パラレルワールドで魔法少女やってます
『Now loading…ロードが完了しました。
条件1【パラレルワールドへの影響:微小】…clear
条件2【世界への影響:大】…clear
条件3【召喚者の性質が善良】…clear
条件4【成熟した精神】…clear
条件5【侵略者への抗生因子:有】…clear
…………
……
…
…
全ての条件のclearを確認。
パラレルワールドより個体名:灼久織 律刃の召喚を開始します』
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ?」
急に呼び掛けられた声に、俺は我に返った。
左右に視線を動かせば、見慣れたけれど、どこか違和感を感じてしまう街並みと、俺に声を掛けたであろう、どことなく幼少期の俺の面影が窺える中性的な少年が視界に映った。
「あっ、すみません、大丈夫です。少し、ぼーっとしてたみたいです」
「大丈夫なら良いんですけど…、睡眠とか、食事とか、しっかり摂ってますか?少し顔色が悪いですし、やつれているように見えますよ?」
「そうですか?言われてみれば、最近少し食事とか、いろいろ疎かにしてたせいかも知れません」
もし俺がそんな感じに不健康そうに見えるなら、個人的な事情で辞めることになった前の仕事の五年間働いた退職金で生活しているから、そのせいだろうな。
ぼちぼち新しい仕事の面接に行っていたから今もスーツ姿だけど、ほとんどなにに対してもやる気が湧いてこなくていろいろ疎かにだったのは、認めざるを得ないし。
「そうですか。あの、良ければ今から家に来ませんか?貴方、危なっかしいですし、放置したら結局なにもしなさそうですから、なにかご馳走します」
「人の手料理……、じゃあ、お願いしても良いですか?何もしないのは、否定出来ませんから」
「はいっ、任せて下さい」
お節介だと言う思いもあったが、久しく食べてない手料理の持つ魔力は凄まじく、お言葉に甘えることにした。
この少年はなんとなく信頼出来るような気がするし、なによりなんで俺がしっかりと少年だと認識出来ているのか不思議なくらいこの少年は女性的に整った綺麗な容姿をしている、なぜか他人とも思えないし。
いろんな意味で今はシチュエーションは非常に美味しいものだ。
「あ、先に言っときますけど、俺は男で、今年で27ですからね」
「えっ、同い年…!」
今年一番の衝撃だった。
まあそれはともかく、街中を歩き進めればその分だけ、最初に感じた違和感は表面化して来た。
見える街並みは確かに、ここ数ヶ月、俺が暮らしている街なのだが、外に向かって並べられたテレビに映る番組が知っているものにそっくりながらも少し違う、街中に立ち並ぶお店の名前が少し違う、近くを通り過ぎる学生たちが話題にするゲームやラノベが少し違う。
言うなればそう、今の俺は自分の知る世界とは少し違う、パラレルワールドとでも言うべき世界にいるみたいなんだ。
荒唐無稽な話ではあるけれど、今の状況はそうとしか説明がつかない。
というか、あの少年が導いた先はこの街並みの中でも特に見覚えのある場所…自分の部屋がある古いアパート、そのまさに俺の部屋があるはずの場所だったんだ。つまりはあの少年は、まあ、姿こそかなり違っているが、パラレルワールドの俺なんだろうな。
そうなると、証拠がこれだけ近くにいるわけだ。現実逃避する訳にはいかないだろう。
「ご飯、出来ましたよ。和食にしてみたんですけど、どうでしょうか?」
「好物ばっかりです、ありがとうございます」
いただきます、と言って並べられた料亭顔負けの出来の料理に手を付ける。並べられた料理は焼き鮭にあさりの味噌汁、それに漬け物に白米だ。
焼き鮭、味噌汁…と順番に口に含んでいけば、一つ一つがとても美味しく、調和のとれた味わいを俺に見せてくる。だからこそ、どんどんとさっきまで考えていたことが現実味を帯びてくる。
この料理は俺の作るものよりも数段と美味しいが、根底にまったく同じものを感じる。料理上手で確かな技術を持つ母から、幼少の頃にみっちりと仕込まれた料理術は同じく根底に芽吹いているということだ。
そんなことを考えながらも、料理を黙々と味わいながら食べ進めていく。未だ及ばずとも、母の料理にかなり近付いたその料理は、ただただ純粋に美味しいと思うはがりだ。
「…ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様です。その…お口に合いましたか?」
