努力が嫌いな僕の現代奇譚
突然だが、僕は楽しくないことが嫌いだ。
可能ならば、ずっと好きなことや気になった事ばかりしていたいし、存分に集中力を発揮できる楽しい事に専念していたい。
誰も彼もがそんな僕に将来の楽しいに向けて努力しろと言うけれど僕はそんな努力すら嫌で、でもやっぱり現実は捨て切れなくて、僕はずっと中途半端だった。
だけれど僕はその日、ちょっとした好奇心から人生の転機を迎えることになる。
ことの始まりは高校から帰宅中、街中で珍しいアルビノの少女を見たことだった。
「ん…?あれ、あの娘、この時期にあんな格好で大丈夫なの?」
家に帰る為に移動中、僕は見かけたそのアルビノの少女に首を傾げた。
その少女は、この尋常じゃなく寒い冬の真っ只中で夏場もかくやという薄着で過ごしていたのだ。しかも、最近ではなかなかないほどに晴れていて、太陽が中天に座しているこの時間帯に肌も保護するような装束も身に付かずに、だ。
アルビノの肌は陽の光にあまり強くないと聞いていた僕は、そんな状態でなんでもないように活動するその少女に興味と一抹の不安を抱いた。
「…ちょっと追ってみるか」
痩せ我慢ならさっさと辞めさせるべきだし、本当に問題ないのならなんで大丈夫なのか気になる。
そんな思いを抱いた僕は、その少女を後を追うことにした。
「…?」
しばらくその少女を追っていると、僕は特になんでもふとしたタイミングで少女に違和感を覚えた。
そして、その違和感にも程なく気付いた。
その少女は腰に届きそうなほどに長い白色の髪に瞳に通った血管の影響で薄紅色に見える瞳、白い肌はシミ一つなく、人形を思わせるほどに整った神秘的で繊細な容姿を持っているのに、あまりにも自然にそこに存在しているのだ。
普通ならこれほどまでに整った容姿を持った少女がいるなら二度見にするだろうし、そもそもが目立つアルビノで、しかもこの時期には"ない"と断言できる薄着装備なんだ。
だから、すれ違えば少なくとも一人は振り向くはずなのにそんなことは一度もなく、その少女はまるで日常の1ページに溶け込んでいるかのようにごく自然にそこにいる。
「あれ、…ここ、どこ?」
そのことを自覚すると一気に視界が晴れ、先ほどまでの僕が如何に視界が狭まっていたのか自覚することになった。
気がつけば僕は見慣れない建物に囲まれた場所に居て、しかも、よくよく辺りを見渡せば僕の他にも彼女のことを追っている人の存在を自覚することができたんだ。
それと同時に携帯に入っていた一軒の通知も気づくことができた。そりゃ、辺りに響き渡るほどの通知音が鳴ってたら普通は気付くよね、って言う。
…まあ、さっきまでそれにすら気付いてなかったわけだけど。
「えーっと、なになに?」
気を取り直して携帯を見れば、画面中央に堂々と鎮座する『UnderGrand』と銘打たれた黒いアプリとその下に表示された『タッチした下さい』の文字、近々買い換える予定でデータなんかは既にバックアップ済みだったこともあり、僕は特になにも考えずにそのアプリをタッチした。
『ようこそ新たなる不死者よ、歓迎しよう死に狂いどもの狂宴へ』
携帯にそんな文字が流れ、それとほぼ時を同じくして僕の身体にも変化が起こった。
脳に直接響くようにアナウンスが流れる。
『選定により、貴方は選ばれました』
その言葉が流れると僕の身体に途轍もない衝撃が駆け抜け、輪郭が曖昧になる。
視線を他に寄せれば、そこでは僕の以外の人々が全身の力が抜けたように倒れ伏し、身体を徐々に灰に変えていっていた。
僕の頭の中で一つの記憶が思い起こされる。
「…なるほど、ね。最近の連続集団失踪事件の真相はこんなことだったのか」
