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評価ありがとうございます!



 

 サフィランダ国の東部、それもかなり端の方に位置する小さな農村の住人は、穏やかな気質の者が多い。

 クプソン村、それがこの農村の名前だ。


 村に着いた私は慣れた足取りで役場へと向かっていた。


「こんにちは、ミオちゃん」

「どうも女将さん」


 その途中通りがかった花屋の女将さんに声をかけられたので足を止めた。

 にこやかな笑みを浮かべた顔見知りのこの女性は、やや姉御気質な人で、私をよく気にかけてくれている。


 女将さんは小瓶の入ったカゴを見て、村にやってきた理由を察したのだろう、「お使い?」と首を傾げた。


「うん。村長にね」

「そうなのね。あ、でもこの時間なら、役場じゃなくて畑の方にいるんじゃないかしら」


 畑の方(そっち)か。

 女将さんに教えられた私は、「ありがとう。行ってみるよ」とお礼を伝えて踵を返した。

 クプソン村の村長は大きな畑を持っている。ただ、場所が村の外なのでちょっと来た道を戻らないといけない。


 村の近くを流れる川の方へ行くと、柵に囲まれた立派な畑が見えてくる。その中でせっせと動いている人影を確認した。


「村長、こんにちは」

「……ん? おお、ミオじゃないか」


 流れた汗をぬぐいながら満面の笑みを浮かべた老人に、私も笑顔を向けた。


「ハクヒさんから薬を預かってきました」

「おお、わざわざすまんのう」


 水やりの途中だったのだろう、片手に持っていた柄杓と水桶を地面に置いて、私の差し出したカゴを受け取る。

 村長が中身を確認している間、私はきょろりと畑を見渡した。


「今水やりをしているんですね」

「本当は今朝済ましたかったんだがね。どうしても外せない用事が入ってしまっていたから今やっているんじゃよ」


 小さいとはいえ、村ひとつを治める立場の村長はいつも多忙だ。

 太陽もすっかり昇りきってしまった今の時間帯を考えると、外せない用事は随分と長引いたらしい。


 柄杓と水桶でこの広大な敷地の畑に水をやるとなると……かなり時間と労力が必要そうだなと思う。

 水道があって、更にホースがあれば良かったのだが、生憎そんな便利なものはなかった。


 畑を見回した私は、村長の方へ向き直る。


「村長、良かったら私がやりますよ」


 目をぱちぱちとさせた村長が、もごもごと口を動かす。


「そりゃあ……助かるが」

「元気が有り余ってるので、むしろやらせて欲しいくらいなんです。だめですか?」

「そうじゃなぁ……そうしたら、頼もうかの」


 少し遠慮気味だったけれど、了承をもらえたので気合を入れる。

 濡れてはいけないので村長には後ろに下がってもらい、私は両手を広げて目を伏せた。


「……水よ(アークヴォ)


