転生英雄は双魔霊装の担い手
「………」
カタカタカタカタ
窓から入る太陽の光に照らされるマンションの一室に淡々としたタイピングの音が鳴り続ける。
音の発信源はデスクに置かれたパソコン、鳴らしているのはそのパソコンに向かい合う十八歳前後に見える今年で二十歳に成る青年だ。
パソコンの画面には、リアルタイム系のRPGと小説らしき文字列が書かれたメモのウインドウが開かれていて、ゲームの裏ボス攻略と小説の添削及び誤字脱字の修正がかなりの速度でほぼ同時に行われている。
しかも、小説の方は流し読みのような速度で作業が進んでいてゲームの方も目立ったは失敗はあらず、順調に展開が進んでいる、今ではもう両方大詰めに入っているくらいだ。
そして…
「よし、終わりっと。後は秋也先輩からいつも通りの報酬を受け取るだけだな」
裏ボスが死に絶えると同時に小説の手直した物が『宛先:秋也 嶺二』に送信され、青年…祓 時也が『何でも屋倶楽部』の唯一の部員兼部長として受け持っていた仕事が終了した。
カタッ
「ん?、今何か音がしたような?」
それから休憩がてら珈琲を入れリビングでニュースを見ながらゆったりしているとベランダの辺りから人の足音のような音が僅かに聞こえて来た。
ここはマンションの八階、両隣の部屋は夜な夜な変な声が聞こえるとか言う幽霊騒動のお陰で空いてるからそんな音、聞こえる筈ないんだけどな。
「ちょっと見てくるか」
そう思い不審に思った時也は『剣道部』の助っ人に行った時に貰った木刀と護身用に購入したサバイバルナイフを手にベランダに向かう。
リビングからベランダまでの距離は1メートルも無い。だがその距離がとても長く感じる、心臓は緊張の音を鳴らし、全身からは冷たい汗が吹き出す。
「………(ゴクリッ)」
窓に手を掛けると無意識に喉が鳴り、自然と呼吸が浅くなり出す。自慢の思考速度は明確な緊張からか急激な加速を始め、視界に映る景色が色を失い停滞していると見間違う程に遅延する。
なんで俺、こんなに緊張してるんだ…?
そこまで来てそんな疑問が脳裏を流れる。
確かに時也の思考速度は常識外れに速い、それこそ人との付き合いに於いて簡単には埋められない溝が出来てしまう程にだ。
だが、唯の緊張で周囲が停滞して見える程に思考が加速する事は滅多に無い、それこそ自主的に加速でもさせない限りは…。
その事に気付いた時也の思考に混乱が走りなんでなんだ、と言う疑問が浮遊して沈むを繰り返す。
しかし、そんな混乱の中でも時也の優秀過ぎる思考は思考速度を強引に使った並列思考により半ば無意識の内に解答を導き出した。
「ぁっ……」
そしてその答えと視界に映り始めたその答えの根拠に思わず、口から声が漏れる。
それと同時にもう既にどうしようもない程に手遅れな状態だと言う絶望的な事実にも気が付いた。
時也が導き出した解答は緊張で思考が加速していた時に丁度、生命の危機を第六感に近いもので感知し、更に思考が加速したと言うもの。
と言うのも時也はこれに似た状況を中学校の卒業式に大型トラックが突っ込んで来て轢かれ掛けた時に体験していて、その稀有としか言いようがない体験が思考に引っ掛かったのだ。
しかも、死は実際に膨大な熱と炎、それに爆音を持って隣室を内部から熱し溶かして破壊しながら無慈悲にも迫って来ている。
時也に出来たのはさっきの音がトリガーならこれが上手くいけば何かの役に立つかも知れないと言う想いでタイマー機能を使った撮影を開始したスマホを窓から外に向けて投げるくらいだった。
それから数瞬後、巨大な爆音が辺り一帯に轟き、時也が住んでいたマンションの八階は炎の津波に飲み込まれた。
『いやー、君、凄いねっ!。幾ら思考速度が速くても土壇場であんな事思い付かないよ』
『うんうん、普通はそんな事、思いつかないよ。でもでも…』
『『そんな君の行動のお陰で犯人の爆弾魔は捕まった。今では君は救国の英雄さ!存分に誇り給えっ!』』
何処とも知れない白と黒が入り混じる空間、そこで瓜二つな少年と少女が時也に妙なテンションで語り掛けている。
だが、その当人は訳が分からず困惑気味だ。
