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短編コメディ

新テロ組織『マニフェストを守らせ隊』

作者: NOMAR


 国会議員、金暮(かねくれ)(たけし)の朝は一杯のコーヒーから始まる。

 椅子に座り新聞に目を通しながら、秘書の持ってきたコーヒーを口に含む。新聞を読みながら金暮議員は呟く。


「消費税の増税は、大きな混乱も無く、か」

「そうでしょうか? 増税に反対の声は多いようですが?」


 秘書の男の言葉に、金暮議員はチラリと男の顔を見る。


「多いのは声だけだろう? 増税の為に生活が困窮し、本気で増税に反対するなら、暴動や反乱が起きるものだ。それが無いということは国民にまだまだ税金を払う余裕がある、ということだ」

「はあ」

「年金、医療、介護、災害復興、まだまだ金が足りん。この国を維持するためには消費税を段階的に上げて、30%まで上げねばならん。ワシの秘書ならそのくらい解っておけ」

「まー、そういうことをサラリと言えるあんただから、遠慮はいらねーよな」

「なに?」


 突然に無礼な口のききかたをした秘書を金暮議員は睨む。怒鳴りつけてやろうと椅子から立とうとするが、めまいがして足に力が入らない。


「な、にゃに……?」

「そのコーヒーに眠り薬を入れさせてもらったぜ」


 ニヤニヤ笑う秘書の顔を見ながら、金暮議員の意識は遠ざかる。


◇◇◇◇◇


 金暮議員が次に目覚めたとき、彼はベッドの上で身体を縛られ身動きできないことに喚き出す。


「これはなんだ? 誘拐か? 何の目的だ? どうしてワシは裸なんだ? おい! これをほどけ!」

「寝起きから元気だねー」


 照明は明るくまるで病院の一室のようなところ。六人の人物がベッドの上で身動きできない金暮議員を見下ろす。金暮議員は服を脱がされ何も着ていないまま、仰向けに寝転がり動くこともできない。

 周りを囲む六人全員が手術着のような格好をし、顔をマスクで隠して目しか見えない。

 金暮議員は自分を囲んで見下ろす不気味な六人に、唾を飛ばして喚く。


「なんだ貴様らは!? ワシを拐ってどうするつもりだ!」

「我々はこの国の現状を憂い、改革の為に立ち上がった勇志『マニフェストを守らせ隊』だ」

「な、なに? 貴様らが、あのテロ組織の?」


 テロ組織『マニフェストを守らせ隊』金暮議員の顔が青ざめる。

 『マニフェストを守らせ隊』とは、日本に突然と現れた新しいテロ組織。ひとつの事件をきっかけに、この組織は日本で知られるようになった。

 その事件とは大学教授の誘拐。行方不明となったその大学教授が次に姿を現したのは、インターネットの動画投稿サイトだった。


『この大学教授は公開討論会において、プルトニウムは飲んでも大丈夫と発言した。我々は彼に、自分が言ったことを実証してもらう為に誘拐した』


 放射線防護服を着た人物が言うこのセリフから始まった動画が、日本中を震撼させた。

 行方不明だった大学教授は椅子に縛られ、口を開けたまま固定するSMチックな口枷を嵌められている。

 防護服を着た人物二人が、嫌がりもがく大学教授を抑え、ビーカーの液体を大学教授の口に注ぎ、強引に飲ませる。涙を溢して嫌がる高齢の大学教授。


『この大学教授はこれで解放する。プルトニウムを飲んでも大丈夫なのかどうか、彼の身体で確かめて欲しい』


 この動画自体はもとのサイトからは消されたものの、コピーされたものはインターネットのあちこちに拡散されていた。

 廃屋で発見された大学教授は重度の被爆。隔離された研究施設で今も治療中。

 『マニフェストを守らせ隊』は、著名人、政治関係者の失言、発言を取り上げては強引に行わせる、という異常な行為を繰り返す反社会的組織として注目される。


『我々の目的は東京都に原子力発電所を作ることだ。原発が絶対安全だと言うなら、電力消費の多い地域の近くに発電所がある方が節電になる。送電線が短くなるほどに電力ロスは少なくなるからだ。できれば永田町に原子力発電所を建設したい』


