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◇◆◇



 窓から差し込む太陽の光に目を細めながら、豊穣祭2日目の朝、私は宿屋の中でうーんと伸びをしていた。

 既に外から祭りを楽しむ人々の声が聞こえてくる。少し寝すぎてしまったようだ。


「さて、どうしようかな」


 ネグリジェの裾を持ってヒラヒラ揺らして遊ぶ。


 ――結局、薬は昨日の時点で全て売り切れてしまった。


 豊穣祭の開催期間は1週間に及ぶ。その内私が王都に滞在するのは5日間。5日目にやってくる定期便の馬車などを乗り継いで村へ帰るつもりだった。

 ……だったけど、まさか初日で持ってきた薬が全部売れてなくなってしまうとは思わなかったな。


 4日目まではしっかり商売に勤しんで、5日目は午前中に切り上げて祭りを巡ろうと計画していたのに。

 早くも計画が狂ってしまったが――これはこれで広い祭りの会場を楽しむ時間が増えたと喜ぶところかしら、と私は想像以上に広かった王都の様子を思い浮かべる。


「自由に見て回れるのが4日になったんだし、4つある街を1日ごとに巡ることにしようかな」


 お金は多少持っているが、特にこれが欲しいという物欲もないし、何より異世界のお祭りである。

 見て回るだけでも十分楽しめるだろう。


 裾を揺らしていた手を止めて、ぱっと手を離す。

 取り敢えず着替えて外へ行ってみよう、昨日はずっと座り込んでいたから全然動いていないし。


「みんなにお土産も買いたいし……小物とかの方がいいかな? 持って帰りやすそう」


 ぶつぶつ今後の予定を呟きながら、着替えに手を伸ばそうとして、そうだと鞄を漁る。


「これは付けておくべきよね」


 手に取って、思わずにまりと口元が緩む。

 祭りだから売っているだろうとは予想していたけれど、あっさり見つかったそれ。


「今のところ強引な人とは出会ってないけれど、念の為念の為……」


 かぽ、と顔に装着すれば完璧だ。


 洗面台の鏡に映った顔は、口元以外を仮面で覆われている。

 本当は、日本のお祭りでよく見るようなお面が理想だったけれど、売ってあったのはマスカレードマスクに近いものだった。


 お祭りに参加する時の必需品、ナンパ避けの素晴らしいアイテムだと思っている。

 自意識過剰だろと指さされるかもしれないけれど、今日は昨日と違って動き回るつもりだから、万が一に備えないと。


 中学生の時に参戦したお祭りで、危うく暗がりに連れ込まれそうになった過去がある。

 その時には護身術を習っていたので返り討ちにしたが、その出来事を機に私は毎年お面を被るようになった。これだけで怪しげなナンパが減ったので、お面の効果は絶大である。


 まぁ多少怪しい見た目になってしまうが、似たような仮面をつけて祭りに参加している人がちらほらいたのは確認済だ。浮くことはないだろう。


「じゃ、着替えて行こうか」

 

 鼻歌交じりに着替えに手を伸ばし、私は祭りへ繰り出すための準備を始めた。

 主に男関連でいい思い出はなかったが、お祭り自体は好きなので、実は結構楽しみにしていたりする。







 ――目的地もなく適当に歩いている私は、「王宮騎士団」という言葉をよく耳にしていた。


「王宮騎士団だ」

「いやぁいつ見ても凛々しいなぁ」


 ああ、まただ。


 王宮騎士団は男女関係なく、年齢層も割と幅広く多くの人から人気のある者たちらしい。

 そう言えば、馬車の中で話していたのを聞いたなぁ。


 彼らが歩く姿に羨望の眼差しを向ける人たちに混じり、足を止めて私も目を向けた。

 凛々しい、確かにそうだろう。騎士というだけあってみんな体格がいい。


「わ! あの方ってヴァルゴ様じゃない!?」

「えっどこどこ!?」


 王宮という言葉がつくように、王宮騎士団の管轄は王家が担っている。

 彼らが歩くたびはためくマントには、それを象徴するように王家の紋章が描かれていた。


 腰には細身の剣が帯刀されていた。鎧は身に付けいないけれど剣は装備しているんだね。


 てっきり騎士というから、鎖帷子に鎧を装備してガチガチに武装しているのかと思っていたが、案外そうじゃなかったみたい。

 金属でできた篭手と膝当てを装着しているが、それ以外金属らしいものは見当たらなかった。

 重苦しい姿を想像していたのに、何だか拍子抜けである。


「まぁ、でも魔術がある世界だもんなぁ」


 要するに、動きを鈍らせる鎧を纏わなくても十分防御することが可能なのだ。

 だとすれば、彼らの服装が思ったよりも軽装だったことにも納得がいく。


「ほらっ、やっぱりそうよ! 王家の紋章の横に獅子のマークだし!」

「ああ~かっこいい~」


 先ほどからきゃっきゃと騒いでいる若い少女たちが、うっとりした顔で通りの向こうを見つめていた。

 何だ? 有名人か?