最近よくニュースでやっていた無差別に沢山の人が居なくなる失踪事件、事件現場の付近には必ず灰が散っていたと聞くし、多分これが原因なんだろう。
選定だなんだと聞こえたし、きっと僕も選ばれなければ同じ運命を辿っていたのだろう。
…ああ、なんかアレだ、最悪に気分が悪い。
ラノベなんかでよくあるようなに僕一人だけが生き残ったことに罪悪感を感じてる…、なんてことは微塵もないが、無意味に命を…可能性を潰すような行為は、全然、全く以って面白くないし楽しくない。
選定なんてものは僕が最も忌避すべき行為だ。だから、僕はただだた気分が悪くなった。
『特殊能力:吸血鬼に覚醒しました』
『特殊能力に順応するように身体を作り変えます』
だけど、そんなことを思っている暇は次の瞬間には無くなっていた。さっきとは比べ物にならないほどの激痛が僕の身体を襲ったのだ。
身体を内面から弄くり回されるような気味の悪い感覚、そしてその感覚に連動するように走る激痛、…控えめに言っても最悪だった。
『身体の作り変えが完了しました』
高熱を出したように身体が熱い、何もできないとほどに身体が怠い、世界が血で染まって見えるほどに視界が赤い、砂漠の中に放り込まれたように喉が渇いた。
そしてなにより…、身体が血を求めていた。
「ぐぅぅ、あ、ああ゛ぁぁぁぁああ゛あああ!!!!!」
ガブリッ
自分の腕に伸びた八重歯を…牙を突き立て、僕の中に残る人の血を啜る。啜る度にその血は変わった僕の身体に還元され、吸血鬼の血として戻ってくる。
そうしていれば、気付いた時には血の渇きは癒されていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
乱れた呼吸を整えつつ、その場に腰を下ろす。
すると手になにやら冷たい感触が訪れた。その中にある滑り気に、なんとなくそれがなんなんのか察しつつ手を見れば、案の定僕の手は真っ赤に染まっていた。
視線を下ろせば、僕は血の沼のようにすら見える場所の中央に腰を下ろしている。
地面についた血を指で掬い舐めれば、それからはあっさりとしていてしつこくない甘味の味がした。
さっき散々飲んだから分かる、もともとの僕の血の味だ。僕はこんなにま血をこぼして飲んでいたのかと、思わず呆然としてしまった。
「半狂乱状態だったとはいえ、これはちょっと…」
血の中に手をつき、それを吸血鬼の力で纏め上げる。纏めたそれを薄く広げて砂利なんかの不純物を落とし、空の水筒に流す。
それから周囲に視線を向けた。
周囲はさっきの街中ではなく、どこかの見たこともないような荒野に姿を変えていた。
いやでも、もとの街並みはボロボロにこそなっているけれど残っているから、荒野というより廃町と言うべきかもしれない。
そんなことを思いつつ、この自体の鍵を握るだろう携帯に視線を向けた。
『ステータス』
名前:鬼月 永徒
特殊能力:吸血鬼
現在フィールド:終末の荒野
大規模レイドクエスト発動中
『人造天災を討伐せよ』
携帯の画面にはそんな文字と一枚の地図が添付されて表示されていた。
地図は結構広範囲にわたって表示していて、角に描かれた縮尺を確認する限り、大体一辺が三キロと言ったところだろうか。そんな広大な地図には悠々と一点の大きな赤い点が移動していた。
タッチすれば『機械竜帝エンペリア・グランデ』の文字が表示される。
明らかに強そうな名前、きっとこいつが発動中のレイドクエストの討伐対象なんだろう。もとの場所に戻る方法は…、まあ、この地点にいけばだれかしら居るだろうし、その人に聞いてみるよう。
そうすれば他に気になっていたこと…不死者とか、死に狂いだとさ…、その辺の意味も知れるだろうしさ。
そんなわけで僕の目的地が決まった。