 金暮議員は新聞にあった『マニフェストを守らせ隊』の犯行声明を思い出す。


「この、テロリストどもが、暴力でこの国を傾けるつもりか?」

「あれー? 政策に不満があれば、暴動かテロで反対しないと本気じゃない、とか言ってなかったー? 声だけで反対反対言ってるうちは、まだまだ増税してもいいとか、言ってたじゃん」

「ワシは一貫として、国の為に消費税増税は必要だと言っておる! マニフェストを守らせるなら、ワシは言ったこととやってることはズレてはいない!」

「そこは気合い入ってんのな。この状況、素っ裸で身動きもできないのによく喋るのな」


 軽口を叩く手術着の男を、別の手術着の人物が片手を上げて黙らせる。


「金暮議員、我々はテロ組織では無い」

「何を言う、暴力で人を脅かし政策に文句をつける者はテロリストだ」

「何をもってテロリストとするかの定義が、我々とは違うようだ。我々がしているのは反乱でまだ道の途中だ」

「はあ?」

「反乱は成功すれば革命であり、失敗すればテロだ。我々は未だ反逆の途上。我々の行いが正義の志に基づく革命か、世を逆恨みして混乱させたテロリストか、それは百年後、歴史を見たこの国の者が判断することだ」


 続けて別の手術着の男が口を出す。


「俺達をテロリストにしたかったら、俺達全員を潰して吊し上げてから言えってことだよ。一人でも生き残り活動を続けられるなら、まだ革命の為の戦いは終わって無いから、テロリストとは言えねーだろ」

「バカバカしい言い逃れを、政治に不満があれば立候補して議員になってお前が政策を提案しろ」

「それはそれで魅力的な提案だ。さて、我々が金暮議員を誘拐したのは、消費税増税とは別件なのだが」


 手術着の男が促すと、別の手術着の人物が雑誌を取り出す。その手術着の人物は女の声で言う。


「とある結婚式披露宴で金暮議員は、『母親が、子供を産んで国家に貢献してくれればよい』と、出産を国家と結びつける発言をしています。子供が欲しくとも身体の問題、経済的な問題など、そこで苦しんでいる母親の苦悩も知らずに」

「それなら少子化の問題はどうなる? 子供を生まずに歳を取ったら税金で面倒をみてもらおう、というのが問題だろうが」

「そうやって少子化の問題の本質から目を背けて、高齢者の票集めに若い女は子供を産め発言をするなんて。あなたの所属する党の議員達が頭がおかしくないですか? 他にも、女は子供を産む機械だとか言って、この国では頭がおかしい性差別者でないと与党の国会議員になれないようですね!」


