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プロローグ



 追われることはよくあったけれど、こんな展開は初めてだ。



 目の前に迫ったトラックを見て、私はぼんやりと思った。


 ――……ああ、死んだな。と。


 ついに新聞の一面に載るのだろうか、テレビのニュースで流れたりするのだろうか。どこか他人事のように考え、ふっと笑みを浮かべた。


 まったく、最後まで最悪なほど男運のない散々な人生だった。


 昔から、変に異性に好意を持たれることが多かった。それが疎ましく、時には恐怖を感じることも多かった。


 私のことを見て、「自慢かよ」と吐き捨てた女たち、代わってあげようか?

 君たちが羨んだ状態が、こうして最悪の形になったのを見ても、まだ同じように羨ましいって言えるの?


 ――もうすぐ訪れるだろう衝撃を思い、そっと目を閉じる。 

 

 私を大事に守ってくれた、育ててくれた大好きな両親を事故で失って数年。

 あれから色あせた日常を繰り返していただけの私。


 でも、そんな日常(それ)ももう終わりね。



 ――生まれ変われるなら、来世があるなら、“普通”で生まれたい。


           もしも、今世と同じようなら……その時は――……




――

――――

――――――……




「“――……さぁ、50、50万以上はいらっしゃいませんか?”」


 ……ん?


「“いらっしゃらないようなので、50万ウェルで落札とさせて頂きます――!”」


 ……んん?


 深い眠りからゆっくりと意識が覚醒する感覚。

 ざわざわと聞こえるたくさんの声と、カンカンと何か金属を打つ音と、スピーカーを通したようなくぐもった声に眉を寄せた。


 頭が痛い。


「――おい、起きろ」

「ぅん、」


 ぐいっと腕を乱暴に引っ張られ、じゃら、と何かの音がした。

 痛みに顔をしかめ、閉じていた目をゆっくりと開く。


 ぼんやりした視界に映り込んだのは、口元を黒い布で覆った目つきの悪い男だった。

 

 ……誰?


 見たこともない男だ。

 私はその男に無理やり引っ張り起こされているらしい。ぎりぎりと容赦なく腕にくい込む男の指に、顔を歪めた。


「やっと目を覚ましたな」

「おいおい乱暴に扱うんじゃねぇぞ! そいつぁ今回の目玉商品なんだからな」

「わーってるよ」


 がちゃがちゃと何かがぶつかる音の後、がしゃんと一際大きな音が聞こえた。

 一体何の音なのか。しかし確認しようにも異様に体がだるく、頭すら動かすのが億劫だ。


 ついてこい、と引っ張られ、もつれそうになる足を何とか動かした。無理やり歩かされ、頭痛はさらに酷くなるし、それに加え目眩も感じる。


「あ、ぅ」


 文句を言おうと口を開いても、声にならない音のようなものが漏れるだけ。


「ああ、まだろくに喋れねぇだろうぜ」

「ぅう」


 下品な笑い声を漏らした男が、私を見下ろす。


「さぁ、あんたは一体どんな奴に飼われるのかね?」


 楽しみだ、と笑った男に突き飛ばされた。

 分厚い天幕のようなものに突っ込む形になり、そのまま天幕を超えて向こう側へ倒れ込んだ。


 だんっと音が響いたが、打ち付けた体に思ったような痛みはなく、その代わりに頭痛がさらに酷くなった。

 あ、頭が割れそう。


 だるい体を何とか起こそうとして、気が付く。


 ――何だ、ここは。


「“さぁ皆さん! ご覧ください!”」


 眩しすぎるスポットライトに、目を細めながら、ゆっくりと周りを見渡す。


「“透き通るような白い肌! 大きな瞳! 絹糸のように艶やかな黒髪! 何をとっても極上の逸品でございましょう!”」


 眩しいほど明るいのは、私のいるこの場所だけで、後は薄暗い。

 どこかの会場のようなこの場所は、一体何?


