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豊穣祭3日目、今日は赤石の街に足を運ぶ予定にしている。豊穣祭の間は服飾の街と仮に呼ばれている場所だ。
「昨日行った黄石の街は飲食関係ばっかりだったからなぁ」
昨日は黄石の街に赴き、当初の予定通り、本当に見て回って過ごした。
飲食を売りにした露店や、野菜や魚や肉といった調理前の新鮮な食品、またいろいろな調味料など、主に食に関する露店で構成された街だった。
サフィランダ王国の郷土料理や他国の食べ物、見たことない食材など、異世界にやってきた私には物珍しいものばかりで楽しめたものの……生ものってお土産に向かないしなぁ……。
食べ歩きという手もあったけれど、そこまで食が太いわけでないから、あまり量は食べれないのが辛いところなのよね。
まぁ、それなりに楽しんだのだけど。
さて、今向かっているのは、祭り期間中は服飾の街と呼ばれる場所である。もちろん、立ち並ぶ露店は服飾に関するものが大半を占める。
「何か珍しいものでも見つかるかしらね」
がたがたと街中を移動する馬車に揺られながら、緑色の景色が、黄色から赤色に変わる様を眺めていた。
宿をとっている緑石の街から赤石の街まで向かうのに、徒歩だと随分時間がかかってしまう。
なので、街中を走る馬車を利用したのだが、それでもなかなか時間がかかってしまった。
「おお」
街の景色に赤が目立ち始めた頃、ようやく目的の地へたどり着いたことがわかり、馬車を降りた私は、目を瞬かせた。
露店は基本、地面にござを敷いて商品を並べたり、簡易の台を用意して屋台のようにしたりという店がほとんどだ。
しかし、服飾関係、特に衣服になると場所を取る上に、扱う物によっては畳んで足元に並べるとせっかくの良さが伝わらない場合がある。
そのため、この服飾関係のお店はひとつひとつの規模がでかい。衣服も畳まず、全体が一目できるよう飾るように店先に並んでいた。
「はー、これはすごいわね」
お店も凄ければ、人の多さもなかなか凄い。
黄石の街も人が多かったけれど……。
客層は、どちらかといえば若者や、女性が多い気がする。
「……これは時間がかかりそう」
きょろきょろと周りの店の様子を見ながらぽつりと呟きつつ、通行人の邪魔にならないよう端へ寄りながら目ぼしい店を探っていく。
気になった店を見つけたら足を止め、物色するのを繰り返す。それをしばらく続けていたら、いつの間にか通りの端まで来ていた。
「あら、結構歩いたわね」
私がいる通りは、防壁側に一番近い道だ。つまり、王都の端っこである。
近くに立つと、よりその大きさがわかるものだ。防壁のてっぺんを見ようとして見上げれば、首が痛くなった。
「防壁を見るなら、もう少し離れた方がいいかもね」
つん、と指先でつついて、踵を返す。
さてさて、次はどこの通りを攻めてみようか。
私が立っている場所から見て、丁度2本の大きい通りが目に入る。右に進めば王都の中心側に、左に進めば王都の北の大門の近くにたどり着くだろう。
取り敢えず左に進もうか、と歩き出した瞬間、どんっと体に衝撃が走った。
「うわっ」
次いで、ぐっと腕を掴まれ、何とか転ばずに済んだ。
「すまない」
「いえ……」
どうやら、私の横を通り過ぎようとした人がいたのに気づかず、そちらへ動いてしまったためぶつかってしまったらしい。
ぶつかった相手は、王宮騎士団の服装に似た格好をした青年だった。マントがなく、兵隊が被っているような帽子を身につけている。
そう言えば、昨日この格好の人を見たな、とぼんやり思った。
「それでは」
青年は私が無事なのを確認すると、ぱっと走り出した。
随分慌てた様子に、遠ざかっていく背中を見送っていると、私たちの短いやり取りを見ていたらしい通行人が「慌ただしくしているなぁ」と呟いた。
