陰陽使いの元勇者
漆黒の鎧に身を包んだ青年は振るわれた白銀の刃を紙一重で躱して反撃の漆黒の刃を振るう
「ぐっ……」
その刃は白銀の刃を振るった白銀甲冑の男を斬り裂き男がくぐもった呻き声を漏らし息絶えた。
その男の周りには男の仲間が倒れ伏し、血の海を作っている。そんな中、青年は一人そこに立っていた。その立ち姿はとても哀しげであった
「っ………」
あの酷く哀しい夢から覚めた。
呼吸は乱れ、体は冷えて、冷や汗をかいているのが分かる。それにきっと今の俺はかなり辛そうな表情をしているだろう
「はぁ、またあの夢か。もう割り切ったつもりだったんだけどな」
俺は軽く息を吐きながら息を整える
あの夢は俺の前世の記憶だ。前世の俺は『勇者』として異世界『アスクアリム』に召喚されて世界を破滅に導こうとしていた『邪竜皇』と戦い激闘の末、勝利したんだけど『邪竜皇』から魔法でとあるものを継承されたそれは『邪者』の力と『邪竜皇』に向けられていた悪感情だ。あれは辛かった『邪者』の力は常に俺の体を支配しようとするし、世界中の人から怒り、恨みなんて悪感情をどこに行っても向けられるし、まあ、最後はあの世界の女神様がその悪感情と力の侵食を祓ってくれたし、転生させてもらえたからあの世界に恨みはないんだけどな。因みに今は俺の中にある『勇者』の力と『邪者』の力に関しては完全な状態である訳ではなく二つの力が半分ずつになって『陰陽』という一つの力として成り立っている
「そう言えば今何時だ?」
夢のせいですっかり目が覚めた俺は部屋のカーテンを開けながらそう言う。
外では朝日が顔を出し空が白み始めていた。その光景は何度見ても幻想的で荒んだ心が少し癒えた
「この感じだと五時頃か……起きるか」
布団を片付けてから、部屋を出る
そして家の中が静寂に包まれているのに気が付き母さんは今日夜勤で家にいない事を思い出した。父さんはもう出勤済みなのは覚えてたんだけどな
起きたつもりだったけど、まだ少し寝惚けていたみたいだ
「弁当は……作れるものないし、売店でなんか買うか」
冷蔵庫の中は週末なのもあってほぼ空だ。それに昨日の夕食は余り物が残るようなものでもなく、弁当を作る事は出来ず売店で買う事にした。
そうして、今何が出来るか考えるも……
「あれ、俺、何もする事なくないか」
朝食は用意してあった、大変美味しく頂きました。掃除は帰りが早い父さんの趣味の一つだ、むしろ勝手に掃除すると父さんが拗ねる。勉強は特に高得点を取ろうとしていないのでこんな時間にするほどでもない、もう一度、寝ようにも時間的に微妙だ。それにゲームは故障して修理に出しているし、携帯も充電し忘れていて今は充電中で使えない、小説なんかは基本、電子書籍なので読むものもない
「筋トレでもするか」
筋トレは前世からの習慣みたいなものだ、転移後はこれに素振りと魔力制御、あとは『勇者』の力の制御があったんだよな。
そんな事を考えながら、筋トレをしているとあっという間に時間は過ぎて行った
筋トレの後シャワーを浴びて学校に向かっていた。
俺と登校ルートが同じなのは三人しか居ない、その三人は今、丁度俺の後方10メートル程に来たので紹介しよう。まず一人目は神凪 暁人、容姿端麗、成績優秀、文武両道を地で行く天才にして誰もが認めるお人好し、みんなからは親しみを込めて『勇者』なんて言われている。え、元勇者の俺か?『覇王』って呼ばれてるよ、なんでだろうな。ま、こんな事は置いておいて次は葉坂 詩恩、クラスのマドンナな的存在で整った容姿をしている、顔立ちは優しげで実際、その性格も優しいので『勇者』の近くにいることも併せて『聖女』なんて呼ばれている。そして最後に我がクラスのムードメイカーこと坂月 玲緒奈、運動神経抜群で活発な印象の美少女、長い黒髪をポニーテールにしている。ついでに言うと中身は前世の俺の親友、まあ、向こうは気が付いてないけど。因みに今、俺の所に走って来てる奴でもある
