未設定(タイトル思いつかない)
これはなんてことない一日として終わるはずだった日の夜のこと。
ドンッと凄まじい音が鳴り、路地裏から制服姿の年若い少女が飛び出してくる。
その直後、少女が飛び出して来た路地裏から爆音が鳴り響いて巨大な爆炎が上がった。
『…キィイイイイイイイ!!!』
そこからさらに、耳を劈くような鳴き声が聞こえて来る。何事かと驚いて路地裏を除けば、そこでは凄まじい速度で動き回り、背中から無数の触手を生やす赤い馬が触手を振るって辺りを壊して暴れ回っていた。
「な、なんだあ…ぐわぁっ!」
この場にいた誰かが声を上げ、直後その声を上げた誰かは凄まじい速度で伸びて来た触手によって吹き飛ばされた。思わず目を動かして追っていけば、その人は道路の反対側まで飛ばされ、向こうの壁に背を打ち付けていた。
だが、その人はすぐに「ゲホッ、ゲホッ」と咳き込み、苦しそうにしながらも薄らと目を開けた。
どうやら、大怪我を負っただけで生きているようだ。
「に、逃げて…」
「―ちっ!」
その光景を見てか、未だに倒れて動けずにいる少女は自身が動かないながらも、掠れた声を上げて避難を促す。
その声によって赤馬の背中の触手が一斉に蠢き、少女に向かって鞭のように振るわれる。それを見て私は荒く舌打ちを打ち、倒れ込んでいる少女の襟を掴んで何もない方向に思いっきり投げた。
その場から少女が離れたことで、代わりに舌打ちに反応して私に向かって触手の鞭の挙動が変わった。
そうなるだろうと思っていた私は、背負った鞄を攻撃を軽減させるクッション代わりに使い、さらに後ろに飛ぶことで衝撃を出来る限り弱めて受ける。
「ぐっ…」
だけれどもその威力は余りに強く、流れてきた衝撃に一瞬視界で閃光が瞬き、意識が軽く飛ばされた。
地を滑って転がり、背中を擦ったところで意識を取り戻してなんとか受け身をとって立ち上がった。
「痛っ…」
背中がヒリヒリと痛み、嫌な予感がして背中を触ってみれば、そこから鋭い痛みが走り抜け、手にはべったりと真っ赤な血が付着した。
その時に漏れた声に反応して、今度は全方位から赤馬の触手が向かって来た。咄嗟に1秒後にスマホのタイマーをセットして、思いっきり正面に投げ込む。
すると、すぐにタイマーの鋭い音が辺り一体に鳴り響いて、方向を変えた触手がスマホに殺到して、それを粉々に打ち砕いた。
(うわっ…)
その有り様に若干引きつつも、さっきの少女が似たような制服の少女たちに肩を貸されて離脱していくのを見て、私もその場を離れた。
…それ以外の人たちは、まあ、大体の人が逃げたみたいだし、あとは各自に任せようか。
後日
「はぁ〜、…ちょっと失敗したなぁ」
その日、教室の一角で銀髪ショートの少女が突っ伏していた。それは昨日の一件でスマホを破損した私…律羽 黒葉だ。
「おはようございます、律羽先輩。なんだか、落ち込んでますけど、どうしたんすか?」
「…あー、なんだわんこか。なら良いや」
「ちょっ、先輩!なんでまた突っ伏すんすかっ!」
顔を上げた先にいた小柄な少女の姿を見て、特に迷いもなく突っ伏した私の姿にその少女…狛犬 一子は喚き出した。
私は仕方なく顔を上げて、わんこに応答する。
「…昨日、スマホが壊れたんだよ。ほら、昨日の夜に商店街の辺りで大きな事件が起きただろ?アレに巻き込まれたんだ」
「ああ、あの変な馬が暴れまわってるってやつっすか?トップニュースに上がってましたけど、あれマジでだったんっすね。アタシ、与太話かと思ってたっす」
「確かに、あれが現実のものとは思えないよな。というか、現実のものって思いたくない」
包帯を巻いた背中に触れて、私はそう言った。
