第九話 筆記試験
ウエスタン魔術学校入学試験当日。
この日、貴族や平民を含め、魔術師を志す多くの者が試験を受けに魔術学校に訪れていた。
「ここが魔術学校か……」
そしてパワーも、試験を受けに魔術学校に来ていた。
初めて見た学校という教育機関を珍しく感じ、キョロキョロと視線だけを動かす。周りには、パワー同様に試験を受ける者で溢れかえっていた。
歳の幅は意外と広い。
小さな子供から老人まで、老若男女の人間がいる。
魔術学校には年齢制限がない。魔力量が“三等級以上”であるならば、誰でも試験に受けることが可能であった。
パワーは三等級どころか魔力が一切無く本来ならば試験に受けることさえ不可能なのだが、師匠の武神老師の伝手で魔力量の制限をパスし、試験を受けることができたのだ。
いわゆるズルである。
「なんだあの髪?」
「黒髪って初めて見た……どんな属性なんだろ」
「黒い髪ぃ……? そんな奴今まで見たことねぇぞ」
「黒髪って……どこかで聞いたことがあったような……」
「あれって本当に黒なのかな?」
(……注目されるのは仕方ないか)
心の中でため息を吐くパワー。
歴史上一人しかいない黒髪である彼は、早速注目の的になっていた。
ただそれは物珍しいからというだけで、黒髪の人間が魔力を与えられなかったパワーであることは気付かれていないようだ。
それも仕方ないのかもしれない。
パワーが黒髪で神から愛されなかったという事実は十年も前の昔のことだったからだ。
国中でパワーの噂は広がっていたが、実際に黒髪を目にしているのは貴族の親世代だけであり、平民に関してはそんな奴いたっけ? 程度の認識だろう。
それに十年も経つと、黒髪の少年のことなどほとんどの者が忘れて覚えていなかった。
パワーにとって、覚えられていないのは僥倖であった。
何故ならば、神託の儀で嫌というほど浴びた卑下するような眼差しが無いからである。
今のところは、初めて見た黒髪に驚いていたり都会スゲ〜と物珍しく思っている程度だろう。
「午前中は筆記試験を行う。貴族はあちらの教室に、平民はこちらの教室に移動してください」
入学試験は、筆記試験と実技試験の二項目ある。
午前中が筆記試験で、午後が実技試験になっている。
どうやら貴族の受験者と平民の受験者は区別されているようだ。
何故そのような区別をするのか疑問を抱いたが、パワーは係員の誘導に従い平民用の教室に向かい、空いている席に座る。
黙って待っていると、続々と受験者が教室に入ってきた。
平民の受験者は、貴族の受験者と比べて数が多い。なので平民用の教室はすぐに満員になり、隣の教室も使われていた。
例年、受験者は平民の方が遥かに多い。それは、貴族よりも平民の方が圧倒的に数が多いからだ。
だが、例年試験に受かる数は貴族の方が多い。
それは、ウエスタン魔術学校が貴族主義を掲げており、よっぽどのことが無い限り貴族の受験者は落ちないため、合格枠が少なくなってしまうからであった。
教室に入るとなると、パワーの髪の色を注目する者はいなかった。
それもその筈で、試験は一年に一回だけしか行われず、今日この日のために皆努力を積み重ねてきたからだ。
試験に受かることだけを考えているので、一々パワーの髪色を気にしていられないのである。
これが貴族の教室であったならば、多くの者から声をかけられたり、あるいは魔力が無いことを知っている者から馬鹿にされていたかもしれない。
結果的に、パワーは平民枠で受験したお蔭で平穏に筆記試験を受けられそうだった。
「あんさん、なんや珍しい髪の色してまんな。ワイ、黒ぉ髪なんて初めて見たで」
「……」
どうやらそうでもないようだった。
今までに聞いたことがない喋り方で声をかけてきたのは、隣の席の女の子である。
ショートヘアーで、可愛らしい猫目。全体的に人懐っこいような雰囲気の顔つきだ。年頃でいえば同年代だろう。髪色は薄い黄色で、かなり属性の適正が高そうである。
パワーは一拍置いたあと、少女に対し短く返事をした。
「よく言われる」
「そうやろな。んで、その髪色の適正はどんな属性なん? よかったらちょこっとだけ教えてくれへん?」
「適正の属性はない」
「へっ? それほんま? てか属性がないってどういうこ――」
「私語は慎みたまえ。これより筆記試験を始める」
少女が話し終える前に試験官が教室に入ってくる。
手に持っている試験紙が、魔術によってふわりと受験生の目の前に裏のまま置かれた。
「制限時間は二時間。不正を働いた者は即刻退場してもうらからな。では、これより筆記試験を開始する。始めろ」
試験が始まり、受験生は一斉に試験紙を表にひっくり返して問題を解いていく。
それはパワーも同じだった。
(簡単過ぎる……魔術学校の筆記試験がこれほど簡単でいいのか?)
手が止まることなくスルスルと答えを書いていくパワー。
筆記試験の内容は、算術や歴史学や魔術の基礎理論だった。この程度の内容は、五歳の時点で全て習得済みである。
筆記試験のために久しぶりに勉強したが、どうやらその必要はなかったようだ。
ただ、簡単だと思っているのはパワーを含め全体の半分くらいであった。
勉学に注ぎ込む時間を十分に取れない平民の受験者は、意外と解くのに苦労している。
「んぎぎぎっ」
パワーに声をかけた隣の席の少女も、ガシガシと頭を掻きながら大変そうにしていた。
それを横目に、一番早く終わらせたパワーは試験紙を裏にすると、瞼を閉じて終了時間を待ったのだった。