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第五話 別れ



 森での修行が始められてから、あっという間に百五十日が経った。

 その頃になると、パワーの体力は雷華と同等まで鍛えられ、バテることなく一日の修行をやり遂げられるまでに成長していた。


 これなら旅に出ても大丈夫だろうと判断した武神老師は、森を出て旅を再開することにした。といっても、方向音痴二人を連れて森から出られたのはパワーのお蔭であったが。


 久しぶりに森を出た師匠と弟子の二人は、ウエスタン王国を離れて南国のサウスタン王国へ向かう。


 早々にウエスタン王国を出たのは、武神老師がパワーのことを思ってのことだった。


 パワーが黒髪であり、神託の儀で神から魔力を貰えず愛されなかった子供だということは国中に広がっているだろう。

 このまま町に繰り出しても、黒髪で目立つパワーに対する風当たりは酷いものであると予想する。


 それに加え、家族から縁を切られ森に捨てられたということは、パワーを捨てた家からすると彼が生きているのは悪い状況になってしまい、最悪彼を殺そうとしてくるかもしれない。


 そんな残酷なことをパワーにさせたくないと考え、武神老師はすぐさまウエスタン王国から離れようとしたのだ。


 サウスタン王国にゆっくりと向かいながら、厳しい修行もこなしていく。

 その道中では沢山の出会いがあり、多くの出来事があった。


 貧しい村を襲おうとする盗賊を成敗したり、悪徳な商人をパワーが頭脳で返り討ちにしたり、珍しい生き物と出会ったり、一生忘れられないほどの美しい景色を眺めたり。


 この大陸には季節があり、春夏秋冬という概念があった。

 春、夏、秋、冬を三回繰り返す頃、三人はようやくサウスタン王国にたどり着く。


 パワーは八歳になり、雷華は九歳になった。

 子供の成長速度は凄まじく、二人共三年前と比べて身体も心も大きく成長した。


 パワーはぐんぐん背が伸びて雷華の背を越し、男らしさが増した。さらに下ネタ大好き老人とお転婆な女の子の相手をして苦労していたため、精神的にも大きく成長していた。


 成長したのは外見だけではなく、肉体強度や膂力は一般人の能力を超越するまでに成長している。

 一日中走ったり泳ぎ続けられるだけの体力をつけたり、素手で大岩を砕いたりと大分おかしなことまで出来るようになっていた。


 雷華も女の子っぽさが増して見た目だけは女の子から美少女に変貌したが、ガキ大将感はまだまだ抜けず、弟弟子を使いっパシリにしたりからかっていた。


 特に力が強くなってからの悪戯はシャレにならないくらい激しさを増し、パワーは何度死の危険を感じたことか分からない。


 一番厄介なのは、それを止めようともせずお酒のつまみとして楽しんでいる武神老師だった。何度この爺を殴ろうと思ったことか……どうせ返り討ちにされるので殴り掛かったことは一度もなかったが。


 雷華の強さも三年前とは比べものにならないほど成長している。

 肉体の方は同年代の女の子より鍛えてあるぐらいでパワーよりも断然劣っているが、武術の技量や魔力操作は同年代より遥かに長けていた。


 武神老師直伝の魔力による肉体強化を使えばパワーの膂力にも負けないし、一度ひとたび雷を纏えば姿を捉えることは不可能に近かった。


 パワーは今まで一度も、雷華との組手に勝ったことはない。それだけ、雷華の才能はずば抜けたものだった。

 だからパワーは、残念なことに姉弟子に逆らうことはできなかった。


 サウスタン王国に一年ほど在住し、三人は東国あずまのくにに向かった。


 本来なら北国のノウスタン王国にも寄りたかったのだが、修行の旅にパワーも加わったことで旅の進行が遅くなってしまい、このままのペースでは雷華が約束期限の十一歳になるまでに東国へ帰ることができなくなってしまうからだった。


 東国へ帰る途中、大きな事件があった。

 武神老師が所用で弟子たちから離れている隙に、魔族に襲われ雷華が連れ去られてしまったのだ。


 魔族とは、遥か昔から人間と争っている種族である。


 外見は人間に近いのだが、頭の上に角が生え、背中には蝙蝠のような翼が生えている。魔の神から与えられる魔力は多く、人間のように恩寵ギフトはないが肉体強度も優れていた。