 呟けば、畑の上空に丸い形状をとった水の塊が現れた。

 うにょうにょと妙な動きをした後、その塊から水滴が生まれ、雨粒のようにぽつぽつと畑に向かって降り注いだ。

 瑞々しい野菜に水滴が弾け、乾いた土を濡らしていく。

 私は両手を下ろし、その光景を静かに見つめた。


「いやぁ、いつ見ても見事なものだ」


 関心したように呟いた村長が、しばらくして「うん、十分だ」と頷いたので、両手を再び空へ向ける。ぴたりと止んだ雨粒に、またも関心したように頷かれた。

 あまりにも褒めてくれるものだから、少し照れくさくなってしまう。


「この村に最初に来た時は、水滴すら作るのに苦労していたんじゃがなあ。今じゃ、この村でミオより操作のうまい者はいないだろうよ」

「やだなぁ、褒めすぎですよ村長」

「……そんなことはないんじゃがな」


 苦笑する村長に、にっこり笑っておいた。

 確かに初めの頃は失敗続きだったが、それは私がこの世界(・・・・)に存在する力について知らなかったからだ。


 理解した今では操るのもお手のもの。むしろ、この力を扱いたくてうずうずしている。


「……魔術(・・)、最高」


 ぽそっと呟けば、聞き取れなかったのだろう村長が首を傾げた。


「何か言ったかい?」

「いいえ」


 首を振って、水やりのお礼だと渡された瑞々しいトマトに噛み付く。

 記憶にあるトマトよりも果実のような甘味が特徴的だ。

 新鮮さも相まって、その味は格別だった。美味しさが口いっぱいに広がり、相変わらず村長の作る野菜は素晴らしいと舌鼓を打つ。


 夢中でトマトを食べる私を見て、村長が何か思い出したような顔をした。


「そう言えば、ミオは王都に行くのかい?」

「いいえ?」


 否定した後、唐突にどうしたのかと首を傾げる。


「それじゃあ、“豊穣祭(ほうじょうさい)”は村で過ごすのかい?」

「豊穣祭?」


 きょとんとした私に、村長は簡単に豊穣祭について説明してくれた。


「実り豊かな時期に行われる祭りの名前じゃよ。国の三大祭りのひとつさね」


 豊穣祭とは、その言葉通り、豊穣を祈り祝うためのお祭りだという。

 国の三大祭りと称されるだけあって、期間中は国を挙げての盛大なお祭りになるそうだ。

 開催期間は1週間、もちろんクプソン村もその1週間は大盛り上がり間違いなしとのこと。


 ああ、なるほど。最近、何となくどこかそわそわしていた村人たちの様子を不思議に思っていたが、そういうことかと納得する。


 特に王都の盛り上がりは他を圧倒する賑わいを見せるのだと、村長が楽しげに話すのを聞いて、私は唐突だと思った質問の意図を理解した。


 つまり、「ミオは(豊穣祭で盛り上がる)王都に行くのかい?」という質問だったのね。要約されていたわけだ。


 まあ、どちらにせよ豊穣祭について知らなかったから、要約されてなくても聞き返していただろうけど。


 楽しそうに祭りの様子を語ってくれる村長に相槌を打ち、「豊穣祭か」と空を見上げた。


「王都の方はここ最近色々とごたごたしていたみたいだからのう……開催が遅れるかと言われていたが、杞憂に終わりそうだ。このままなら例年通りに開催されるだろうね」


 実りの時期に開催されるため、この国のみならず他国からも多くの行商人がやってくるという。

 その者たちが、こぞって自国の特産品を売りに来ると同時に、サフィランダ王国の特産品も大量に買い込む。

 需要と供給が一気に盛り上がりそうだ……つまり、いい金儲けの場になるわけだな。


 ふむふむと頷いている私の隣では、わくわくした様子の村長が「このままいけば、昨年より出来の良い野菜に……昨年よりも収益が……くくく」と、ブツブツ呟いている。


 ……村長、さてはこの野菜たちを売りさばくつもりね。


 村長としての仕事をこなす傍ら、熱心に野菜を育てていると思ったら、なるほど、その豊穣祭に向けてというわけか。


 頭の中でお金の計算でもしているのか、どこか恍惚とした表情を浮かべていた村長は、はっとしたようにコホンと咳払いをした。

 残念ながら、何も誤魔化しきれていないけれどね。何も突っ込まないでおくけれど。


「村長は王都へ行くんですか?」

「毎年行っているよ。村のこともあるから、参加は1日だけじゃがな」


 へぇ、と相槌を打った私に、またもや「それで、王都へは行かないのか?」と再び質問され、首を振った。


「いつか機会があれば行きますよ」


 ここから王都へ向かうには、早馬だとしても3日はかかる。馬車で行くとなるとその倍は日数がかかるだろう。

 いつか行ってみたいとは思うけれど。


「……まぁ、物騒な噂もあることだし、今年は村の祭りだけでもいいかもしれないのう」

「頻繁に門を破る魔物の話ですか?」

「それと別にもうひとつ。最近王都付近で大規模な人身売買の競売があったらしくてね。騎士団が迅速に動いて事なきを得たと聞くけれど……しばらくは騎士団も警戒をしているみたいじゃしなぁ」

「人身売買……」

「この国は取り締まっている分まだましな方だけどのう。随分と人が捕らえられたようだし……競売の場で身分の高い者たちの姿も多く確認されたって聞いたね。中には身分を剥奪された者もいるらしいしなあ」


 眉をひそめた私に気づいて「暗い話はここまでにしておこう」と村長が手を叩いた。

 確かに、結構長居をしてしまった。


「それでは、失礼しますね。美味しいトマトをありがとうございました」

「こちらこそ、薬を届けてくれてありがとう。水撒きもな」


 座ったことでスカートについてしまった土を払い、村長にお辞儀をする。


「そうだ、ミオ」

「何でしょう?」


 柵の外へ出た私に、少し慌てた様子で村長が声をかけた。


「昨日、バルンの群れを見たという者がいたんじゃ。道中気をつけて帰ること……特に妙な風が吹いている時(・・・・・・・・・・)は、少し立ち止まって辺りを警戒しておくように。下手に動かないで、風が止むのを待つんじゃぞ。風が止めば動いても問題はないからの」


 真剣な声に振り向いて、笑顔で頷く。


「――肝に銘じておきますね」





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