 声の高くなる手術着の女を、別の男が肩を叩いて止める。


「金暮議員には自分の発言を守ってもらう。そのために誘拐してここに連れて来た」

「ワシの発言?」

「医学は進歩している。現代の最新医療は人工子宮埋め込み手術により、男性でも妊娠、出産は可能な時代となったのだ」

「え? それって」


 金暮議員の顔が凍り付く。


「金暮議員が少子化を憂い、この国の未来を心から心配している政治家であるなら、自分の発言通り、金暮議員が母親となって子供を産んでもらいたい」

「俺らのメンバーにはスゴ腕の無免許医師もいるから、安心しなって」

「母親となって子供を産み、是非とも立派に育て上げて欲しいですね」

「子供を産まずに歳を取ったら税金で面倒をみてもらう、というのが問題。なるほど。となれば、男女問わず妊娠出産すれば問題は無い、ということらしい」

「あー、それなら国会議員の男を一人残らず妊娠させなきゃいけないなー。忙しくなりそうだ」

「ええそうですね。国政を担う者から国民のお手本になってもらわなければ」

「受精卵は金暮議員の精子と金暮議員の娘さんの卵子を使う。金暮議員の産む子は自分の子にして自分の娘の子、つまり孫ともなる」

「すげーな、自分の孫を産むなんてなかなかできる体験じゃねーぜ、おじーちゃん」


 周りでにこやかに交わされる会話に、金暮議員の額から冷や汗が溢れる。


「わ、ワシは男だぞ? なんの冗談だ?」

「なんの冗談でも無く我々は本気だ。最新医学で男でも子供を産むことはできるのだ。では、この国の少子化対策の為に、これより金暮議員の人工子宮埋め込み手術を始める」

「やめろおおおおお!」

「麻酔を」


◇◇◇◇◇


 五ヶ月後、金暮議員は解放された。頬はやや、こけてはいるが、もとから少しふくよかだった腹は誘拐前より膨らんでいる。


『この国の少子高齢化を憂うあまりに、金暮議員が口にしたことを我々『マニフェストを守らせ隊』が協力させてもらった。金暮議員は現在、妊娠四ヶ月。妊娠してから12週以上経過しており、日本の法律ではこの胎児は人として扱われるだろう。人工中絶を選択した際は手厚く葬式をしてもらいたい。もっとも我々の希望としては、金暮議員に元気な子供を産んでもらいたい』


 テロ組織『マニフェストを守らせ隊』の犯行声明が日本を揺るがす。

 救出された金暮議員に全国民が注目した。金暮議員は病院の個室で治療を受け、マスコミはシャットアウト。

 男性でありながら妊娠した為に、体調を妊婦として調整する必要があり、点滴で女性ホルモンを受けながら金暮議員は病室でベッドに横になる。少し疲れた顔でテレビを見る。リモコンでチャンネルを変えながら。


『日本はテロリストには屈しない! 金暮議員には堕胎してもらおう!』

『しかし、中期中絶は母体への影響も大きく、金暮議員の命も危うくなります』

『これで金暮議員が出産したとしても、テロリストに屈したことにはならないでしょう』

『胎児でも子供の人権は守られるべきでは?』

『これ、金暮議員はいつ記者会見するんですか? 本人は産むつもりなんですか?』

『五ヶ月に及ぶ監禁で、金暮議員がテロリストに洗脳されているかもしれませんな』

『病院で療養中ということで、退院が待ち遠しいですね』

『現在、金暮議員と同じ党の議員が三人、行方不明になっています。この三人の議員は金暮議員と同様に、過去に女性の出産への失言があり、テロ組織『マニフェストを守らせ隊』に誘拐された可能性があります』

『この三人も金暮議員のように、人工子宮を埋め込まれ、妊娠した状態で解放されるかもしれないと?』

『いきなり誘拐されて、手術されて、強制的に妊娠させられるというのは恐ろしいですね』

『ですが、自業自得とも言えるのでは?』

『その言い方だと、あなたはテロリストを擁護するのですか?』

『未だにテロ組織『マニフェストを守らせ隊』の足取りは掴めないようです』

『続いて天気予報です』


「まったく、どいつもこいつも好き勝手言いおって……」


 金暮議員はぼんやりと呟きながら、大きくなったお腹を撫でる。


「ワシのこの腹に、ワシの子が……」


 ベッドの脇、椅子に座る金暮議員の娘が、リンゴの皮を剥く。


「はい、父さん」

「うむ、で、美樹(ミキ)、お前の卵子というのは」

「うん、万が一の為にって卵子バンクに預けていたのが、盗まれてたって。その私の卵子がテロリストに盗まれて、今、父さんのお腹の中に……」

「どうやら、ワシとお前の子供らしい」

「ここに、私と父さんの子供がいるなんて。なんだか……」


 金暮議員の娘、美樹は父の大きくなったお腹をじっと見る。


「なんか、キモイ」

「キモイとか言うな! お前の子供だぞ? 認知しろ!」


 金暮議員の叫び声が病室を震わせた。


◇◇◇◇◇


「ぬがああああ!」


 病院の中で金暮猛(かねくれたけし)は痛みに苦しんでいた。


(知らなかったー! 出産がこんなに苦しいとはー! わ、ワシの妻はこれに耐えて娘を産んだのかー!?)