「ええ、久し振りに母を手料理を思い出しました。料理上手ですね」
「ありがとうございます。小さい頃に母に仕込まれた腕前なので、母も褒められているみたいで嬉しいです」
そう言って満面の笑みを見せるこの世界の俺、長めの髪と相まって美少女にしか見えないその容姿で、その一切邪気のない笑顔はいろいろと卑怯だ。
不覚にもドキッとしてしまいそうになった。パラレルワールドの自分とはいえ、あくまでも自分に言うのはあれだけど、老若男女問わず好意を持たせてしまう、魔性の笑みというのはこう言うものなんだろうな。
その時、唐突に玄関の方からガサッとビニール袋が擦れる音が聞こえて来た。
ちらりとそちらに視線を向ければ、そこでは一人の女性がビニール袋を取り落とし、呆然と俺たちに視線を送っていて…、
「キャー、律葉ちゃんが家に男を連れ込んだー!!」
「ちょっ、大家さん、人聞きの悪いこと言わないで下さい!」
嫌な予感に耳に当てた手は結局意味をなさず、女性の黄色い悲鳴と本物の悲鳴が鼓膜を揺さ振った。
「えー、じゃあ、この状況をどう説明するのよ。男を連れ込んだ以外ないじゃない。ねえねえ、貴方名前は?」
「俺ですか?灼久織 律刃です。灼熱の灼に久しい、シキは組織とかの織で灼久織、リツハは律する刃を書いて律刃です」
「へぇー、名前も苗字もニアミスなのね。こんな珍しい苗字なのにまさかの夜と灼の一文字違い、名前もちょっと違うけど読み方は濁点の違いだし、ここまで似てると運命的ね」
俺が名乗った名前に二人は驚いた顔を見せた。
大家さんの言葉には俺も驚くが、よくよく考えれば世界こそ違えど相手は俺、僅かな違いこそあれども名前が近くのは当たり前だ。
さっきまでにテレビで見た芸能人たちも俺が知っている名前と微妙に名前が違っていたし、なんで俺は驚いてしまったのだろうか?むしろこっちの方が謎だ。
まあ、とはいえここで驚く反応を見せないのは不自然だろう。結果オーライってやつだ。
「ん?なんで二人とも驚いてるのよ、まさか、名前も知らずに連れ込んだの?」
「だからその不名誉な言い方やめて下さい。ただ彼がお腹を空かせてたから…」
「なるほど、ご飯と一緒にあわよくば自分も食べて貰おうって算段ね」
「ち・が・い・ま・す!そもそも、なんで俺が男に飢えてるみたいに話してるんですか!?俺は男ですよ、同性になんて飢えてません!」
律葉が抵抗すればするほど、大家さんの顔が面白そうに歪んでいく。完全にからかっている様子だが、律葉は否定することに必死過ぎて気付いていない。
その必死過ぎる様子が、大家さんの顔をさらにサディスティックに歪め、事態に信憑性を持たせているのだが、気付いていないん…だろうなぁ。
熱くなり過ぎると自分じゃなかなか冷めないのも、周りが見えなくなるのも俺にそっくりだ。
…まあ、こっちの俺は些か熱しやすいようだけどな。
「…それ、まだ掛かかりますか?」
「ふふふ、もういいわよ。はぁー、本当、律葉ちゃんは可愛いがりがいがあるわね」
「なっ、またからかったん…ふにゃぁ」
また熱くなろうとした律葉の頭を昔、俺が子供の頃に母さんからされたように撫でて、落ち着かせる。
甘えるように手に頭を擦り付けてくるのは、意識的にやっているのか、無意識なのか、とりあえずゆるゆるに蕩けた表情といい、甘える仕草といい、どうにも俺の中学時代の記憶を刺激してくる。
こっちの俺はちょっと女の子らし過ぎるが、それでも中学時代の自分からツンツンした部分を取れば、まさにこんな感じだ。
中学時代、両親の部屋から聞こえて来た会話の記憶が蘇る。
『はぁー、律刃が可愛過ぎるー。ねぇ、アナタもそう思わない?』←母
『ああ、普段のツンツンした時してるのに、たまにそっぽ向きながらも自然とよって来て甘えてくるのとか、ギャップがあって堪らん』←父
『そうそう、しかもね。あの甘えモードの時、頭撫でたあげると「ふにぁ〜」って気の抜けた声を出して手に頭を擦り付けてくるんだよ!本当…』
『『我が息子ながら可愛い過ぎる(わ)!!!』』
「なるほど、昔の俺はこんな感じだったのか。やたらと両親が撫でて来た理由がよく分かるな」
「おや、おやおやおや」
「なんですか?そのニヤニヤ顔は、初対面ながら申し訳ないですけど、殴ってやりたいくらい鬱陶しいです」
やはり、大家さんが色恋沙汰大好きなのはこちらでも同じらしい。あっちでは事あるごとに絡んできた大家さんは独身弄りで撃退していたが、こっちの俺はそんな事しなかったのか、もしくはそれが出来ないほどに闇が深いのか、どちらにせよ、扱いが並々面倒なことになっているようだ。
