表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

1



◇◆◇



 ――サフィランダ王国は緑豊かで、地形にも気候にも恵まれた広い国だ。大きな都を中心として、大小さまざまな街や村が広がっている。


 中心の都の名は、王都サフィール。

 この国を統べる王家の居城があり、この地に暮らす人々ならば、誰でも一度は憧れる場所である。


 しかし、崇敬を集める王都だが、ここ最近はあまり良くない話が多かった――



「――まぁた門を破られたって話だぞ」

「あらあら……困ったものねぇ」


 テーブルを挟んで話しているのは初老の男女。

 ほう、と困ったように溜息を吐いたその姿に、私は作業していた手を止めた。


 ここ数日でよく耳にした事を思い浮かべながら、口を開く。


「――魔物(・・)の仕業?」


 2人の視線がこちらを向いた。


「そうだよ。全く、物騒な話だねぇ」


 恵まれた豊かな土地は、そこに住まう人々だけでなく魔物たちにとっても過ごしやすい環境とも言える。


 獰猛で生き物を襲う危険な魔物は、時に人が多く集まる場所を狙うことがある。その中でも、人が一番集まる王都は被害が多い方だ。


 もっともここ最近は特に酷い。王都から遠く離れた小さな村にまで話が頻繁に届くほどなので、その被害の度合いはなかなかよろしくない状況と言えるだろう。


 まぁ、この辺りはそれに比べ平和そのものなのだけど。


「この辺りに現れるのはどれも下級の魔物だから被害も少ないけれど、王都の方となると上級の魔物も襲ってくるというしねぇ」

「その代わり王都には王家直属の騎士団がいるから、上級の魔物が攻めてこようが一網打尽にしているそうじゃないか」

「そうは言っても、みんながみんな騎士様たちのように力があるわけじゃないんだからね。突然門が破られたところに居合わせたとなったら、私はいくつ命があっても足りないわ」


 ああ、恐ろしい。ぶるりと身を震わせ自身を抱きしめた姿に、ややからかいを含んだ声音ながらも、咎めるように声をかける。


「ばあさん、そんなに脅しちゃミオに悪いじゃないか」

「あら……そんなつもりはなかったのよ。ごめんなさいね、ミオ」


 王都に行ったことがない私を気遣っての言葉だろう。

 「私は気にしてないよ」と苦笑しながら告げて、止めていた作業を再開させるため視線を手元へ戻す。


 かちゃかちゃと音を立てて混ぜ合わせているのは、この辺りにしか自生しない珍しい草から搾り取った汁だ。

 それにねっとりとしたゼリー状の液体を加えると、擦り傷ならたちまち治ってしまう傷薬が出来上がる。

 汁とゼリー状の液体を混ぜ合わせるのって結構力がいるんだよな。根気よく混ぜないとダマになったり、ムラができてしまう。


「ねぇミオ、やっぱりちょっと働きすぎじゃない?」


 作業を再開させた私は、遠慮がちに声をかけられた。

 ぱっと顔を上げれば、少し困ったような顔が目に入る。


「お世話になっているんだから、これくらいさせてハクヒさん」


 こういう会話、何度目だろうか。

 ますます困ったように眉を下げた初老の女性、ハクヒさんに私も苦笑いを浮かべる。


「ミオは働き者だなぁ」


 私たちのこの光景は、ここ数日ですっかり見慣れたものになったのか、ハクヒさんの夫であるクシュンさんはのんびりと呟いた。


 この優しい老夫婦の世話になって早2週間と少し――森の中で疲弊したところを助けられてから、もうそんなに経つ。


「身元もわからない私を助けてくれた上に、住まわせてもらってるんだから……私としてはまだまだ足りないくらいなのよ?」

「そうは言ってもねぇ」


 薬屋を営んでいる夫婦の手伝いを率先し、他にも家事だの色々できることを見つけては動き回る私を、ハクヒさんは「働き過ぎだ」と言う。

 私としては全然足りないと思っているのだけれどね。


「しかしまぁ、ミオを森の中で見つけた時は吃驚したもんだ」


 当時、森の中で発見された私はかなり衰弱していたらしい。熱に浮かされ意識はなく、木の根元に身を預けるように倒れていたという。

 森に薬草を採取するため訪れていたクシュンさんが偶然見つけ、保護してくれたのだ。


「すっかり元気になって良かったわね」

「2人の看病と薬のおかげだよ。本当にありがとう」


 心から感謝の気持ちを述べれば、2人共照れくさそうな顔になる。


「と、こんなもんかな」


 話しながらもずっと動かしていた手を止めて、薬の混ざり具合を確かめる。


「どれどれ」


 手元を覗き込んだハクヒさんは満足そうに頷く。


「うん。十分ね。ミオは覚えが早いわ」


 褒めた後「でも、やっぱり働きすぎね」と付け足した。譲る気はないらしい。


 助けられ、その上居候させてもらっている身である。

 ハクヒさんとしては、私にもっと気楽に過ごしてもらいたいみたいだけれど、世話になっている恩返しをしたい私は、当然働く手を休めるつもりはない。


「瓶詰めは私がするから貸してちょうだい」

「わかった。他にすることはない?」

「無理しなくていいんだよ」

「無理はしてないから大丈夫。元気有り余ってるもの」


 元気をアピールするため、所謂ガッツポーズを取った私を不思議そうに眺め、ハクヒさんは渋々「じゃあ」とお使いを与えてくれた。


「これを村長に渡せばいいのね」

「急がなくてもいいからね。くれぐれも気をつけるのよ」

「わかった」


 預かったのは小さな小瓶がいくつか入ったカゴだ。

 大事に抱え、さっそく与えられたお使いを遂行するために外へ出る。ふわりと風が吹いて、伸ばしている髪が宙を舞った。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 ハクヒさんに見送られ、私は歩き出す。


 村までは歩いて10分くらい。

 薬屋である2人の住居は、薬草採取をするため村から少し離れた森の近くにあるのだ。

 長閑(のどか)な自然の風景に目を細め、舗装されていない小道を踏みしめる。


 びゅうっと吹いた随分と強い風によって、伸ばした髪が暴れるのを片手で押さえた。


「今日は風が強いわね」


 ざわざわと騒めく木々たち。その音を聞きながら道を急ぐ。

 それにしても妙な風だ。私の近くにしか吹いていないような気がする。


 妙な違和感に、ひとつ思い当たることがあった。


「こういう時は、大抵……」


 動かしていた足を止め、髪を抑えていた手を離した。

 その瞬間、ぶわっと腰まで伸ばした髪が視界を覆ってしまったが、私はそっと目を伏せるだけで放っておく。


 目を伏せたことで一際吹く風が強まっていくのを肌で感じながら、そっと人差し指を唇に触れさせる。


風よ(ヴェント)


 囁くように呟いた。


 その直後、私が立つ場所を中心に、強風が渦巻いた。

 風はぐるりと私の周りを一周すると、騒めく木々の方へ向かってぶつかっていった。


 叫び声と、何かがドサリと落ちた音が聞こえ、伏せていた目をそっと開ける――妙な風は、跡形もなく消えていた。


「私を襲うつもりなら、もっと気配を消さなきゃね」


 地面に蹲って動かなくなったそれを一瞥し、さっさと歩き出した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