「はい! おかーさ、じゃなくて、おとーさん? がんばって。ひっひっふー、ですよ、ひっひっふー」

「ひいい、ひいい、ぶふうううう」


 金暮猛は出産の為に国会議員を辞職し、万全の体勢で出産に挑んだ。人工子宮を手術で切り取ることも考えたが、胎児が育ち過ぎており母体への影響が大きいこと。また、テロリストの仕業であっても受精卵が分裂して12週以上経過し、胎児は人として扱われるべきである、という意見も世論に多く、金暮猛は中絶を諦め、産むことにした。


(なんで男のワシがこんな目にー! ぬおお、痛い、苦しい、女は子供を産めとか言った昔のワシ! 反省しろー!)


 混乱する思考の中で過去の失言を悔やみつつ、金暮猛は病院で、ひっひっふー、ひっひっふー、とラマーズ呼吸法を繰り返す。

 やがて、


「ほぎゃああああああ!」

「はい! おかーさ、じゃなくて、おとーさん? 産まれましたよ。元気な女の子ですよー」


 金暮猛は一人の女の子を出産した。


「わ、ワシの、子?」

「ほぎゃあ! ほぎゃあああ!」


 体力、精神力、共に絞りきり、げっそりと疲弊した金暮猛の胸に、産まれたばかりの赤子がそっと乗せられる。

 金暮猛には妻もいる。娘もいる。家族関係は悪くは無く、金暮猛は妻と娘には甘いところもある夫でもあり、父でもある。

 だが、自分のお腹を痛めて産んだのは、この女の子が初めてだった。


(たとえ、テロリストの目論みであったとしても、それは産まれたこの子には関係が無い。ワシの子? ワシがこの腹を痛めて産んだ、ワシの子……)


 大きな産声を上げて泣く赤子は、金暮猛の目には光輝く天使のように見えた。出産という大仕事を終え、披露と虚脱にある金暮猛の瞳に光が灯る。


(ワシが、ワシが立派に育ててやる。テロリストになど負けるものか。この子は、ワシの子だ)


 金暮猛の心に突如、母性が覚醒した。


◇◇◇◇◇


 一年後、


『金暮さん、選挙に出馬するんですか?』

『はい』

『その後、身体の調子はどうですか?』

『すっかり元気ですよ。娘の美香(ミカ)も一歳になり、とても元気です』

『金暮さんが誘拐されている間に、テロリストに洗脳されていた、という話もありますが』

『精神鑑定は受けました。それに私がこうして政治家として復帰することが、日本はテロリストなどには屈しないと、私の身で証明することができます。また、男でありながら妊娠、出産の経験を持つ私だからこそ、これからの少子化対策、育児に関わる政策を、これまでとは異なる視点から解決できるのではないかと』


 金暮猛は産まれた子を美香(ミカ)と名付け、家族に助けられながら育ててきた。マスコミが注目する中、妻と娘と共に新しく産まれた娘の育児に専念した。


「父さん、私が産まれたときも美香みたく世話してたの?」

「いや、その、母さんに任せっぱなしだった。こんなにたいへんな事だとは、妻のお前には苦労をさせた」

「あなたがお仕事がんばれるように、私は私の務めをしていただけよ」

「出産があんなに苦しいとは、なあ」

「あなたが子供を産むことになるなんて、まるで予想してなかったわね」

「……父さんが出産の苦労をしみじみ語ることになるとは思わなかったわ。ところで、美香って父さんの産んだ子だけど、卵子は私のでしょ? 美香は私の妹になるの? それとも娘?」


