《FREE IMAGINE FRONTIER》
《ラムネのレベルが上がりました。Lv59→Lv 60(limit)》
《ミッション『レベル上げ「その五」』をクリアしました》
《これによりクエスト「βテスト」のクリア率が100%に到達しました。おめでとうございます》
《メールボックスより報酬を受け取って下さい》
「…危なかった、ギリギリだった」
ファンファーレとともに鳴り響いた音に、私は張り詰めていた肩の力を抜いた。
現在の時刻は12時56分、それは私が今参加している《FREE IMAGINE FRONTIER》というVRMMOのβテスト最後の一大イベントが始まる僅か4分前だ。
この時間を過ぎてしまえば、さっきクリアしたクエスト…「βテスト」は終了して、クリアすることが出来なくなってしまう。
このクエストは正規版へデータをどれだけ引き継げるか関わって来るから、めちゃくちゃ重要だったんだ。
「まあ、そんなクエストを今の今まで放置していた私がおかしかったんだけどさ」
私は自分の思考に少し疲れを滲ませながらも呟いた。
βテストは始まってからもう既に三ヶ月は経過している。ある程度真面目にやっていれば、大体の人は既に100%クリア出来ているのがこのクエストなんだけど、私はつい一週間ほど前まで残り30%程を残し、放置していたのだ。
そこもこれも自由度が高過ぎる仕様が悪い。戦闘一つとっても優秀なAIのおかげで行動が多彩だし、生産もそれぞれ特徴があって面白い。
おかげで色々やっちゃって、私はβテスターの中でも有数のスキルホルダーになってしまった。今では戦闘から生産までなんでもござれだ。
《ワールドクエスト「始まり孤島の影へ挑む」が開始されました》
《ミッションが開示されます》
《ミッション『スタンビートの討伐せよ!』が解放されました》
「…あっ、始まった」
そんな感じでβテストの思い出に浸っていると、そんなアナウンスが鳴り響き…、
―残り5日掛りのイベントが始まった。
「あれ?んー…、地面が揺れてる?」
それと同時に私は足元から揺れを感じた。
【振動感知】のスキル持ちならもう少し詳しく分かるのだろうけど、残念ながらこちとら器用貧乏なスタイル、『○○を○○することに特化した○○スキル』みたいな特化型のスキルはメインの枠どころか控えにも置いていない。
だけどまあ…、状況的に考えて、この揺れが意味するものなんて一つしかないよね。
そして案の定、予感は的中した。
「あー…、【気配感知】よ、ちょっと遅い」
私はやっと反応した一番一般的でオーソドックスな感知スキルに文句を垂れる。
反応した【気配感知】は少し離れた…しかし、全て均等にステータスを割り振った私には逃走不可の場所で無数の反応を捉えた。
ミッションの名前通りなら、スタンビートだ。
どうせ追いつかれると私は逃走を諦めた。
代わりにフレンドリストを開き、現実でも友人のアストとアルカを招待してチャットを開く。
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(ラムネさんがチャットを開始しました)
ラムネ:(アストさんを招待しました)
ラムネ:(アルカさんを招待しました)
(アルカさんが参加しました)
(アストさんが参加しました)
アルカ:遂にβテスト最後のイベントが始まったわね
アスト:ああ、そうだな。ちょっとエネミーの数が多過ぎて眩暈がしそうだぜ
ラムネ:そうだね、って言いたいところだけどちょっと助けて、その眩暈しそうな集団がすぐそばにいる
アスト:あー、そういえばラムネ、最後の追い上げでレベリングしてたな。分かった、すぐ行く
アルカ:私もすぐ行くわ。一応確認するけど、場所は幻晶山脈で合ってるわね?
ラムネ:えっ?幻晶山脈じゃ逆だよ。今、私が居るのは血地荒野
アスト&アルカ:はぁ(えっ)?
ラムネ:なにその表示…じゃなくて、なんでそんな反応?
アスト:いや、なんでっていうか…
アスト:前線基地に居る俺たちの方からもスタンビートは見えてるんだ。だけどな?それ、幻晶山脈の方なんだよ
アルカ:もしかしてだけれど、ラムネの近くにいるその集団って、スタンビートの第2波なんじゃないかしら?