そして俺はいつもの様に後ろから跳び込んで来た玲緒奈をサラリっと躱す
「おはよー!、刹那ーー!、ぐふっ」
玲緒奈はそのまま地面に突っ込み女性としてどうかと思う声を上げた。
そうそう、今更だけど俺の名前は時崎 刹那だ。容姿は我ながら整っていると思う。特に前世の普通より少しマシくらいの自分の容姿と比べると今の自分がいかに容姿に恵まれているかがよく分かる
「おはよう、玲緒奈。今日も朝からいい跳び込みっぷりだな」
「むぅー、刹那が躱さなければこんなことにはならないよ」
頬を膨らませて不服そうな呻き声を上げた玲緒奈が少し赤くなった額を抑えながらそう言った。
こいつは相変わらず頑丈だよな。あの速度で地面に突っ込んでちょっと赤くなるだけとか一体どうなってんだか。俺は人の事、言えないような気するけどな
「いやだって、玲緒奈。体は貧相だけどかなり可愛いんだから抱き着かれたら恥ずかしいだろ」
「可愛いは素直に嬉しいけど、でも、でも貧相言うなっ!」
しおらしい態度取ったと思ったら急に飛んでくる上段蹴りと怒声。
騙し討ちかよっ。と、思考を過ぎりながら元勇者でもかなり鋭いと感じる上段蹴りを上体をそらして避ける。
避ける際に視界に写った白い物は不可抗力だと思う
「危なっ!、ってお前流石にその速さはまずいだろ」
「だって、刹那、攻撃当たらないじゃん」
「そりゃあ、玲緒奈の蹴り当たったら絶対痛いだろうが」
「はいはい、二人ともそろそろ痴話喧嘩辞めなさい」
「まだ、痴話喧嘩じゃない!」「痴話喧嘩じゃないよ!」
「はは、相変わらず君達は仲が良いね。それに刹那がまだって言ってるって事は将来的には痴話喧嘩になるんだね」
あ、しまった。と、今更ながらに思うも後から追いついた暁人と詩音に洗いざらい吐かされるのだった。
え、前世とは言え親友に恋するのはどうかと思う、って。いや、俺の親友が男だなんて一度も言ってないだろ
そして、玲緒奈に飛び火したりと色々ありながら追求が終わったころには俺も玲緒奈も顔を真っ赤にしてへたり込んでいたのだった。
玲緒奈と付き合えるようになったのは嬉しいけど、あの二人の前で告白までする必要あったかっ!
そんな折にそれは起きた。
突如、何かが割れるような音が周囲に響き渡り、地面が捻れ渦巻きながら吸い込まれていく
「な、なんですか、これ」
「なんだい、これは」
「「あー、またか……え?」」
そして、内に黒い渦を巻いた大穴が開き、困惑した声が二つ、達観したかのような声が二つ響き吸い込まれていった。
あの大穴は異世界と繋がる門のようなもの、つまりまた異世界に召喚された訳だ
黒い渦に吸い込まれたあと流されるような引っ張られるような感覚を覚えながら俺達は何処かに向かっていた。
まあ、経験則から言えば才能解放の為に女神様の空間に向かっているんだと思う。才能解放とは本来の才を引き出して常人とは一線を画す才能を開花させるものだ。因みに『勇者』の力とは体に『勇気の聖痕』が刻まれている者がこの際に発現させる力の総称だ。それとこれとは別に『慈愛の聖痕』という『聖女』の力を発現させるものもある
そんな事を考えていると、突然、プチッと何かが千切れるようなイメージが脳裏を過ぎる、そしてそれと同時に体が重力に従って落下するような感覚を覚え、若干朦朧としていた意識が急激に浮かび上がってきた
「…………は?」
次の瞬間、夜空のような景色を写していた視界が一気に変化していき、晴天の青空が広がった
「……これもしかして、落下して無いか?」
そう呟き、眼下を見下ろすとまだ遠いが猛烈な勢いで近付いている雲海が見えた。
このまま、落下すれば10分もしない内にあの雲海に突っ込むだろうな。と、思いながら周囲を見回そうとすると、