 金暮猛は、これまで体験したことの無い新しい家族の形に戸惑いながらも、産まれた娘を家族と共に育てた。


(この美香が、安心して平和に暮らせる日本にしなければ)


 娘の美香が一歳となった日、金暮猛は政治家として復帰することを決意する。金暮猛に目覚めた母性が、娘の為に日本を改革せんと精力的に政治活動を行うようになる。


 選挙演説、テレビでの討論、マスコミに出た金暮猛は以前とは変わっていた。


『そういうのは、妊娠の辛さ、出産の苦しみ、育児のたいへんさを知ってから言ってもらいたいですね』

『いや、それは』

『テロリストのせいではありますが、私を含めて党の議員が男でも四人、出産しています。男だからと子供を産めない時代では無いのですよ』


 堂々と語る金暮猛には奇妙なカリスマが宿っていた。それは父親の威厳と母親の逞しさが同居する、父性と母性を同時に感じさせるものであった。

 また、男でありながら妊娠出産を体験した金暮猛は、LGBT、同性婚推進者、フェミニストといった人達の支持を集めた。

 テロリストに誘拐されて人工子宮を埋められたという悲劇。しかし、その悲劇をものともせず、産まれた娘を大切に我が子として育てる。その不屈の精神、子を愛する親の姿に日本中は感動した。

 金暮猛は再び当選し、国会議員として活躍する。先の見えない不安な世情の中、不思議な頼り甲斐を見せる金暮猛に若者を中心に支持者が増えていく。

 そして金暮猛を支持しない者は、時代遅れの性差別者と呼ばれ肩身を狭くする。

 金暮猛は働く親、シングルマザー含めて親の生活支援、また、育児の分野で積極的に活動を続ける。


『人工子宮埋め込み手術を健康保険適用に』


 国会議員となった金暮猛の提案する政策に、国会はどよめいた。


「男性でも、自分の子を産みたいという人はいます。古い考え方に染まった人は、同性婚を生産的では無いなどとバカバカしいことを言いますが。人工子宮埋め込み手術が広く一般化することで、男女の垣根は無くなります。男性でも妊娠出産が可能となれば、少子化の問題も少しは解決していき、これまで性的マイノリティと差別されてきた人達が、活躍できる社会へとなるでしょう」


 年配の層からは猛反対された金暮議員の提案。しかし、若い世代からは賛成の声が多かった。

 インターネットによる国民投票で、人工子宮埋め込み手術の健康保険適用は、賛成多数で可決された。後日、インターネットを使えず投票の仕方が理解できなかった高齢者から苦情は出たが、国民投票で可決された法案は覆らなかった。

 ついに日本で人工子宮埋め込み手術が一般化された。これにより健康保険加入者は安価に人工子宮埋め込み手術が可能となった。

 同時に同性婚の法整備も進むことになる。

 日本は男性が妊娠出産するのもアリという国へと変化していく。


◇◇◇◇◇


「これ、どうする?」

「どうする? と、言われましても……」


 金暮議員の所属する政党、自助党の議員達は頭を抱えていた。


「金暮議員の人気が上がり、自助党は与党として安泰ではあるが……」


 金暮議員の支持者は増え世論も変わりつつあった。また、自助党には金暮議員に遅れて『マニフェストを守らせ隊』に誘拐された議員(男)が三人いる。その三人(男)もまた子供を出産。金暮議員のように、『自分がお腹を痛めて産んだ子を大切に育てています』と、アピールし国民の支持を得ている。