辛うじて死に際に投げたスマホが犯人に繋がる決定的な何かを写した事は理解出来たがそれ以外はまるで理解出来ていない。
しかし、時也がそんな状態でもそっくりな少年と少女は全く止まらず、寧ろ静かで静粛ながらも段々とヒートアップし始める。
『でも、それを知っているのは僕達だけ…』
『誰もあの爆弾魔が世界規模のテロリストになる未来なんて知る訳がない』
『『でも、僕(私)達は知っている、君があの世界の英雄である事を…』』
『故に用意した、君の新たな人生を』
『故に用意した、君に合った世界を』
そこまで言って少年と少女は目を閉じ、口を閉じ長めの溜めを作る。
そして目を見開き、手を左右に広げてその言葉を一足に言い切った。
『『さあ、残るは君の選択だ。その選択は次の人生の基になるよ、慎重に選ぶと良い。では、僕(私)達はここで失礼する、輪廻と転生の神として君の新たな人生に幸多き事を願っているよ。あ、因みに君が転生するのは現代日本じゃなくて剣と魔法のファンタジー世界だから気を付けてねっ!』』
そう言い切った輪廻と転生の神を名乗る双子は宣言通りにその場から透けるように消えて行った。
「……なんだったんだ?」
時也は今の状態の意味がかなり曖昧にしか分からず困惑の言葉を呟いた。
【前世の行動をポイントに変換します】
50年以上の残り寿命 +5P
100年以上の残り寿命 +10P
20歳未満での死亡 -5P
性行為の未経験 +5P
異性との交際未経験 -3P
10以上の人を救う +2P
25以上の人を救う +3P
50以上の人を救う +5P
100以上の人を救う +10P
250以上の人を救う +15P
500以上の人を救う +20P
750以上の人を救う +35P
1000以上の人を救う +50P
…
……
………
入手総金額10,000以上 +5P
入手総金額100,000以上 +10P
入手総金額1,000,000以上 +25P
入手総金額10,000,000以上 +30P
入手総金額100,000,000以上 +40P
入手総金額1,000,000,000以上 +50P
【貴方の前世の行動は合計:1000(MAX)+αポイントに変換されました】
※+αは貴方の来世の行動次第で随時解放されます。
【ポイントを使って能力値を設定して下さい】<hr>《名前》「」
《性別》「」
《容姿》「」
《容貌》「」
《体格》「」
《寿命》「」
《身分》「」
《種族》「」※人間種(人族、獣人族、森人族等の高度な知能を持った常時人型種族)のみ選択可能
《特殊才能》「思考速度(極)[|ロック(変更不可)]」「」
《特殊技能》「前世記憶[|ロック(変更不可)]」「前世意思[|ロック(変更不可)]」「言語理解[|ロック(変更不可)]」「」
《成長傾向》「」
<hr>「えっと、取り敢えずこれを設定すれば良いのか?」
時也は未だにやや困惑気味ながらも前世で凄い事をしたから転生出来る権利を得たのか、転生モノのラノベあるあるだな、と半ば強引に己を納得させて目の前に表示されたホログラムの能力値に意識を向けポイントの設定を始めた。
まず、項目の詳細情報に簡単に目を通して名前から入力を開始する。
とは言え名前は変更する気が無いのか世界に合わせて祓 時也から「トキヤ・ハライ」に変えただけでほぼ同じまま、性別も同様で変えるつもりは無いのか「男」のままだった。
次は容姿、ここは何の迷いも無しに70Pを消費して上の中やや上を示す「90」まで数値を上げる。ここの項目は中の中を示す50までは10Pで上げられるが中の上の辺りである60で15P、上の〜を示す70以上だと40P以上は確実に消費するが時也に躊躇いは一切無い、その次の容貌は具体的に書き込む場所で一文字書き込む毎に2P消費するがそこも気にせず「男性だと分かる程度に中性的で凛々しく綺麗な顔立ち」と48Pを使って書き込む。
残りの設定も時也好み、と言うよりは転生前の時也の上位互換をコンセプトに能力値の設定を仕上げる。
そして数分後、
「よし、これで完成っと」
時也は全ての設定を終え、満足気な声を上げた。
<hr>《名前》「トキヤ・ハライ」
《性別》「男」
《容姿》「90/100」