ラムネ:…そういえば、公式HPでイベントの中心は前線基地って書いてあったけど、端っこの方に出来るだけ広範囲のプレイヤーが参加出来るギミックを用意していますって書いてあったような
アスト:それだな絶対、おーけー、ちょっとライトラさんのところ行ってくるわ
アルカ:そうね、彼女に指示を仰ぐのが一番楽でしょうね。それじゃ、私はラムネの方に行くわ。
ラムネ:お願い、多分、ほとんど持たないから
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「アルカは転移持ちだからすぐ来てくれるとは思うけど、これ相手にどれだけ粘れるかな?」
二人とチャットしているうちに、思ったよりも近付いていた数えたくない数の魔物の姿を視界に捉えた私は誰にでもなく呟いた。
このゲームでのデスペナは、ゲーム内時間で五時間のステータス半分減少に戦闘行為の禁止、それに手持ちアイテムの装備中もの以外ロスト、所持金の半減だ。
冒険者ギルドの個人ストレージに入れておけばいいんだけど、今の私の手持ちにはレベル上げ中のアイテムがほとんど残っている。
今のデスペナでのロストは死んでも避けたいことだ。
「逃げたいけど、やっぱり背中を見せると憎悪値、稼いじゃうみたいだよね」
私の他にも居たプレイヤーが、背中を見せて逃げ出すと優先的に狙われているのを見て、戦場では背中を見せたやつから死ぬっていう言葉を思い出した。
やっぱり、アルカの転移魔法で逃げるのが建設的そうだ。
剣と盾を構えて、そう思った。
空から降り注ぐ魔法と矢を避けたり、盾で防いだりしていると、すぐに敵の中でも足の速い先行隊とでもいうべき集団が到着した。
早速、私の方にも何体か向かって来る。
「〔カード〕〔シールドバッシュ〕!」
一番早く到着した魔物の攻撃を右腕の盾と【盾術】のアーツを使って防ぎ、スキルを繋いでその犬のような魔物を弾き飛ばす。
続いた二体の突撃はバックステップで回避し、【剣術】のアーツを使わずに剣を横薙ぎに降るって動きを牽制する。
すると、そのタイミングで上から火の玉が飛んで来た。盾を上に構えて受け、追撃を警戒する。
「やっぱり来るよねっ!〔ステップ〕〔スラッシュ〕!」
案の定、追撃は掛かった。
最初に吹き飛ばした魔物が牽制に怯んだ二体の魔物を飛び越し、飛び掛かって来た。
タイミングを見計らって【体術】のアーツを後ろに使ってバックステップ、一歩踏み込んで【剣術】のアーツを放てば、発生したカウンター判定が成功してCRITICAL!!が決まり、あまり耐久力のないその魔物は青い粒子になって消えた。
「〔ワイドシールド〕〔ファイアバースト〕」
続いて、もう一度攻撃を仕掛けて来た二体の攻撃をしっかりと盾を構えて発動した広範囲の攻撃を受け止めるアーツで防ぎ、【火魔法】の範囲攻撃で参戦し、速攻で攻撃を仕掛けて来たもう一体を含めて纏めて吹き飛ばす。
「〔アクア「カァ!」…っ、ランス〕!」
しかし、そこに続けようとした追撃は上から急襲を掛けて来たカラス型の魔物に阻止された。
咄嗟に【水魔法】の標準を変えて吹き飛ばすも、途中で詠唱が邪魔されたせいでダメージが低く、HPの低い鳥型からさえも軽い怯みしか取ることが出来ない。
しかも視線を上げれば、さっきと同種の魔物が何体もいて、そのうちの数体は私に視線を向けている。
そう遠くないうちに到着する本隊を前に足の速い魔物が三体、空を飛んで私を付け狙っているのが少なくとも五体は見える。
いやになりそうなくらい大変な状況だった。
「〔ショット〕〔ショートステップ〕〔ダブルスラッシュ〕〔ファイアボール〕」
【投擲】のアーツでナイフを投げ当て、体勢を整えた犬の魔物の一体の動きを牽制し、左右から挟み撃ちするように仕掛けて来た残りの二体にはその攻撃を短いステップで避け、二体が交差する地点に二連撃を放ち、カウンター判定でトドメを刺す。
そこに追撃を仕掛けて来たさっきのカラスは、盾で殴って怯ませ、【火魔法】の中でも速度が遅い代わりに低燃費でそこそこ火力のあるボール系の魔法を当てて沈黙させた。
そこに残り一体の犬魔物が向かって来る。