 人間と魔族は天敵同士である。

 遥か昔、五大貴族の祖先である五英雄が魔族を束ねる魔王を討ち倒してからは数が減ったが、絶滅したわけではなく現代でも人間と争っていた。


 とくに魔族は、理由は不明だが純粋色の人間を攫うことがある。

 今回の襲撃事件も、純粋黄色ピュアイエローの雷華を狙ったものであった。


 一人の魔族に襲撃されたパワーと雷華は二人で戦ったものの、惜しくも敗れてしまい雷華が攫われてしまう。

 まだマシだったのは、パワーたちが子供だからと油断した魔族に深手を負わせたことだ。その際に翼を傷つけたことで、飛んで逃げられることはなくなった。


 雷華が連れ去られる時、地面に這い蹲るパワーは悩んだ。


 傷ついた身体で、雷華を救いに向かうか。

 それとも武神老師が帰ってくるのを待って、事情を話して一緒に助けに向かうか。


 パワーとしては、後者を選ぼうとした。

 魔力もなく傷ついた身体で追ったところで、返り討ちに遭うのが目に見えたからだ。

 それなら雷華が連れ去られたことを武神老師に確実に伝え、一緒に探した方が得策である。


 ただそうすると、武神老師がいつ帰ってくるか分からないし、最悪の場合助けが間に合わず雷華が殺されたり見つからない場合もあった。

 けれど、無事に救出する可能性としては後者の方が高い。


 ――そう思ったのだったが。


「姉……弟子っ」


 魔族に担がれている雷華と目が合う。

 彼女は泣きそうな顔で、だけど助けてとは決して口にせず、パワーのことを見つめていた。


 それは姉弟子が弟弟子の命を想ってのことだろう。

 もし雷華が助けてと一言呟けば、パワーが無茶をして魔族に立ち向かうと思ったからに違いない。

 姉弟子は初めて、弟弟子を思いやったのだ。


(馬鹿野郎!!)


 心の叫びは、雷華に言ったのか自分自身に言ったのか分からない。

 だが、後者を選んだ自分に対し煮えたぎる怒りを覚えた。


 姉弟子に対するお前の想いは、簡単に諦められる程度のものなのか!?


 自分が死ぬかもしれないという恐怖に抑え、弟弟子の命を想って必死に口を閉じている彼女を黙って見過ごすのか!?


 否、断じて否である。


 パワーは、己の手で雷華を救出してやると決意した。


 彼の身体は頑丈だ。一般人では絶対安静な怪我でも、気合と根性で動くことができる。


 パワーは己の身体に鞭を打ち、気配を消し、つけていることがバレないように一定の距離を保ちながら追いかけた。


 夜が降りてくる頃。

 魔族は移動をやめて休憩し、仮眠を取っていた。側には、口を塞がれ縄で身体を強く縛られている雷華が転がっている。


 雷華は自分が殺されるのだろうという恐怖を、武神老師やパワーとの思い出を振り返り打ち消していた。


 ――老師様はムカつく爺さんだったな。笑顔で無茶な修行を課してくるし、綺麗なお姉さんを見るとすぐに飛んでいっちゃうし。でも……いつも明るくて、たまに優しくて、本当のおじいちゃんみたいだったなぁ。


 ――パワーは、生意気な弟弟子だったな。雷華をバカにしたり子供のように扱ってきたり、雷華の方がお姉さんなのにさ。それに泣き虫でよわっちくて、全然ダメなやつで。だけど、根性だけはあったな。それと、あいつが作るご飯もすっごく美味しかった。また食べたいなぁ。


 走馬灯というやつだろうか。

 雷華の脳裏に、彼等と過ごした日々が一瞬のように脳裏を過ぎ去っていく。

 すると何故か、瞳から冷たい雫がこぼれ落ちてきた。


 泣いてはいけない。

 自分はパワーの姉弟子で、死ぬまで泣いちゃいけないんだ。

 そう強がっても、やはり死ぬは怖かった。


(死にたくない……助けて……助けてよパワー!!)


 とうとう懇願してしまう。

 助けになんて来られるはずがないのを理解していても、パワーに願ってしまっていた。


 ――だが、パワーは助けにきていた。


(姉弟子、今助けるぞ!!)