昨日負った傷、思ったよりも浅かったから傷跡は残らないだろうけど、今でもズキズキ痛む。バッグ越しとはいえ、モロに触手の鞭を受けた腕には大きな青痣が残っていた。
本当にもう、今思い出して悪魔のようなやつだった。
唯一の救いといえば、なんでか視界が使えていない様子だったくらいだ。おかげで音で誘導して、なんとか気を引くことが出来たし、逃げることが出来た。
あの馬が後でどうなったかは知らないけど、噂によるとなぜか夜明けと共に消えてしまったらしい。
それならば、私としてはこのまま二度と現れないことを願うばかりだ。
「ところで先輩があの現場に居たのなら、紅眼の悪魔も見たんすか?なんでも上手く化け物を誘導して、その場にいた皆を逃したらしいんですけど」
「なんだそれ?というか、あんまりなネーミングだな。仮にも助けてくれた人なんだろう?」
「あー、なんでも二人も大怪我を負ってるのに物凄く冷静に化け物と戦ってらしいっすからね。しかも、目が赤く輝いてたらしくて、すっごく怖かったらしいっすよ」
…なんでだろう、そこはかとなくその紅眼の悪魔が私な気がしてならない。
いやでも、私は二人が傷ついてる中で冷静に行動してただけだし、そもそも普通に黒目だし、そんなわけないはずなんだけどな。
「でもこの人、まるで先輩みたいっすよね。だって、助けるためとはいえ女の子を躊躇なく投げたらしいっすし、なによりも思わず逃げてしまうほど鋭い目付きをしてたらしいっすから。思わず、アタシの弟を助けてくれたときの先輩を思い出したっす」
「えっ、私そんなに鋭い目付きしてるか?割と普通だと思うんだが」
「えーっとですね、集中している時の先輩の目付きは色々やばいっすよ。そんじょそこらの輩ならびびって逃げるでしょうし、子供なら大泣きするんじゃないっすか?」
「そうなんだ…、それは知らなかった」
なんだか心が傷付いた。そうか、私って集中してると怖いのかぁ。
…今まで全然気づかなかった。ま、まあ、この私が集中することなんてそう滅多にあることじゃないから、あんまり気にすることじゃないよな。
「先輩って意外と繊細っすよね。なんていうか、言葉で武装してるだけで実際は普通の年頃の女の子?」
「言葉で武装…?いや、私はこういう口調なだけであって、普通に年頃の女の子だが?」
というかなんか、今一瞬わんこの気配が変わったような…?うーん、まあ良いか、あんまり気にしても無駄だろう。
それから時が流れて放課後、私は昨日の場所に戻ってきていた。
「…うわぁ、結構派手に壊れてるな」
そこで見たのはボロボロになった街並み、昨日のあの赤い馬の大暴れによってすっかり姿を変えていた。
今は警察によって規制線が張られ、この道は完全に封鎖されている。
なんとなく昨日の有様からしてこうなっているだろうとは思っていたけど、なかなかに面倒な事態だ。
これじゃあ、叔母さんの家には遠回りして行かないと行けなさそうだ。
…はぁ、めんどくさい。いっそのこと、今日は家に帰ってしまおうか?
そんなことを思いながらも移動して、結局私は伯母さんの家まで来ていた。
私の叔母さんは有名企業の女社長なだけあって、マンション…というか、俗に言う億ションというやつを所持してその最上階に住んでいる。
だが、今私たちが居るのはその居住区ではなかった。
「やっぱり、魔力が解放されてるわね。血統の方は封印されてるはずだから、天然物かしら?」
建物の地下一階、今の今まで知らなかった区画で叔母さん…宵醒 琴夜はそう呟く。
私は聞こえてきたそのファンタジー色豊かな言葉に思わず首を捻った。
「…えーっと、魔力って、一体なんの話をしてんだ?」
「昨日の夜、黒葉が遭遇したあの異形の化け物…魔物や魔獣なんて言われる魔性共に抗う不可思議な力の話よ」