《容貌》「男性だと分かる程度に中性的で凛々しく綺麗な顔立ち」
《体格》「平均身長くらいで細身ながらも筋肉質な体付き」
《寿命》「500年」
《身分》「|自然型異世界転移者(通称:迷い人)」
《年齢》「12歳」
《種族》「人族:英雄」
《特殊才能》「思考速度(極)[ロック]」「反射神経(極)」「英雄の才(極)」
《特殊技能》「前世記憶[ロック]」「前世意思[ロック]」「言語理解[ロック]」「瞬刻の魔眼」「双魔霊装」「魔具適性」「霊具適性」
《能力成長傾向》「軽装魔法戦士」
<hr>
「12歳になるけど、まあいっか」
時也は迷い人の身分のお陰である程度成長した状態で異世界に行けるが迷い人を設定した時に追加された年齢の設定が想像以上にポイントを消費した為、幼い年齢になってしまったのだ。
とは言えこれは時也のポイント節約の為の選択である、今更変更する気はさらさら無いだろう。
それから数分もしない内に時也は光に包まれ、その光に解けるように消えて行った。
そして、光は向かっていく、祓 時也がトキヤ・ハライとして生きる事になる世界へと…
《身分》
「自然型異世界転移者」・・・その名の通り人為的な手が加わらず超自然的な現象により召喚された異世界人の総称、基本的に迷い人と呼ばれていて地位としては通常の平民とほぼ同等。ただ、基本的に強力な力を有していて国に保護される場合がある。
《種族》
「人族:英雄」・・・「英雄の才」を持つ人族、通常の人族よりかなり高い心身の潜在能力を産まれながらに持っている。
《特殊才能》
「思考速度(極)」・・・極まった思考速度に関する才能、時也のように[ロック]と付いている場合は通常の枠に収まらなかった才能の追加枠としての役割も持つ。
「反射神経(極)」・・・極まった反射神経に関する才能、動体視力や脳から伝わる信号も強化される。
「英雄の才(極)」・・・勇者に並び立つ程の英雄としての才能、武術や魔法などの様々な才能を内包する。
《特殊技能》
「前世記憶」・・・前世の記憶を今世に継承する、体に染み付いた技術や癖等も継承する場合がある。
「前世意思」・・・前世の意思や精神性、性格等の様々な事を今世に継承する、「前世記憶」が前提になっている。
「瞬刻の魔眼」・・・一瞬を拡張する魔眼、練度によって拡張範囲が広がる。
「双魔霊装」・・・双魔剣、双魔刀、双魔槍、双魔杖、双魔銃、双魔翼のモードを持つ魔具を内包した複合霊装。使用には「魔具適性」と「霊具適性」が必須。
「魔具適性」・・・その名の通り全魔具の適性。
「霊具適性」・・・その名の通り全霊具の適性。
「こっちだ、急げっ!」
普段なら物静かな草原に物々しい装備に全身を固めた五人の軍人の怒号とかなりの速度で走る足音が響いていた。
彼等はハスティレ王国の第二騎士団と第三騎士団のそれぞれの団長に副団長、それに王国魔導士団の中でも最高の実力を持つ副団長だ。
そんな彼等が何故、こうして集まり全力とは行かないまでも充分に本気と呼べる速度でこんな何も無い草原を駆けているかと言うと……、
『預言の巫女』や『時の読み手』と言われている王国筆頭占術師ティメナ・リードナーが『勇者ローウェル・スカイヴェレスに並び立つ才能を持つ英雄の卵、アルフィル領のセンジス草原に現る』と言うかなり具体的な未来を預言したからだ。
この事はまだ王国の上層部でも一部の人間しか知られていない最高機密だ。
いや、そもそも勇者の存在自体が最高機密の塊である、色々胡散臭い連中が蔓延るこの世の中でまだ12歳になったばかりの勇者ローウェルの事など公表できる訳がない。
それと同様に英雄の卵、つまりは15歳未満の英雄候補など迂闊に公表出来る訳がなかった。
そうして疾走する事1時間程経過して軍人達が草原の中央付近まで辿り着いた頃、中央では時也を包んだ光が現れて周囲に溜まっていた膨大な量の魔力を行使し始めた。
これから始まるのは膨大な魔力で自然が行使する原初の魔術、知能ある生き物達が行使する魔術の原型にして例外無く途轍もない現象を巻き起こす一種の自然現象にして世界の理に直接干渉する絶対の禁術、それがこの現象、魔法だ。
そんなとんでもない現象が目の前で発生した為、軍人達の背に冷や汗が流れ緊張が走る。
