4
◇◆◇
――がたごと、心地よいとは言えない振動を伝えていた車内は、先ほどから揺れが小さくなったように思う。
「お、もうそろそろだな」
向かいに座る旅人風の男が外を見て笑う。
慣れない馬車の旅も、それなりに楽しんでいた。
クプソン村からの乗車は私のみだ。
王都の豊穣祭に参加する者はみんな、私が乗る後の馬車で向かうと言っていた。
当たり前だが、馬車に乗り合わせるのは全員初対面の人間ばかりになる。
1人で馬車に乗り込んだ私に気を使ってなのか、同乗した者たちは時たま私にも声をかけてくれた。何せ王都に着くまで、何日か一緒の馬車で過ごすわけだしね。
どちらかと言えば(警戒心から)人見知り気味の私だったが、気さくで人当たりも良い彼らと打ち解けるのは割と早かったと思う。
クプソン村の住人たちも気さくで大らかな気性の者が多かったので、もしかしたらそういう国民性なのかもしれない、と思うようになってきた。……まぁ、全員が全員そう穏やかであるとは思わないけど。
「いよいよだね、ミオちゃん」
王都へ続く大きな街道に入ったと先ほど教えてくれた旅人風の男の隣で、壮年の女が笑みを浮かべる。
会話をする内に私が王都へ行ったことがない、豊穣祭に初参加だと知るなり、率先して私にいろいろと教えてくれた内の1人だ。
「窓の外を覗いてごらん? 見えてくる頃だから」
「おお」
そびえ立つ大きな防壁に囲まれた大都市。
話には聞いていたけれど、実際に目にしたことで思わず感嘆の声が漏れる。
「すごい」
「あの大門を超えたら王都だよ」
「大きいですね……」
窓に張り付いて防壁を見つめる私に、みんな微笑ましいものを見るような目を向けた。
「思ってたより人が多そうで安心したよ」
「今年は魔物の襲撃も多いって聞くし、王都へ来る人は去年より少ないと思っていたけど、むしろいつもより多いくらいかしら?」
「王宮騎士団の警備をかなり強化するっていう話だったからな。その分、みんな安心しているんだろう」
王都に何度も訪れているという彼らの目は、私が夢中になっている防壁ではなく、大きな門の前に集まっている人たちに向けられたようだ。
「各地に散っている騎士たちも、この時期には王都へ集まってくるしなぁ。祭りの期間中何事もなければいいんだが」
「そこは祈るしかなさそうねぇ。魔物たちには人間の都合など関係ないでしょうし」
「王宮騎士団の方たちがいらっしゃるんだし、きっと大丈夫よ」
「……そういえば、王宮騎士団に王族がいらっしゃるって聞いたけれど本当なの?」
「本当さ。ベルンハルト殿下だろう? ……ああ、それで今年は若い女性が多いのか」
「とても麗しい王子様だって評判だものね……ミオちゃんも殿下が気になったりする?」
急に話題をふられて目を瞬く。
「いえ、知らなかったです。初耳ですね」
王宮騎士団って治安を守るための武装兵のことじゃなかったっけ? そんなところに王族がいるんだ、へぇ。
「あら、知らなかったのね」
「去年だったか? ベルンハルト殿下を隊長に据えた騎士団の部隊が結成されたのって?」
「確かそうね」
「若い人で構成された上にみんな優秀なんでしょう? 若い女の子たちの憧れの的らしいわね」
「へぇ」
私の気のない相槌に、向かいに座っていた女がふっと笑った。
「やだ、ミオちゃん。興味ないわって顔になってるわよ」
「あ、顔に出てました?」
「ええ、ばっちりと……ミオちゃんくらいの子たちがきゃあきゃあ言っちゃうような人たちなんだけど……」
「うーん、私は別に……」
同年代の子たちが熱を上げるような人たちかぁ、アイドルに対してきゃーきゃー言っているようなものかしらね。
うん、興味ないわ。
「それよりも、他国からの行商人も訪れるって聞きました。どんなものがあるのか楽しみです」
胸の前で手を組んで、私はまだ見ぬ祭りを思う。
現代社会の日本で生きてきた私にとって、この世界で目にするものを真新しく感じることは多い。
日本以外の国になら似たような物や食べ物があったかもしれないが、外国に行ったことがなかったので、どれも新鮮に感じた。
また、見たことのある食べ物なども存在することがわかっている――そのため、ここが異世界だということは受け入れているのだが、食品をはじめ元の世界と共通する点に気づくことも多いので、まるで日本から海外へきた感覚になることもしばしば……。
「……まぁ、ミオちゃんなら引く手あまただろうしねぇ」
「そうそう……ミオちゃんいいかい? 怪しげな男にはついて行っちゃだめだからね?」
「ええ、もちろん。気をつけますよ」
「困ったことがあったら、騎士団の奴らに声をかけろよ」
「わかりました」
馬車で偶然乗り合わせた人たちだけど、本当良い人たちだな……。
この世界、気のいい人たちが多すぎないかしら。おかげで安心と楽しさのある旅路になったけれど。
がたん、一度大きく揺れた馬車は、動きを止めた。
話している内に、門の中――つまり王都に入ったようだった。
「ご乗車ありがとうございました」
「こちらこそ、よい旅路をありがとう」
降りる彼らを真似て馬車の御者にお礼を述べてから、地面に足をつける。
ああ、これは。
周囲をぐるりと見回し、感嘆のため息を零す。
「……素敵」
ヨーロッパの国へ降り立ったようだ。可愛らしい建物やお洒落な建物を眺め、目を輝かせる。
高層ビルやアスファルトを見慣れていた私には感動を覚える光景だった。
カメラがあれば喜んで写真に撮るのになぁ。
「すごいな」
風景もそうだが、何より祭りの影響で活気がすごかった。
道に沿うように広げられた露店も、その数の多さに圧倒される。
日本の縁日の比じゃないわ。さすが国を挙げてのお祭りといったところか……他国からも行商人は来ているというし。
話に聞いていた以上だ。とてもじゃないが1週間という期間で全部見て回るのは不可能だろう。
「クシュンさん、残念がっているだろうなぁ」
その様子を見て、今日ここにいるはずだった2人を思う。……まさか、出発前日にクシュンさんがぎっくり腰になるとは思わなかった。ハクヒさんもそうだろう。
タイミングが悪いというか何というか……不幸なことに、豊穣祭の準備に張り切っていたクシュンさんが腰をやってしまった。
「若くないくせに張り切るからよ!」と、看病のために祭りに参加できなくなったハクヒさんはプリプリ怒っていた。
「……2人のためにもしっかり稼がなくちゃ」
持ち運びにとても便利な肩掛けの鞄をしっかり握り、2人から教わった目的地を目指す。
クシュンさんとハクヒさんは、いつも自作の薬を商品として豊穣祭で売るのだと話を聞いていた。
一緒に参加したいと私が伝えてからは、私も交えて一緒にお店をやろうと意気込んでいたのだが……クシュンさんのぎっくり腰により2人は不参加。
しっかり売るのだと張り切って用意した薬の山を眺めては、ベッドに横になったクシュンさんが何とも悲しげな表情を浮かべていた。
あまりにも落ち込んだ様子に、最初は怒っていたハクヒさんも「また来年頑張りましょ」と慰めるように話していた。
そんな様子を見た私は、決めた――せっかく豊穣祭用に用意した薬を無駄にするわけにいかないと、私だけでも参加すると、心配する彼らを説き伏せて、こうして1人乗り込んできたわけである。