「それをまさか、民養党が真似するなど」


 最大野党である民養党、その議員が自ら、


『少子化対策を本気で考え、自ら少子化対策に貢献すべく、人工子宮埋め込み手術を決意しました』


 と、発表した。自助党の議員(男)がテロリストに強引に妊娠させられたのに比べて、民養党議員(男)は自主的に妊娠出産するという。


「マスコミも国民も、民養党に注目しています」

「どうして日本はこんなに狂ってしまった?」

「ですが、このままでは、今でさえ金暮議員の人気にあやかっているようなものですから」


 男でありながら妊娠出産し、しっかりと子育てをしながら国会議員としても精力的に勤める金暮議員。

 それに比べて他の議員(男)は、と言われるのが今の世論。

 男であっても自ら子供を産み、少子化対策に自ら身体を張った金暮議員の支持が上がる程に、男であっても、いい歳をして子供を産まずにいる。それで口だけで少子化対策と言う、そんな奴は男として半人前だ、という風潮になりつつあった。


「こうなっては、仕方無い」

「仕方無い、とは?」

「私も人工子宮埋め込み手術をする。奴らと同じ土俵に立ち、票を集めるにはこれしか無い」

「そ、そんな?」

「国民の支持を得ねば議員としてやっていけん。君らも覚悟を決めたらどうだ?」


 ついに自助党からも、自ら人工子宮埋め込み手術を受ける者が現れた。選挙でも人工子宮埋め込み手術を受け、出産を経験した男が日本の未来を本気で考えていると、票が集まるようになっていた。

 国会から男の育児休暇、子育てをしながら働ける環境を本気で考える国へと、日本は大きく変化していく。


◇◇◇◇◇


「これ、どうする?」

「どうする? と、言われても……」


 とある大企業の会議室。役員達は頭を抱えていた。日本で人工子宮埋め込み手術が一般化してから起きた問題に、ここだけでは無く日本中の企業は頭を悩ませていた。


「少子高齢化で慢性的な人手不足だというのに」

「今の新人は、今の就職活動は、いったいどうなっている?」

「どうして日本はこんなに狂ってしまった?」


 人材不足に悩まされる日本の企業。若手が就職先を選ぶ要因のひとつに、企業の上役(男)が人工子宮埋め込み手術から妊娠出産しているかどうかを注目するようになった。


「あの〇〇社の社長がイカれているからこんなことに」

「いえ、あの社長がこの事態を見越していたなら、先見の明があったのでは?」


 とある有名企業の社長が人工子宮埋め込み手術から妊娠したことが発表された。以来、その企業では子育てをしながら働ける環境がしっかりしている、と評判となった。


『我が社で働く従業員の気持ちを知り、これからの働き方改革を本気で考える為にも、自ら体験したことを我が社で生かしたい』


 その社長の言葉どおり、その企業では従業員の環境を第一に考え、働きやすさ、効率の良さ、何より日本の未来を考えた、子供達を育てながらでも働ける環境作りに力を入れた。


 これが広まり、その企業で働きたいという者が集まり、そんな企業を待っていた、という声が上がる。そこから会社の社長(男)及び役員(男)が、出産経験があるかどうかが、就職先の会社選びに重要な要因のひとつになった。

 国会議員(男)が次々と人工子宮埋め込み手術から妊娠出産する現代。企業もまた、企業で働く従業員のこと、日本の未来のことを本気で考える企業の上層部(男)は、人工子宮埋め込み手術から妊娠出産するべきだ、という風潮になっていた。


「人材不足をどうにかするには、働き方改革か」

「今では給料の高さよりも、継続して働ける環境かどうかが、会社選びに重要だとも」

「それをアピールする為には、役員自らが妊娠出産し、育児休暇に育児をしながら働ける職場を、自ら手本と見せねばならないとは」

「今では、社長も部長も誰も出産してない会社は、ダメなとこ呼ばわりですから」

「社長が男でも、出産経験の無い男が経営するところは時代遅れの先が無いところ、などと言う者もいます」

「ならば仕方無い。私も人工子宮埋め込み手術をする」

「社長?」

「君達も覚悟を決めた方がいいぞ。この会社が無くなって困るのは君達だろう?」


 ついに国会議員(男)以外にも企業の役員(男)が上から妊娠出産する時代となった。日本で男性の妊娠出産が一般化し、中には結婚しなくても子供は作りたい、という男性も現れた。


