鼓動。
大きな窓から、図書館に夕日が差し込んでいる。
彼は、本を片手にイスに座り、灰色ががった瞳で本の文字を追っている。
初めて彼を見た時に思ったことは、「本が似合う綺麗な人だなあ」だった。
好きとかそういう感情はなく、まるで美術品をみるような目で私は彼を見た。彼は美しかった。その佇まいも、すべてを飲み込みそうな、雰囲気も。彼は人を惹きつける魅力がある。長いまつげも、黒縁の眼鏡も、すらっとした長い指も、そのすべてが神秘的だった。彼がいる図書館が、彼のためにあるのではないかと思うほど、彼は図書館や本が似合っていた。そこに夕日の雄大さが加われば、より一層輝きを増す。
彼が図書館で本を読んでいる姿を目にしたということ、それだけで私は、一枚の美しい絵画をみたような気分になった。
彼を見ている時だけ、世界の時間が止まる。
彼を見ている時だけ、世界から音が消える。
彼を見ている時だけ、私は世界のすべてを忘れられる。
初めて彼を見て以来、図書館を訪れるたびにその姿を探すようになった。
私が図書館に行くと、高い確率で彼はそこにいた。
私は彼に出会うまで、勉強の目的で図書館に行っていたのだが、いつのまにか、彼を見るために図書館に行くようになっていた。そして、その回数も次第に増えていった。
彼を見ると、なぜだか、胸騒ぎがする。それは恋とか、そういう類のものではない。ただ、彼がこの世界のすべてのように見えて、彼が世界の真実のように思えて、彼を見るたび、私は私という存在の小ささや儚さを実感させられることになるのだ。
彼が私を吸い込んでいきそうな感じがする。彼が私をバラバラに分解してしまいそうな気がする。
彼は、ただそこに座っているだけなのに。
私は苦しいような、それでももっと見ていたいような、よくわからない思いを彼に抱いている。
よくわからないが、彼が私を惹きつけていることは、わかる。
すべて謎に包まれた彼の存在を証明するのは、私のこの高鳴る鼓動だけだ。
それだけだ。