「やっほーー!」
上からとても聞き覚えのある歓喜を含んだ絶叫が聞こえてきた。
……気配を捉えてても実際に声が聞こえると安心するな。というかこの高度を楽しんでる時点で玲緒奈も普通じゃないよな。転移寸前の言葉を加味すれば異世界転移か転生の経験者だろうな
「ガフッ」
「あれ、刹那が避けないなんてめずらしいね」
そんな事を考えていると、上から降ってきた玲緒奈が背中に思いっきりぶつかった。
これで体勢を崩さなかった自分を素直に褒めやりたい
「ちょっと考え事してたからな。ってそうじゃなくて、今のは流石に危ないだろ……多分」
「多分なんだ、でも、私からしたらこのくらいなら問題無いけど刹那は?」
「俺もこのくらいなら問題ないな。前に成層圏から落下したけど無事だったからな」
「なにやってんの」
玲緒奈から呆れたような声が聞こえてくる。
確かあれは今世の身体性能を確かめる為にやったんだよな。その結果、身体性能は勇者時代と大して変わらない事が分かった。まあ、今世では『限界』の概念が肉体から薄くなってるのか分からないけど身体能力は見境無く上がっていくし、体力の底は見えて来ないから、今では勇者時代より強くなっているだろうな。その代わり体格の成長が15歳時点で完全に止まったけど
「はは、ちょっと自分の限界を知りたくて」
「そういう事かぁ、私は模造刀で空間が切れちゃってそこから限界を調べるの辞めちゃったからなぁ」
やっぱり、空間って切れるものだよな。過去の友人の前でやったら頭おかしいって言いながら頭を抱えてたけどそんな事もなかったぞ
「まあ、結局分からなかったんだけどな。っと、そう言えばあの二人は何処に?」
「あ、そういえば何処にもいないね。そもそも召喚の時ってこんな事になったっけ?」
〈その事はわたしが説明しましょう。玲緒奈さん、刹那さん〉
そんな話を玲緒奈と話していると幼いが神々しい気配を感じる少女の声が聞こえてきた。
恐らくこの世界の女神様だと思う。それと俺達の名前を知ってるのは、俺に才能解放を施した女神様曰く全ての神は『全にして一、一にしての全』の存在らしく全ての神の根本は同じだし、記憶なども共有しているらしいからだろう
〈実はわたしの空間、正確に言いますと解放の間には一度儀式を行ったものは入る事が出来ません。ですので御二方は解放の間に入る前に弾き出されて今の様な状態になってしまった訳です。それと今、解放の間にいる御二人は説明後地上に送り届けますので御安心下さいませ。それと『勇者』をこの世界に召喚したのはエステアス教国です。ちょっと国家として心配になるくらい良い国ですので気が向いたら訪れてみてはいかがでしょうか〉
それだけ言うと、直ぐに神々しい気配は消え去った。
地上にアクセスするのも大変らしいからこれだけ説明されただけでも十分か。
暁人達はエステアス教国という場所に居るのか、悪い国じゃないらしいし、暁人達ならしばらくほっといても大丈夫そうだな。……そう言えばその国は宗教国家だとは思うけど一体なにを信仰しているんだろうか?
「地上に着いたらどうする?、異世界巡りでもする。詩音達はしばらくほっといても大丈夫だと思うけど」
玲緒奈も同じ結論に至ったらしくそう言ってきた。
しかし、異世界巡りか。前の世界じゃそんな事する暇無かったしな
「よし、それじゃ、地上に着いたらそうするか!」
「やった。前の世界じゃそんな暇無かったんだよね」
やっぱり、召喚されるとそんな暇ないんだな。
そう言えば、これって
「…新婚旅行みたいだな」
「…そ、そうだね」
そう言って、玲緒奈の方を見ると真っ赤な林檎みたいに赤くなっている玲緒奈がいた。
あの、そういう反応されると俺も恥ずかしくなってくるんですけど。そう思うも言える筈が無く俺も一緒になって赤くなっていたのだった