「昨日魔物の襲撃があったから、その影響じゃないか?」
「警備の若干手薄だったところを狙ってきたんじゃないかって一部話が上がってたみたいだしなぁ……昨日に増して衛兵と騎士団の隊員が街を巡回しているのはそういうことかね」
先ほどの青年は、衛兵というやつなのか。
「まったく……お祭りの時くらいは大人しくしてて欲しいものだ。警備している彼らだって楽しみたいだろうに……」
「魔物に俺たちの都合は関係ないだろうさ」
「……そりゃそうだな」
魔物にとって私たち人間側の都合など関係ない。
確かにその通りである。しかし、彼らの言い分もわからないわけではない。
都だけでなく国中がお祭りで盛り上がっている中、いつくるかもわからない魔物の襲撃に備えて見回りをしなければならない――仕事とはいえ、その立場になったらと思うと辛いものだ。
私は、そろそろと止めていた足を動かした。
「魔物ねえ……」
魔術にも驚いたが、魔物という存在がいることを知った時も驚いた。
クプソン村周辺にも現れるが、村の人たちは口を揃えて「下級だな」といつも言って冷静に対処していたのを思い出す。
私も何度か1人の時に遭遇したが、対処は簡単だった。
この王都に来てから、巡回する仰々しい姿を何度も見かけている。また、遠く離れた小さな村にまで被害の噂話が届くほどだ――まったく、一体どんな魔物が襲ってくるのやら。
「……お、」
ふいに目を凝らして、視界に入った店に足を止めた。ここから見る限り、服は取り扱っていないようだった。
ふらふらと近づいて、暖簾のように垂れ下がるそれをじっと見つめる。
「あら、お客さん素敵な仮面ね」
商品を見る私に気づいた店主が、ころころと笑いながら言った。
「……綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう」
暖簾のように垂れ下がっている布には、細かな模様や刺繍、繊細なレースがあしらわれているなど様々なものがあった。
「これは?」
「ショールよ。こうやって肩に羽織ってみたり、頭に巻いてみたりするの」
「ああ」
似ていると思ったが、どうやら名前も用途も同じものだったらしい。
実演してくれた店主は、にこにこと奥から数枚かのショールを持ってきた。
「お客さん、とっても綺麗な髪をしているから、こういうの似合うんじゃないかしら?」
差し出されたのは、光沢感のある一見無地に見えるショールだった。
しかし、よく見れば生地の色よりほんのり濃い色の糸で繊細な幾何学模様が編まれているのに気づく。
生地の断ち切り部分には、同系色のラメ糸で細かな模様が刺繍施されており、なかなか上品な仕上がりであった。
「派手すぎないから、普段使いにいいでしょう?」
シンプルだが、上品なデザインで悪くない。店主の言うとおり、普段使いによさそうだ。
似たようなデザインで、尚且つ黒髪に合いそうな色を選んで持ってきたらしい。トーンのやや明るめの色がずらりと並ぶ。
「これ、いいですね」
目に付いた鮮やかなターコイズブルーのショールを手に取ってみる。
他の色に比べ、この色は少々派手だが、私の格好はどちらかといえばおとなしめなので、いいアクセントになりそうだ。
「緑石の街の工芸品通りで、妹がこういうのも売っているのよ」
見本だと見せられたのは、ピンブローチのようだ。なかなか凝った細工だった。
「うちで買ったショールを見せたら、割引してくれるわよ」
ちゃっかり宣伝も忘れない。確かに、割引してくれるというのなら、ちょっと覗いてみようかなという気持ちにもなる。
ちらりとショールの値札を確認したが、高価なものではない。むしろ、お手頃価格といっていいだろう。
「ください」
決断は早かった。
「ふふ、ありがとうございます」
手に持ったショールを渡せば、店主は張り切った声で頷いた。