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第三話 武神老師と雷華

 


 目が覚めると、そこは深い森の中だった。


「ここは……どこだ」


 意識がぼんやりとして、いつものように頭が働かない。

 そんな中、自分が森の中にいるという状況に脳が追いつかず、パワーは途方に暮れてしまう。


「なんで森の中にいるんだ。部屋で寝ていたはずだぞ」


 頭を振って強引に覚醒を促す。

 パワーは取り乱すことをせず、記憶を整理した。

 バーナーから殴られ散々罵倒された後、パワーは自室のベッドで最後の一夜を眠った。なのに気がつけば、そこは自分の部屋ではなく見知らぬ森の中だった。


「――っ!? はっ、そういうことか……父上は邪魔な俺を処分したのだな」


 五歳児とは思えない思考回路を持つパワーは、自分に下された無慈悲な行いを瞬時に察してしまう。


 彼の想像通り、フレイル家当主ボイラーは息子のパワーを処分しようとした。

 追放や縁を切るだけではなく、確実に存在を消すために殺そうと至ったのだ。


 静かに動かそうとしてもパワーはきっと起きてしまうので、催眠薬の粉で深く眠らし馬車で運んで領内にある森の深い場所に捨ててきた。


 何故直接殺さなかったのかは解らないが、恐らく殺したという事実を残したくなかったのだろう。


 森の中に捨て、勝手に野垂れ死んだことにすれば、フレイル家が関与したという証拠はない。

 まさか五歳の子供が、森の中を生きて出れるはずもないと思い至り、森に捨てたのだろう。


 だが、ボイラーは一つ間違いを犯していた。

 神童と呼ばれたパワーは、ただの五歳児ではない。彼ならば、生きて森から出ることも可能である。

 ただ、本人にその気があればの話だったが。


「そんなに……そんなに俺のことが邪魔なのか!? 息子を殺そうとしてまで、家の誇りが大事か!? 俺はッ!! この世に生まれてきてはいけない人間だったのか!?」


 パワーは這い蹲りながら、両手の拳を地面に叩きつける。

 何度も何度も叩きつける。皮がずる剥け、地面に血が溜まるまで叩きつける。

 彼の瞳は潤み、冷たい雫が頬を流れた。


 パワーは初めて涙を流した。

 これまでどれほど辛いことや理不尽なことがあっても、五大貴族の長男としての自覚と誇りを持つことで我慢し耐えていた涙を、初めて流した。


「何故……なぜ俺なんだ!? なぜ神は俺に赤い髪を授けてくれなかった!? なぜ使えないギフトをよこした!? なぜこの世で俺だけ、愛されなかったんだ!!」


 慟哭。

 五歳の子供が、この世を、神を恨んで喉が裂けるまで叫んだ。

 その光景は異様で、もし誰かが見ていたら目を見開いていただろう。

 それほど、パワーの怒りは凄まじいものであった。


「……」


 ついに声も出なくなるほど叫んだパワーは、死んだ目で項垂れた。


 これからどうしようか。

 自分ならば、例え森の中でも生きて抜け出せる確信がある。外に出て、一人でも生きていける手段はいくらでもあった。


 だが、生き延びたところでなんだというのだ。

 自分が魔力がない役立たずなギフト持ちの無能であることはウエスタン王国中に広まっているだろう。いや、ウエスタン王国だけではなく他の国々まで知れ渡っている可能性だってあった。


 そんな中、人々に陰口を叩かれ、存在を否定され続け、無理に生きていく意味などあるのだろうか。


 その答えは、頭の中ですぐに出された。


(俺は……生まれてはいけなかったんだ)


 神に愛されなかった唯一無二の人間。

 そんなクズは、誰にも知らされず死んだ方がマシだ。


(死んで、父上に恥を晒した罪を償おう)


 ここにきてなお、パワーはフレイル家のことを想った。


 この世に誕生させてくれたのに、立派な貴族として育てようとしてくれたのに、その恩に報いることは叶わないどころか、偉大なる五大貴族のフレイル家に自分という汚点を作り出し恥を晒させてしまった。