彼等は超一流の軍人であり、当然優れた頭脳を持っている。だからこれから発動する魔法がどんな超常現象を発揮するかは、預言の内容と照らし合わせて理解しているがそれでも魔法と言う現象には緊張が隠せない。
そして、魔力内に含まれる僅かな思念が膨大な魔力により現象化する。
今回の思念はどんな絶望も覆し、か細き願いすら叶える圧倒的な力、|希望(力)を求める力なき者の声、故に発動する。
救済と絶望の入り混じる英雄伝説の魔法が…
「…………んっ……」
ガタンガタンっと揺れながら進む馬車の中で一回り以上小さくなりトキヤになった時也が眠たげに目元を擦りながら目を覚ます。
上体を起こし、窓枠から外を見回せば奥が見えないほど深い鬱蒼とした森が見えトキヤは自分がその森の中にある細い道を馬車に乗せられ進んでいる事を理解した。
「おっ、やっと起きたか」
それと同時に馬車の中へ黒が基調になり目立った装飾のない魔導士風のローブを着た15歳くらいで矢鱈と目付きが鋭い少年が入って来てトキヤに声を掛けてきた。
トキヤはその少年の妙に大人びた雰囲気に疑問を感じるがそこまで親しく無い相手に聞く事じゃないな、と判断して取り敢えず少年に返事の言葉を返す。
「…誰?」
「わかんねぇか?俺、こんなナリでも結構な有名人なんだぜぇ?」
「へぇー、そうなんだ」
「その顔、全然信じてねぇな。たくっよ、
英雄伝説で召喚されたとは言え俺の名声が届いてねぇ場所とか魔大陸以外に知らねぇぞ」
「ひろいっくさーが?またいりく?」
少年が口にした言葉の中からトキヤは聞き慣れない言葉をピックアップして鸚鵡返しに呟く。
トキヤは前後の言葉から英雄伝説は召喚術もしくは召喚術を内包する物、魔大陸は情報が届き辛い場所と言う予想を立てたがこれだけの情報じゃ流石に詳細は分からない。
「英雄伝説は英雄の素質を持った者を強制的に召喚して試練を与え続けて英雄を生み出す、碌でもねぇ魔法だ。魔大陸は魔物が自然に生み出される速度が上昇して強化される魔物之世界の魔法が発動した大陸だ。他に聞きてぇ事はあるか?」
「…っ、ふーん、じゃあ魔法って何?」
トキヤは小さめに呟いた疑問に答えられた事に少し驚いたが聞きたい事はないかと少年に促されて素直に疑問に思った事を口にする。
トキヤは魔法と聞いた時、最初は異世界モノの小説に良くあるあの便利な魔法かと思ったが少年の苛立たしげな様子やまるで魔法が自然現象のように勝手に発動するかのような物言いに明確な違和感を覚えたのだ。
魔導士の少年は少年で目の前に座っている英雄候補の幼子に違和感を覚えていた。
それも仕方ないだろう、幾ら英雄候補と言えども勇者とは違い12歳前後ではまだ歳相応の精神を持っている、そしてその年頃の子どもは少年の睨み付けるような目付きの悪さに大抵の場合、怖がる。それなのに目の前の幼子はその事に何のリアクションも見せない、それどころか平然と喋りかけてくるのだ、そんな歳不相応な冷静さに違和感を覚えて当然だ。
とは言え、別にそれが悪い訳ではない。そう思った少年はトキヤから飛んでくる質問に答えて言った。
「ありがと、お陰でこの辺の事が結構分かった」
トキヤは少年にいくつかの質問を終え笑みと共に礼を言った。トキヤが聞いた質問の中には少年に対するものもあり、少年がフェルスト・レーヴァテインと言う名前でハスティレ王国の王国魔導士団の副団長である事も知れた。
「この程度で礼なんていらねぇよ。もし礼がしてぇんだったら面白ぇ本でも持ってこい」
「知識には知識で返せって事?」
「まあ、そう言うこった」
フェルストの言葉をトキヤは自分なりに解釈して返事を返す。それに対してフェルストはトキヤに軽い笑みを見せてぞんざいな感じに答えた。
トキヤはその、フェルストの好きにしろという態度にこの借りは近い内に返そうと決めた。
幸い、トキヤには「言語理解」と言うあらゆる言語を理解して完璧に使用する事が出来る特殊技能がある。これを使えば何かしら重要な知識を発掘する事が出来るだろうと言う考えがトキヤの中にあった。
因みにこの考えが的中して新たな魔術が発見されるのはもう少し後の話。
