはめ込もうと前に持ってくる。
「これが王から賜った鍵であるッ。今こそ役目を果たすときッ――」
タロスはそのまま大斧を窪みへはめ込んだ。
――が、特に何も起こらなかった。
「……タロス様? これは、一体どういうことでしょうか? 何か封印を解くための呪文があるのですか?」
バットの問いかけに、タロスが答えることはなかったが、全身を伝う汗からその動揺は伝わった。
「タロス様、わたしが見たところ、窪みと大斧の大きさが嚙み合っていません。いえ、正確に言うと刃の部分ですき間が出来ています」
バットの言葉に、タロスは冷や汗で答えていた。
「タロス様、恐れながら進言させていただきます。……鍵は磨くものではありませんよ?」
「バットよ、その言葉、500年遅かったようだな」
「…………」
反応を返さないバットの圧力に耐えきれなくなり、タロスはしぶしぶ大斧を取り外した。
「……すまぬ」
「……とりあえず汗を拭いてください。気持ち悪いです」
「…………すまぬ」
タロスは自らの体温を上げることで、あっという間に汗を蒸発させた。
「正直、愚かさのあまり失望していますが、これからどうしましょうか」
バットは膝を抱えて座り込んでいるタロスに問いかける。
「……そうであるな。とりあえずこの扉を開けねばなるまいな」
「そうですね。では、どうやって開けるのでしょうか」
話が振り出しに戻る。
「……では、こういう方法はどうであろうか。我が暴力をもってして、この扉を破壊するというのは」
タロスの提案にバットは返答する。
「現時点で最も可能性が高い手段だと思います。500年間この扉を守ってきた者の発言とは到底思えませんが、それしか出来ないですからね」
「……今はその皮肉も受け止め、力に変えようぞ」
タロスは再び立ち上がり、扉を前にする。
そして、大斧を構えて魔力を集中させ始めた。
「タロス様? もしかしていきなりその斧鍵を使うのですか? まずは様子見で――」
バットが言い終わる前に、タロスは大斧を振り下ろした。
凄まじい衝撃音が鳴り響く。その一撃は地に大穴を作り出し、頭上の岩盤を吹き飛ばし、大斧を粉砕した。失われた空間のすき間を埋めるように吹き込んでくる風は、衝撃波を生み出した。
しかし、開かずの間とその奥にある空間は、強固な魔法で守られていたのか一切の影響を受けていないようだった。
タロスの一撃により破壊された洞窟は、安定性を失いすぐさま崩れ去る。
土砂の中から、2体の魔物が顔を出したときにはすでに、開かずの間は地中深くに消え去っていた。
「タロス様、何か言うことはありますか?」
「王の魔法は流石であるな」
大きな青空の下、2体の魔物は話し合う。
「同じ魔法がかかっていたであろう大斧は、見事に砕けていましたけどね」
「我の力も流石ということだろうな」
「……そうですね。扉も磨いてみてはいかがでしょうか。500年あれば破壊も可能と思われますが」
「それも良いかもしれぬな」
「冗談に決まってるじゃないですか。嫌ですよ。また500年も待つなんて」
「ではどうする。他に手がないではないか」
「打つ手がなくなったのは、タロス様のせいですが、とりあえず他の手段を探しましょう。開かずの間も埋まってしまいましたからね」
「なにか考えがあるのか、バットよ」
「王が倒された原因を探れば、扉の魔法を無力化する方法も見つかるのではないでしょうか」
「なるほど、それは名案であるな。我も王を破った力には興味がある」
「では、さっそく探しに行ってきます。タロス様はここで待機していてください」
「何を言っておるのだ、バットよ。我も参るぞ」
「駄目に決まってるじゃないですか。その目立ちすぎる体躯で動き回るつもりですか? 迷惑なのでここでおとなしくしておいてください」
「……それでは我がヒマではないか。我もこの世界を見て回りたいのだが」
「何をおっしゃっているのでしょうか? タロス様には開かずの間を探す仕事があるじゃないですか。穴でも掘っていてください」
「確かに、開かずの間を探す必要はある。……が、さっきほどから言葉に棘がないか?」
「……この状況になっているのは誰のせいでしょうか?」
「バットよ、我は開かずの間の発掘、お主は鍵の探索。道は違えど志は同じ。力を合わせて頑張ろうぞ」
「…………そうですね」
誓いを立てた2体の魔物は、1体は地下を、1体は空を目指して旅だった。
そして、ついに扉の封印を解いたのは、その500年後のことだった。