今度は牽制せずにそのまま招き、自前のプレイヤースキルで回避とカウンターを連続して倒す。
「〔マジックソード〕〔アクアランス〕」
その動作と【TP回復】【MP回復】のパッシブ効果のお陰で回復したTPMPを使い、【魔法剣】のアーツと【水魔法】の魔法で剣に、水を纏わせる。
「〔アクア・ツイントラスト〕〔ロングステップ〕、〔シールドプレス〕」
そして、【魔法剣】の効果で【剣術】に追加された属性攻撃を飛ばす二連突きのアーツを放ち、私に向かって突撃して来るコンドルのような魔物を叩き落とす。
そこから長距離を一回のステップで移動する【体術】アーツを使って落ちるコンドルの魔物に接近してジャンプ、コンドルの魔物の上に身体を持って行き、【盾術】のアーツを起動して押し潰した。
だけど、ここで唐突な疲労感に襲われた。
見れば、SPが一割を切っている。さすがに短時間でアーツも魔法も連打し過ぎたようだ。
そんなところに前方から3mはある筋骨隆々で人型の鬼が現れた。それに左右から一体づつ狼の魔物も現れる。周囲を見回せば、スタンビートの本隊が到着している様子だった。
「……えっと、どうしよ」
「グラアアァァッ!」
《【咆哮】をレジストしました》
思わずぽつりと声が漏れると 、それが合図になったように鬼が【咆哮】を上げながら襲って来た。
それに対して私は迷わずバックステップを踏み、狼を含めて三体纏めて視界に収められる位置取りをすると同時に振り下ろされた拳撃を避ける。
そこに続くように襲い掛かって来た二体の狼の攻撃は堅実に盾で受け、横薙ぎに振るった剣の腹でダメージよりも距離を離すことを優先して叩き飛ばす。
そうやって出来た時間でさらにバックステップを踏み、その最中にインターフェイスを開いて装備を盾から剣に変える。
普段なら【高速換装】の[クイックチェンジ]で一発なんだけど、今はギルドのスキル預かり所に預けて持って来てないから手動だ。
「…大きな動きは避けつつ、ある程度のダメージは許容して捨て身で倒す」
行動の方針を定めて呟き、瞬発的に力を込めれるようにしつつも出来る限り力を抜いて双剣をだらりと垂れ下げてカウンターをしやすいように構え、三体の敵の動きに集中する。
そうすると、まずは大鬼が馬鹿正直に真正面から突っ込んで来る。狼二体はその影に隠れて動いているようで、ここからでは姿が見えない。きっと、鬼の攻撃に合わせて奇襲をかけて来るつもりだろう。
「[ソードパリィ]」
私はそれに迎撃を選び、大振りな鬼の攻撃を【衝撃】のスキルを警戒して貴重なSPをTP共々消費して【剣術】のアーツをタイミングに合わせて使って無効化し、影から飛び出た二体の狼のうちの一体に十文字切りをお見舞いしてさらに返す刀で二連撃を当て、最後に蹴りを放ち、片方の剣を地面に刺し、腰から取り出したナイフの投擲を命中させてトドメを刺す。
完全に無視したもう一体の攻撃は甘んじて受けた。
受けた攻撃は噛み付きで投擲で振り抜いた腕に噛み付かれた。開いたままになっていたインターフェイスからインベントリを選択してそこから濃縮HPポーションを一つ取り出して狼の鼻元に持っていく。
そうすれば、「キャウン」と情けない声を上げて、狼は私から離れていった。
「下手な臭い玉なんかよりよっぽど効くなぁ」
強烈な青臭い臭いを放つポーションをインベントリにしまった私はしみじみと呟く。
私は【調薬】をしている時にかなりの時間嗅ぐことになったから、ある程度慣れてしまったから大丈夫だけど、しまったのに未だに残る臭いをあの至近距離から嗅いだ狼は平気じゃなく、前足で鼻を抑えて地面にごろごろと転がっている。
隙だらけなその姿、私は鬼が復活する前に弱点部位に何度も攻撃を入れて急ぎ目に倒した。
「…増えてるんだけど」
だけど思ったよりも時間が掛かっていたらしく、鬼の方に視線を戻すと巨躯の魔物が一体増えていた。
「しかも、牛鬼なんだよね」
頭部から牛のツノを生やし、大斧を持つ鬼よりさらに一回り大きい体躯のそいつの名前を私は呟く。
身体が大きいだけあってスピードは遅いけど、力とHP、それに防御力が高い。早急に敵を片付けたい今じゃ戦いたくない相手だ。