「フェルスト、ガルヴァール、バルガン、アールス、そろそろ休憩に入るが、異論はあるか?」
「ふー、やっと休憩だー」
「ない」
「私も異論はありません」
「ガキも目ぇ覚ました。丁度いいだろ」
それらの返事を聞き、馬車を走らせていた第二騎士団の団長は馬車の速度を徐々に落としていく。
この近くにはアルフィル領の騎士団や魔導士団が休憩地として使う開けた場所がある為、彼らはそこを休憩地として使うようだ。
休憩が始まれば、それぞれの自己紹介が始まった。
とはいえ、フェルストとの会話でお互いに大体の素性は理解している。だから、この自己紹介は再確認の意味が強かった。
「俺はガーベルト・ガーデンシュタイフ、ハスティレ王国の第二騎士団の団長を務めている。普段から鍛錬ばかりで脳筋と思われがちだが、頭の出来はそれなりに良いつもりだ」
「それであたしがそんな団長を支える副団長のメイナ・ガルヴァールよ。よろしくね」
最初にトキヤに話し掛けたのは獅子の鬣を彷彿とさせる濃い荒々しい金髪に氷のような冷たい色合いをした瞳が特徴の第二騎士団団の長と名乗った青年、それにその彼の補佐を務める炎のように真っ赤なポニーテールの髪と瞳が特徴的な副団長の少女だった。
彼ら第二騎士団は王国各地を巡り、その地で対処不可と判断された魔物を狩る。魔物討伐のスペシャリストが揃う騎士団で、誰かを護るという点では他の騎士団に一歩遅れをとるものの個々人の地力が最も高い騎士団だ。
そして、後のトキヤ達が最も関わることになる騎士団でもある。
「次は私ですね。私は第三騎士団団長のヴァリア・バルガン、特に特化したことはありませんが、基本的になんでも出来ます。何か困ったことがあったら、私に相談してくださいね」
「…アールス・ディノスだ。よろしく頼む」
残りの二人…ストレートの柔らかな緑髪に清流のような青い瞳の優しそうな女性と黒髪強面で筋骨隆々の偉丈夫の正反対な二人も第二騎士団の二人に続き、トキヤに向き直って自己紹介する。
第三騎士団は王国の騎士のほとんどが在籍する王国の治安維持を担う最も人数が多い騎士団で、喧嘩の仲裁から罪人の捕縛までなんでも熟す。
下部組織として兵団を各地に持っており、普段はそこに所属する兵士達と組み、見回りなどを行っている。
ハスティレ王国が魔物の出現が多い国でありながら、この世界でも有数の治安を維持できているのは、彼ら第三騎士団があってこそだ。
「俺はトキヤ・ハライ、思考速度と反射神経には自信があるから、並列作業とかが得意。よろしく」
「…お前、よくこのメンツの中で物怖じせずにいられんな。こいつら全員、俺らの国を代表する騎士様たちだぜ?」
表情一つ動かさず、でも確かな自信を込めて堂々と答えたトキヤに、世界有数の実力を持つ四人の騎士達が少し驚いた様子を見せる中、その中でも頭一つ抜けて強い魔導士の呆れた声が響いた。
…なお、彼らが自身のそれを凌駕する、トキヤのズバ抜けた思考速度と反射神経を知ることになるのは、それほど遠くない未来の話だ。
それからトキヤも交え、休憩がてらの雑談が始まった。見張りはフェルストの使い魔に任せている為、気にする必要はない。
雑談の内容は主にハスティレ王国のことだった。
ここ、ハスティレ王国は初心者向けのダンジョンから超上級者向けのダンジョンを筆頭に草原、高原、荒野、森林、砂漠、火山、雪原、海原などのさまざまな環境と言った具合に特殊環境から資源まで基本的になんでも存在する国である為、話題には事欠かない。
当然広い国である為、各地で違った食文化が味わえたり、幻想と勘違いしてしまうほど美しい絶景と出会うこともある。そんな各地を転々と移動する第二騎士団や王国全土に渡る広大なネットワークを構築している第三騎士団の話はとても面白く、たまにフェルストが溢す世界各地の絶景や特異な文化などもトキヤにとってとても興味深い話だった。
そして、話の中で全員が打ち解けた頃、そろそろ十分な休息は出来ただろうということになり、雑談は一時中断、再度馬車での移動が始まった。
目的地はハスティレ王国の首都ファスター、トキヤが期待に胸を膨らませる様子を微笑ましく思いながら、再度、御者席に着いたガーベルトは馬車を走らせた。