「いや〜、ねぇ、なんかやたらと慣れたように撫でるなぁー、って思ってねぇ」
「ああ、うん。なんか昔の俺みたい感じだったので、ちょっと昔、両親に撫でられたみたいにやってたんですけど、思ったより効果抜群で」
「へええぇ、その時の君の写真あったりしない?お姉さん、気になるなぁ」
三割増しで興奮し始めた自称お姉さんにポケットの中から携帯を取り出してイヤホンと一緒に渡せば、鼻息荒くイヤホンを着け、写真アプリを開き、俺の幼少期の写真やビデオを見始めた。
最近ショタコンも気もあると判明した元の世界の大家さんが、もしかしたら鼻血でも吹きながら倒れてくれるんじゃないかと思って、両親に昔の映像を送って貰ったんだけど、とりあえず効果覿面ではありそうだ。
その様子を見て、律葉を頭を撫で続けていた手を離す。
「あっ…はっ!俺は一体!?」
「すみません、思ったよりも効果があったみたいで…、両親に撫でられたのを真似しただけなんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、その、大丈夫っていうか、安心したっていうか、何言ってんですかね、俺。あ、そうだ。改めて自己紹介させて下さい。さっきので名前、分かったかも知れませんけど、俺からは名乗ってませんし」
そう言われ、空気を変える為にも自己紹介することになった。
「改めて、俺は夜久織 律葉って言います。趣味は料理で、仕事は…まあ、今は無職です。最近までは医療関係の仕事をしていたんですけど、人の生き死にの重圧に耐え切れなくなっちゃいまして。特に今のご時世、魔物災害の影響で余計にそういうのに触れる機会が多かったですから。…まあつまり、逃げたんですよ、責任や助ける力がありながら助けられなかった無力感から。こんな俺、軽蔑しますよね」
「いえ、そんなことないですよ」
「すいません。なんか俺、今日ちょっとおかしいかもしれません。律刃さんとは初対面なのに、なんでこんなことまで喋っちゃってるんですかね?」
そう言って律葉は笑みを浮かべるが、その笑みは儚げで弱々しい。自分の深い部分を晒してしまったのは、俺たちが近い存在だから、自身の奥底にあるものを明かすのに、あまり忌避感が湧かないからだろう。
いや、むしろもしかすれば、自分という存在をこの人に晒したいと思っている節すらあるかもしれない。
なぜなら、目の前の律葉を見ていると思うのだ。
この人と俺は、底に近付けば近付くほど似ていると、他の誰にも理解して貰えないことでも、この人なら絶対に理解して貰えると、不思議と思ってしまうのだ。
きっと、これに完全に屈してしまう共依存の感覚なのだろうな。俺には一生理解することはないと思っていた感覚だが、なんとなく理解してしまった。
「多分、俺も似たような体験をしたからだと思いますよ。今は無職ですけど、俺も人の生命に関わる仕事についてましたから」
「そうなんですか…」
「まあ、あまり気にしないで下さい。誇りに思っている過去ではありますが、逃げ出した苦い過去でもありますから」
五年前、俺が陸軍自衛隊に配属された直後に起きた世界規模での災害、それが魔物災害だ。
世界各地で異形の化け物…魔物が現れるようになり、それが至るところで暴れる回るというその災害は、俺たち人類に強大な試練を齎した。
その強大な魔物が闊歩するようになった中、五年も人類が生き残ったのは、一重に魔物が出現し始めてから二年後に現れ始めた魔法少女と呼ばれる強力な力を持った少女のおかげだ。
俺の中での苦い過去というのは、魔法少女が現れるようになるまで、魔物が猛威を振るう中、救助に励み、その魔物と死闘を繰り広げた二年、それに少女たちが現れるようになり、その少女と共同戦線を張って積極的に攻勢に出るようになった三年だ。
…詳しくは、まあ、機会があれば語ろう。
「それじゃ、俺はそろそろお暇させていただきますね。ご飯のお礼はまた今度会った時にさせて頂きます。しばらくは近くのネカフェに泊まってますので」
「あ、はい、分かりました。大家さんの介抱は俺がしておきますので」
そうやって言葉を交わしたのを最後に、いつのまにか鼻血を垂らして気絶している大家さんから携帯とイヤホンを回収して、家を出た。
そして、この日を境に物語の歯車は回り始める。
律葉は異端の善意によって、俺は異端の烙印を押された存在によって、それぞれ魔法少女になるというイレギュラーを持って。