 パワーは魔族が仮眠している木の背後に隠れ潜んでいた。

 彼はここまでずっと、気配を消して後を追っていたのだ。

 もし普通の人間がそんなことをすれば、魔族に気付かれてしまっていただろう。


 だがパワーは普通の人間ではない。

 この世界で唯一、魔力が存在しない人間だった。


 魔族は魔力の気配には敏感だが、それ以外では子供の追跡に気付けないほど察知能力が低い。もし仮につけてきたのがパワーではなく違う人間であったならば、確実に察知していただろう。


 その油断が、魔力のないパワーをここまで接近させてしまったのだった。


(ふぅ~。落ち着け、やるなら一撃だ)


 パワーが魔族に勝てるとしたら、仮眠している今に最初の不意打ちで殺しきるしかない。

 こっそり雷華を助け出すのも難しい。傷つき体力も失った今では、雷華を担ぎながら逃げるのは困難だろう。


 パワーは深く長い息を吐き、気持ちを落ち着かせ、決行した。


「――ッウウウウウウウ!!??」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 二人の絶叫が共鳴する。

 パワーが魔族を確実に殺すために選んだ手段は、首絞めだった。


 頑丈な蔓を用意し、木に寄りかかって寝ている魔族の首にそっと蔓をかけ、再び木の後ろに回って、一気に蔓を引っ張る。


 首を締めれば呪文を唱えられず魔術は使えないし、いきなり首を絞められれば魔族だって混乱する。


 苦しむ魔族は蔓を掴んで引き剥がそうとするが、パワーの力が強すぎて脱出できない。また苦しく慌てているため、魔力による肉体強化もできなかった。


 パワーは身体に残っている全ての力を出し切り、蔓を引っ張り続けた。

 ボキっと骨が折れると共に悲鳴が聞こえなくなってやっと、掴んでいた蔓を離す。

 両手の皮はごっそり破けて、血が垂れていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を整えた後、転がっている雷華に近寄り縄をほどいていく。

 それまでずっと、雷華は放心していた。

 突然魔族の悲鳴が聞こえたと思ったら首を抑えて苦しみだし、ボキっと音が鳴って口から泡を吹いて死んでしまったのだ。


 木の陰からパワーが出てきて、自分の縄をほどいていく。

 これは自分が助かりたいがための夢であると一瞬思ったが、どうやら夢ではなかった。


「助けに来ましたよ、姉弟子」

「どうして……」


 ――どうして死ぬかもしれないのに、助けにきたの?


 雷華が呆然とした表情でそう問うと、パワーは笑顔を浮かべながらこう言った。


「姉弟子の泣き顔見たら、黙っていられませんでした」

「――っ!? ら、雷華泣いてないもん!! パワーの見間違いだもん」

「そうですね……そうだったかもしれません」

「う……うっ……パワーああああああああああああああ!!」


 幼い子供のように号泣しながら抱き付いてくる姉弟子を、弟弟子は戸惑いながら受け止めたのだった。




 二人はそれから元の場所に戻り、所用から帰った武神老師に事情を説明する。

 話を聞いた師匠は弟子たちをそっと抱きしめ、幼き武闘家を褒め称えた。


「良かった……二人とも生きておって本当に良かった。雷華、パワー、よく頑張ったな」


 いつも叱ってくる武神老師が本気で心配して褒めてくるのに対し、弟子の二人は顔を見合わせながら笑いあった。


 魔族の拉致事件があってから、パワーに対する雷華の対応が少しだけ変わった。


 ガキ大将っぷりは相変わらずだが、いつもより距離が近くなっている気がする。その上、なぜか意味もなくくっついてくるようになった。


 そんな姉弟子に「気持ち悪いですよ。どうしたんですか」と嫌そうに言えば、雷華は「そんなことない!」と怒って拳が飛ばしてくるのだが、結局くっついてくるのはやめなかった。


 そんな風にお互いの距離が物理的にも精神的にも近づいた二人であったが、ついに別れの時が訪れてしまう。


 パワーは十歳になり、雷華が十一歳なった頃。

 旅の終着地点である東国にたどり着いたのだ。


 旅の修行を終えた雷華は家に戻り、国に仕える者として色々と学ばなければならない。

 だから誠に残念であるが、雷華?とパワーとはここでお別れだった。


 雷華はパワーにここに一緒に居ようと、坂本家で引き取るとからと誘ったのだが、パワーは彼女の申し出を断り、武神老師の旅についていくことにした。


「パワー、また会おうな! これで最後なんて雷華は絶対嫌だぞ!」

「ええ、また会いましょう」

「絶対だぞ! いつでも遊びに来ていいんだからな!!」

「いつでもは来ませんが、必ずまた姉弟子に会いに行きます」

「本当か! もし嘘ついた……ら、パワーのこと、許ざないがらな!!」

「俺が姉弟子に嘘ついたことなんてありましたか?」

「……ない」

「じゃあ、俺を信じてください」

「うん……わかった。雷華はパワーを信じるぞ!」

「はい、お元気で」


 こうして、五年間一緒に旅をしたパワーと雷華は、少しの間別れることになった。


 数年後、思わぬところで顔を合わせることを、二人はまだ知る由もなかったのだった。

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