 国会議員、金暮猛が二人目の子供を産み総理大臣となる頃には、日本は男性の出産によるベビーブームが到来した。

 総理大臣、金暮猛は育児、子供の教育に力を入れる。

 国の援助を受けずに保育園を経営するアニメ監督、自分の経営する保育園の子供達に、自然の大切さを自ら教える解剖学者を表彰するなど行うことで、育児に関わる分野に世間が注目するようになる。

 同性婚が合法となり、同性同士での結婚が増える。また最新医学から、二つの精子と無胚卵子による人工受精、無胚卵子と通常の卵子への電極刺激による分裂など、人工受精の研究も進んだ。これにより、同性同士であっても自分の遺伝子を受け継ぐ子供の出産が可能となった。


「男性による出産数が、女性による出産数に近づき、日本は世界で最も男女平等な国となりました。今では少子化に悩む先進国も日本の研究を取り入れるようになってきました。大きな変化に反対する方もいますが、日本はこれからの時代の新しい在り方の先頭に立つ国です。未来の子供達の為に、平和な国を、科学の力で変わるところはあっても、人の尊厳を大切にできる国を、私たち皆の手で作っていこうではありませんか」


 総理大臣、金暮猛は日本の総理大臣としては異例の支持率を集めた。


 謎のテロリスト組織『マニフェストを守らせ隊』

 彼らの真の目的はなんだったのか。本当の狙いはなんだったのか。彼らの活動の真意は不明のまま。

 しかし、テロ組織『マニフェストを守らせ隊』の事件を切っ掛けに、日本は少子高齢化、人口減少の問題を解決し、新無差別生殖型社会を作りあげた。

 性差別は無くなり、同性でも結婚ができ、男も女も妊娠出産できる、これまでにない社会が誕生した。


「おとーさん」

「なんだい? みーちゃん?」

「あたしは、おとーさんが産んだ子、なんだよね?」

「そうだよ、みーちゃんはおとーさんがお腹を痛めて産んだ子なんだよ」

「まなちゃんはね、おかーさんが産んだんだって」

「そう、まなちゃんはおかあさんから産まれたんだね」

「どうして、うちはおとーさんが産んだの?」

「うーん、他の生き物はね、だいたい女が子供を産むんだけど、人間だけは、男でも女でも子供を産めるんだよ」

「そーなの?」

「そうなんだよ」


 常識とはひとつの共同体の中で通じる共同幻想である。時代と共に常識は変わる。

 過去の常識は現代の非常識へ。

 現代の常識は未来の非常識へと。

 人の集団が作り出すものでありながら、人はその常識に流される。

 時代の大波が流れる度に常識は色を変えていく。人はそれを、パラダイム・シフト、イノベーションなどと呼ぶ。


 テロ組織『マニフェストを守らせ隊』が起こした事件は、世界でも類を見ない人類初の『妊娠テロ』と呼ばれた。

 また、この『妊娠テロ』は他のテロ事件と違い、人口減少、少子高齢化を解決し、性差別を減少させたものとして、珍しく社会の為になった稀有なテロの例として、歴史に残ることになる。


 西暦20XX年、日本は人工子宮埋め込み手術から、男が妊娠出産することもおかしく無い国となった。

 それは、社会的、経済的に成功した人物(男)が、社会的、経済的に成功した人物(男)だからこそ、人工子宮埋め込み手術から妊娠出産をしていなければ、国民としての義務を果たしていないと白い目で見られるという、新たな常識が蔓延した国となった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] (・∀・)ウン!! 男も出産できる社会の方がいい気がします! [一言] >電力消費の多い地域の近くに発電所がある方が節電になる。送電線が短くなるほどに電力ロスは少なくなるからだ。できれば永…
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