 ちらっと目を向けて、なるほどと納得する。


「若い女子に人気ねぇ」


 獅子のマークと言っていたから、きっと彼女たちが見ているのはあの集団の先頭を歩く男のことだろう。

 がっしりとした体格のなかなかの美丈夫だ。

 つん、と立たせた濃い金の髪に、彫りの深い顔、何より意志の強そうな鋭い目つきはなかなかの迫力だが、騒ぐ少女たちには大変麗しく映っているらしい。


 それにしても、他の騎士さんたちのマントには獅子のマークなんて入っていないし、何か特別な意味でもあるのかしら?


 露店を見るためにうろうろと歩き回っているから、警備中らしい騎士の者を何度か見かけたが、王家の紋章以外が入ったマントを身につけた者は見ていない。

 もしや、結構偉い人なのかもしれないな。


「お?」


 何となく歩いている集団をそのまま観察していたら、慌てて走ってくる男の姿が目に入った。

 かなり若い、私と同じくらいかな。


 騎士団の服装と似ているが、マントがない。代わりに兵隊が被っているような帽子を身につけていた。

 男は真っ直ぐに騎士団の集団に駆け寄ると、身振り手振りを交えながら何かを必死に訴え始めた。


「ありゃ、もしかして……」


 私と同じようにそのやり取りを見ていた人がそう呟くとほぼ同時くらいだろうか。

 ひゅうっと風の音が聞こえたと思ったら、騎士団の姿が消えた――ように見えた。


「ほー」


 私も同じようなことを試したことはあるが、さすがにあの速度はまだ出せそうにない。思わず関心した。

 空を見上げる私とは違い、忽然と姿を消したと思っているらしい見物人はきょろきょろと辺りを見回している。

 いやいや、地上を探しても意味ないでしょうよ。


 騎士団が姿を消した方法は、単純に風の魔術で空を飛んだからだ。もう姿は見えないが。


「いつもながら、忽然と姿をお消しになられるな」

「さすが王宮騎士団第一部隊様たちだ」

 

 見物人たちは関心したように呟いて、探すのを諦めたようだ。


 それを見て、私もそろそろ移動をしようかと、止めていた足を動かす。

 それにしても、と晴れ渡った空をもう一度見上げた。


 いきなりとんでもないスピードで飛んでいったけど、一体何事だろうか。



 ――――……



 通りで見かけた騎士たちの行動の理由は、休憩にと立ち寄った店でまったりしている時に発覚した。


「被害はどうなの?」

「都に入る前に討伐されたって話だから、あったとしても最小限じゃないかしら」


 西の大門に近い場所、数体の魔物が現れたという。

 今現在ミオがいるのは黄石の街(フラーバストーノ)の店だ。露店の前に設置されたいくつかある簡易のベンチに腰をおろしている。


 なるほど、つまりあの騎士たちは、魔物の襲撃と報告を受けて飛んでいったわけか。

 風の魔術を使った理由に納得した。


「魔物の襲撃が多いわよねぇ」

「本当に……」


 私と同じようにベンチに腰掛けた客たちは、みんな魔物の襲撃の話題を口にしている。

 そのおかげで、いろいろと情報が入ってくるのはありがたかった。


「襲撃の頻度もそうだけど、魔物たちのランクもあがってきているでしょう?」


 ひそひそと囁き合う中、気になる単語が聞こえた。


災厄(・・)が起きるのでは、と……」


 ――災厄?

 物騒な単語に、口に運ぼうとしていた紙製のコップを止めた。


「今年の王宮騎士団の警備の仕方といい……何だか私、不安で……」

「王都だけじゃなく、近隣の町や村も被害がいつもより多いと聞くわ」


 話を聞く限り、災厄とは魔物によって引き起こされる……そう考えていいかしら。


「今のところ王宮騎士団の方たちのおかげで被害は少ないけれど、それがいつまで続くかわからないものね……」


 はぁっとため息をつく音がちらほらと聞こえる。


 これは、深刻な事態とでもいうのだろうか。

 災厄……というくらいだし、日本でいう台風や地震や噴火とかを、まさか魔物が引き起こす……とか?


「……帰ったら、もう少し詳しくいろいろ聞いておいたほうがいいよね」


 頬杖をついて、ふうっと息を吐く。


「文字が読めたらこんな苦労はしないのに……」


 じいっとこのお店のメニュー表を睨む。

 ぐにゃぐにゃした形……文字に見えなくもないけれど……うん。

 アラビア語に似ているような気もするが、どちらにせよ読めないことに変わりはない。


 形ひとつひとつはアルファベットと同じ扱いみたい。

 いくつか組み合わせると言葉として初めて成立するようだけれど……私の解釈が間違っていないなら、ローマ字と同じ原理よね。このぐにゃぐにゃはアルファベットと同じ扱いになるだろう。


「コーヒー……、紅茶……」


 メニューをパラパラめくり、いくつか読める部分を指でなぞる。


 この世界にやってきて2週間ちょっと。

 文字が読めない私に、ハクヒさんやクシュンさんは簡単な単語などを教えてくれていた。

 救いなのは、私が文字の読み書きができないだけで、言葉自体は通じたことかな。


 もう少し勉強に力を入れるべきか、と思い直しながら、すっかり冷えてしまった紅茶で喉を潤した。





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