 その罪を償えるとしたら、自分が静かに死ぬしかないだろう。

 それが一番いい。

 だって自分は、この世に生まれてきてはいけない存在だったのだから。


「グルルルル」

(熊か……ちょうどいい。楽に死ねるどころか、最後にお前の供物になれるとはな)


 パワーの前に一匹の大熊が現れる。

 恐らくパワーの叫び声と血の匂いに釣られてきたのだろう。

 腹を空かしているのか、口から涎を垂らしながらパワーを睨んでいた。


 パワーは抵抗しようとせず、死を受け入れる。

 最後にこの命が熊の養分となるならば、それはそれで本望だった。


「グアアアア!!」


 唸り声を上げ、熊がパワーに襲い掛かろうとした――その時。


「とりゃああああああ!!」

「グアアッ!?」


 ひゅんっと一陣の風が通り過ぎ、一人の少女が熊の頭を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた熊は地面に倒れ、少女はしゅたっと地面に着地する。

 少女はパワーに振り返り、小さい口を大きく開けた。


「おいお前、危ないところだったな! 雷華らいかが助けなかったら熊さんに喰われていたぞ!!」


 そう言って、少女は子供をあやすようにパワーの頭を撫でる。

 だが彼の髪が黒色だったのに驚いたのか、どひゃーと飛び跳ねて、


「なんだお前!? 黒の髪なんて見たことないぞ! へんなの触っちゃった! えんがちょ! えんがちょ!」

(誰だこいつは……なぜこんな森に少女がいるんだ)

「こら雷華、敵から目を逸らすんじゃないと前にも言っただろう」

「あっ! ごめんなさい老師様!!」

(少女に続き、老人まで……)


 パワーは戸惑いながらも、怪訝な表情で現れた老人と少女――雷華を見やる。


 雷華は鮮やかな黄色の髪で、白い道着を纏っていた。

 老人は髪が無いが、雷華と同じように白い道着を纏って、風呂敷を担いでいる。


 王国では見慣れない格好だった。

 なぜこの二人は、こんな場所にいるのだろうか。そんなことを考えていたら、突如雷華の身体がバチバチと雷を纏う。


(あれは……雷属性の魔術か?)


 雷華の変化を冷静に分析していると、彼女は子供とは思えない速度で地を駆け、瞬く間に熊との距離を詰めると、小さな拳を下顎に叩きつけた。

 衝撃に加え、電流が脳を麻痺させ熊は一撃で倒れる。


「やっ!」


 見事熊を倒した雷華は声を出しながら拳を突き出し、その後に手を重ねて一礼する。

 その所作は、彼女なりの儀式のように見えた。


 生き長らえてしまったパワーに、雷華と老人が歩み寄って声をかける。


「おいお前! なんでこんな森の中に一人でいるんだ!? 森の中には野生の獣が沢山いるんだぞ! 死にたいのか!」

(この子供……)


 雷華が喚き散らしている間、老人はパワーを観察していた。

 今まで見たことがない黒髪。皮が剥けて血を流している両手。

 この世の全てに絶望したような面構え。

 その様子を見て色々と察した老人は、パワーに問いかける。


「お前さん、名はなんという?」

「……」

「おいお前! 老師様が聞いてるんだから答えろ痛った!? ねえ老師様なんで雷華の頭を叩いたのですか!?」

「うるさいわ、ちょっと静かにしておれ」

「は~い」


 叱られて大人しくする雷華を横目に、老人はパワーの喉を優しく触り、また両手も労わるように握ってくる。


 その瞬間、喉の調子が回復し手の傷も僅かだが治った。

 怪我を治したことに驚いていると、老人が再び柔らかい声音で問いかけてくる。


「名を聞かせてはくれんかの……」

「……パワー・フレ……いえ、ただのパワーです」

「パワーか。お前さんはどうして一人でこんな所にいるのだ?」

「それは……」


 理由を聞かれ、経緯を説明するか迷う。

 この老人に話して、フレイル家に迷惑がかからないだろうか。


(いや……もう気にする必要はないか)