脳筋という設定から単純なAIしか持たない鬼が行って来た突進を軽いステップで躱し、左右から一撃づつ斬撃を放って腹部に攻撃を入れ、その攻撃の隙を狙って振り下ろされた牛鬼の斧の一撃は全力で振り上げた双剣をクロスに構えて受け止める。
そこから剣を滑らすように動かして牛鬼に接近して脇腹を切り裂いて通り抜ける。
「[クロススラッシュ][ステップ]」
そこから振り向き、その勢いと回復したSPを使って【双剣術】のアーツでエックスを書くように攻撃し、後ろに[ステップ]を使って離脱する。すると、さっきまで俺がいた場所を鬼の拳が穿つところが視界に映った。
来るだろうなぁ、とは思ったけど想像よりも早くて少し肝が冷える。
そんなことを思っていると鬼が跳躍した。思わず目で追っていると、目の前が急に暗くなる。感じた嫌な予感に任せて視線を正面に戻せば、近くまで突進して来ていた牛鬼の姿が視界に映った。
「うっ、重っ…」
咄嗟に十字に構えた双剣越しに衝撃が伝わってくる。
私はその衝撃を逃すように動くよりも早くそれに吹き飛ばされた。一度地面でバウンドし、無理矢理体勢を整えてから双剣を地面に突き刺して身体を止める。
吹き飛ばされた方に視線を向けてみれば、そちらは敵がかなり密集している場所だった。狙ったのかどうかはともかく、今度こそ本当に肝が冷える。
警戒心を強め直し、視線の向きを元に戻す。
そうすれば、鬼と牛鬼の身体が数色かの淡いオーラに包まれているのが見えた。
「強化付与…!」
淡いオーラは【付与魔法】による魔法の証拠だ。
付与されているのはオーラの色を見るに攻撃力を上げる[パワーエンハンス]、防御力を上げる[ガードエンハンス]、速度を上げる[スピードエンハンス]、スキル枠を万能性に振り切っている火力の低い私には、エンハンスまで使われるとさすがに荷が重い。
と、そんな時だった。
《アルカさんから乱入申請が届きました。許可しますか?YES/NO》
アルカから届いた申請に私は迷いなくYESを押した。
「[マジックハイエンハンス][ロングレンジ][精神統一][ダブルスペル][ダブルマジック][アクアランス!]」
それと同時に後ろから魔法攻撃を強化する【高位付与魔法】、距離のダメージ減衰を減らす【狙撃】のアーツ、次の魔法攻撃をかなり強化する【超瞑想】のアーツ、それに消費を三倍にする代わりに一度に二発撃てる【多重詠唱】のアーツと消費を増やす代わりに魔法に威力を上乗せする【複合詠唱】のアーツが唱える声が聞こえ、私が放つよりも何倍もの威力を持った[アクアランス]が放たれ、そして鬼と牛鬼を貫いた。
しかしも、ついでと言わんばかりに貫通した水の槍が後ろにいた黒いローブ姿の骸骨を捉え、そっちも一撃で吹き飛ばす。その一撃で倒れはしなかったが、その後に続いたもう一発に倒された。
私は魔法特化型の理不尽な火力を改めて思い知った。
「ラムネ、大丈夫だったかかしら?」
「大丈夫だよ、まあ、HP半分切ったけど」
「そのくらいなら問題ないわね。じゃあ、前線拠点にさっさと戻りましょ。それにスキルの再セットもしなきゃいけないんじゃないかしら?必須とか言ってた強化系のスキル、なんも入れてないんじゃないの?」
確かにアルカの言う通り、今の私のスキル構成は、【剣術】【槍術】【盾術】【体術】【双剣術】【投擲】【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】【魔法剣】【気配感知】【TP回復】【MP回復】【器用貧乏】で、【単独行動】なんかの強化系のスキルどころか、ステータス補正のある高位化させたスキルすら入れてない。
「まあうん、今回はレベル上げ目的だったから普段使いしてるスキルはなにも持ってきてないよ」
「やっぱりそうなのね。じゃ、行くわよ[リターンホーム]」
アルカは少し呆れたようにそういうと私の肩に手を置き、自分のホームに転移する【空間魔法】の魔法を唱えた。
「それじゃあ急いでギルドに行ってスキルを整えてきなさい。私はアストと合流して基地の東で待ってるから」
「分かった、すぐ行ってくるね」
アルカの魔法で前線基地に戻って来た私は、アルカと数口言葉を交わしてすぐにギルドに向かった。