第八話 武神老師と学校長
「久しぶりに顔を見せに来たと思えば、弟子を入学試験に受けさせろとはな。全くお前ときたら、破天荒なのは昔から変わらんのぉ」
「お前さんこそ相変わらずその席に居座っておったのか。そろそろ引退してもええんじゃないのか」
「な~に、まだまだ若い者には譲れんよ」
ウエスタン王国の中央にある、優秀な魔術師を育成するウエスタン魔術学校。
その学校長室で、学校長マトリフ・ブレントンと武神老師が対談していた。
二人は若い頃からの顔見知りであり、古き友人である。
魔術の道を極める道を進んだマトリフ、武術の道を極めようとした武神老師。互いに夢を語り、夢を追いかけ、いつしか大陸にその名を轟かせるような魔術師になった。
今回武神老師がマトリフのもとへ赴いたのは、とある頼み事をするためである。
その頼み事とは、弟子のパワーをウエスタン魔術学校の入学試験に受けさせることであった。
何故武神老師が正攻法ではなくマトリフの力を借りるといった裏技を使おうとしたのかというと、魔術学校に入るためには絶対条件をパスしなければならないからだった。
絶対条件とら魔力量が三等級以上の者であること。
そうでなければ、入学試験に受けることさえできないのだ。
三等級どころか、弟子のパワーは魔力がこれっぽっちもない。そのため入学試験に受けることはできないので、武神老師が伝手を頼りにマトリフにお願いしに来たのだ。
弟子のパワーを、魔術学校の入学試験に受けさせてくれないだろうかと。
「パワー・フレイルか。十年前にフレイル家を追放され、行方をくらませてからは死んだか殺されたと思っておったが、まさかお前が拾っていたとはのぉ」
「少々縁があってな。面白そうだから弟子にしちゃった」
「しちゃったって……軽いわ馬鹿者。でもそうか、あの子は生きておったのか。それは良かった」
「パワーを知っておるのか?」
「知ってるもなにも、貴族や魔術師であの子のことを知らん者はおらんよ。まあ十年も前のことだから、今では忘れている者も多いと思うがな。五歳ながらにして立派な貴族としての風格を身に着けていた子で、周りからは神童と呼ばれておったよ。それに、歴史上で黒い髪の人間は初めてだった……誰もが期待していたのじゃ。神託の儀の日まではの」
「神から魔力を与えられなかったようじゃな」
「本人から聞いておったのか」
「まあの」
マトリフは深いため息を吐きながら、口を重そうに開いた。
「当時は私もその場におったよ。名前を呼ばれた時、誰もがあの子に期待していたが、本来与えられる魔力をあの子だけは神から与えられなかった。それも歴史上初めてのことだった。期待していた分だけ、周囲の態度は残酷なものよ。たった五歳の子供に、大人でも耐え難い罵声を浴びせたのだ」
「……可哀想じゃの」
「同感だよ。平民の生まれであったならば、あそこまで事が大きくなることもなかったかもしれん。だがあの子は五大貴族の長男で、周りから神童と期待されていた分反動も大きかった。追放され行方不明になったと聞いた時は、色々思うこともあった。だが今日、久しぶりに会ったお前にあの子の生存を聞いてほっとしたよ」
――なのに何故と、マトリフは険しい表情で武神老師を睨めつける。
「あの子を魔術学校に入学させようという阿呆なことを考えた。しかもあの子を追放したこの国で。そのまま健やかに暮らしておればよかったではないか。あの子の気持ちを考えなかったのか」
マトリフの静かな怒りに、武神老師は指を二つ立てた。
「理由は二つある。一つは、この国の貴族主義の現状を憂いているからじゃ」
「どういう意味だ」
武神老師は、これまで旅をしてきた中での懸念を説明する。
ウエスタン王国は、他の北東南の三国と比べて貴族の力が強かった。下手をすれば王家よりも力があるかもしれない。
それは仕方ないというか、当然であった。
遥か昔に魔王を討ち倒した五英雄の末裔である、五大貴族がいるのだから。
五大貴族を筆頭に、ウエスタン王国の貴族の影響力は他国に比べて大きい。
そして優秀な魔術師が生まれてくるのも、貴族の子が多かった。
いや――“貴族の子しか育てなかった”と言っていいかもしれない。
ウエスタン王国では才能がある平民の子供よりも、才能が少しだけある貴族の子を育てている。
何故かといえば、五大貴族を筆頭に、貴族たちが自分の子供を魔術師にして他よりも名を、力を上げたいからだった。
だから、貴族でない平民を育てるなど論外である。
例え、貴族よりも遥かに才能があったとしても。
それは魔術学校も例外ではなく、魔術学校には貴族の息がかかった教師や生徒が犇めいている。
そういった忌むべき風習が、この国では遥か昔から根付いていた。
そしてここ最近では、貴族が王家よりも力が上だという特に悪い噂を聞くようにもなっていた。
「他国では貴族であろうが平民であろうが優秀であれば誰でも自由に魔術を学べる。それも、この国のようの凝り固まった魔術ではなく自由な発想でな。魔術だけではなく、武器や武術に力を入れておる国もあった。このままでは、この国は五英雄の栄光に縋り続け衰退していくぞ」
各地を旅歩いてきた武神老師だからこそ断言できる。
ウエスタン王国が十年もしない間に他国から追い抜かされるだろうと。
今は五英雄の末裔である五大貴族の力で他国よりも優れているが、抜かされるのも時間の問題であろうと。
その現状を打破すべく、貴族主義の風習をぶち壊すために投じる一石が、パワーであると。
武神老師の懸念は学園長も感じ取っていたようで、彼は神妙にため息を吐くと、
「確かにの……今じゃ学園も貴族の子の社交場と化しておる。昔もそうであったが、今よりは純粋に魔術を極めようとしていた。だが武神老師よ、それでなぜあの子が出てくるんだ」
「魔力もなく貴族ではないただのパワーが、貴族の目を覚まさせるのじゃ。それを成せるのは、パワーしかおらん」
「成程のぉ……それを成せる力があるとするならば、あの子にしかできんことかもしれん。して、もう一つの理由はなんだ?」
「それは、パワーの過去にケジメをつけることじゃ」
武神老師としても、パワーを因縁のあるウエスタン王国の魔術学校に入学させる必要はないと感じていた。
必ずまた辛い思いをするだろうし、それならば旅を続けたり坂本雷華のいる東国の魔術学校に入学させてもいい。
だが彼は、生きる意味は自分の存在価値を証明したいと常々言っている。
それを成すには、因縁のある過去に決着をつけるしかないと判断したのだ。
自分を捨てた家族を、愛さなかった神を、馬鹿にした周りの奴等に己を認めさせなければ、何も始まらないし、始められない。
過去との因縁に決着をつけることこそ、パワーにとって何よりも重要なことであると武神老師は考えていた。
「過去へのケジメか……また難儀な道を歩もうとしておるの」
「そんなもの、パワーがこれまで歩んできた道と比べれば平坦な道と変わらんわ。という事で、入学試験の方は頼んだぞ学校長殿」
「はぁ……まあやれるだけやってやろう。言っとくが、私はお飾りの学校長であって、それほど権力はないからな。守ってはやれんぞ」
やれやれとため息を吐くマトリフに、武神老師はにこやかな表情を浮かべながら告げる。
「な~に、パワーは守ってもらうほど弱くない。なんてったって、この武神老師の弟子なんじゃからな」