 どうせ自分は死ぬんだ。話した後のことは知ったことではない。

 それにこの二人はただの旅人のように見えるし、話したところで騒がれることもないだろう。


 パワーは話した。

 自分は貴族の生まれで(フレイル家の名は伏せた)、唯一無二の黒髪で周囲から期待されていたが、神託の儀で神から魔力を授けられず、『不屈の体』という使えないギフトということから、家から追放され、森の中に捨てられてしまったと。


 彼の話を聞いた老人は、心の中でため息を吐く。


(なんと可哀想な子じゃ。雷華と同じくらいの子なのに大人びた話し方に態度。よっぽど努力したんじゃろうな。なのに神から魔力を与えられず、家族から捨てられてしまったとは……)


 老人はパワーを哀れんだ。

 それは子供ながら大人のように振る舞えるパワーの努力が、神に愛されなかったせいで報われなかったからだ。


 確かに黒い髪は老人でさえ目にしたことがない。それに魔力を与えられなかったというのも初めて聞いた。

 だがそれで、ここまで必死に努力をした我が子を捨て殺すなんて惨い諸行をしていい理由にはならない、


「お前、なんで熊に襲われそうになってたのに逃げなかったんだ?」

「……俺は生まれきてはいけなかった存在なんだ。生きる価値のない人間なんだ。ならばもう、死んだ方が楽になれる」

「雷華はお前の言ってることがわかんないぞ。お前は死にたかったのか?」

「……」


 雷華にそう問われ、パワーは答えることができなかった。


 自分は死にたかったのだろうか。

 いや……この世で生きていけないと思うだけで、別に死にたいとは思っていなかった。

 できることなら生きていたいが、生きることは許されないと思っていた。


「死にたく……ない」

「バカだなーお前。なら死ななきゃいーじゃん」

「――!?」


 雷華の言葉にパワーは衝撃を覚えた。

 死んだ魚のような瞳に、かすかに光が戻る。

 そんな彼と雷華の様子を、老人は朗らか顔で見つめていた。


(子供というのはこれだから面白い。儂がどんな言葉を言ったところでこの子には届かなかったじゃろう。じゃが雷華の飾らない本音が、この子に生きる力を与えたのじゃ)


 雷華は決してパワーを励まそうとは思っていなかったはずだ。

 だが結果として、彼女の言葉がパワーの心に届いた。


「パワーよ。行く当てがないのならどうじゃ、儂等と一緒に来んか?」

「俺が……あなた達と一緒に……?」

「ええー!? 老師様、こんな弱っちそうなやつを弟子にするのー!?」

「別にいいじゃろ。この子が弟子になったら、雷華は兄弟子になるんじゃぞ」

「兄弟子か~、それもいいな~。いっぱいこき使ってやろっと」


 一瞬で手のひら返しをした雷華。

 パワーは彼らのことが言っていることが理解できず、困惑した。


「俺を……弟子に? 何を言っているんですか、俺は神に愛されなかった人間ですよ。俺といたら、あなたたちに迷惑をかけてしまう」

「迷惑と思うのは儂等次第で、お前さんは関係などないぞ。なあ雷華?」

「よくわかんなーい。それより老師様ーお腹空いてきましたー」


 関係ない? 自分が一緒にいても迷惑にならない?

 そんなことがあるのか? あっていいのか?


 酷く動揺するパワーに、老師は手を差し伸べる。


「儂は武神老師という。パワーよ、お前さんは儂の弟子になれ」

「俺は……俺は……」


 パワーは己の手を見つめ、悩み、そして――その手を取った。


「よろしくお願いします、武神老師様」


 こうして、神から愛されず家から追放されたパワーは、武術を極め闘神と謳われた武神老師と、その弟子の坂本雷華の元で、ただのパワーとして新たな人生を歩むことになったのだった。



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