「“本日の目玉商品! この美しい娘のスタート価格は100万ウィルからです!”」


 本日の目玉商品? スタート価格? 100万ウィルって、一体……。


「“200万、250万、300万、400万、450万――!”」


 歓声と共に釣り上がっていく数字……嫌だ、まるで、これって、

 

「“1000万ウィルが出ましたよ! さぁ、これ以上のお客様はいらっしゃいますか?”」


 ――まるで、オークションみたいな……。


 視界がだんだんと鮮明になる。映り込んだ光景に、ひゅっと息を吸い込んだ。


 床に座り込んだ私を定めるように見下ろす沢山の視線、掲げられたプレート、口々に何かを叫ぶ声。


「“1500万ウィル!”」


 司会者のような男が、拡声器を片手に腕を高々と振り上げた。

 その動きに助長されるように盛り上がる声が会場内を賑わせる。


「“さぁ! これ以上は出ますか――!?”」


 先ほど、この男は「目玉商品」だと言っていた。

 床に座り込む私のことを指して言ったのだと、ぼんやりした頭で答えを導き出した私は、喉を鳴らした。


「っ、ぐ」


 声すら出ない。体も動かない。

 それでも、震える指先に力を込めようとする。


 逃げないと、ここから逃げないと……!


 一体ここがどこなのか、どうしてこんなことになっているのか、何もわからない。

 

「“1500万ウィル! 他にいらっしゃらないようなので、ここで競りを終わ――”」



 ――突然響いた轟音が、全ての喧騒をかき消した。



「っ、」


 轟音と共に起きた強い衝撃に耐え切れず、どっと床に身を投げ出した私は、何とかもう一度体を起こす。

 閉じた目を開けると、先程と一変した光景が映り込んだ。


 阿鼻叫喚、まさにその言葉が似合う光景だった。


「な、何事だ!?」

「ひいい! “王の狗”共だああああ!」

「畜生! おい逃げるぞ!」


 崩れ落ちる天井、悲鳴を上げ逃げ惑う人々、それを追いかける突然現れた兵士のような武装した者たち、飛び交う火の玉……火の玉?

 呆然と、その様子を目に映す。


「……何、これ」


 呆然としたまま口を動かせば、喋れなかったことが嘘のように自然と声が漏れた。。

 声が出た、とそっと喉に手を当て、さらに先程まで動かすことすらままならなかった腕があっさり動くことに気づく。


「動ける……?」


 ぐっと足に力を入れると、まだふらつくが立ち上がることができた。


「っおい! 商品を逃がすな! 1500万だぞ!」


 私が立ち上がったのを見た司会者のような男が叫び、複数の男たちが天幕の向こうから目掛けてくる。

 しかし、男たちは私の目の前に来る前に、何か目に見えない大きな力で吹き飛ばされた。


 いきなりのことに、思わずぱちぱちと目を瞬かせる。


 客席側へ飛ばされた男たちが、次々兵士のような者たちに捕縛されていく。

 何という早業……そして、飛ばされた男たちだけでなく、私のことを見下ろしていた者たち――恐らく買い手(バイヤー)と思われる――も容赦なく縛り上げられていた。


「もう……何が何だか」


 先ほど男たちを吹き飛ばした謎の力もそうだが、それも含めて……到底この状況を理解できそうにない。


 人の拳くらいの火の玉や、それ以上に大きな炎の塊が室内を飛び交っているし、あちこちで放電でもしているのか、稲光のような強烈な発光まで見える。……何だろう、あれ。

 目に映る光景を、脳内で処理できない……頭を抱えたくなった。


 今の状況が一体どういうことなのかさっぱりわからない――が、これはチャンスなのではないか、と思う自分もいる。


「うん……逃げよう」


 この騒ぎに乗じてなら逃げ出せる気がした。


 どこか、窓でもあれば外へ出られるかもしれない。

 そう思い、素早く周囲を見回し、まさに絶好というべき場所を見つけた。一箇所だけ人の集まりがなく、尚且つ低い位置に窓がある。

 このステージみたいな場所から少し離れているものの、走れば何とでもない距離だ。


 床を踏みしめ、足も十分動かせることを確認し、私は一気に走り出す。

 ふらつくこともない、先ほどまでのだるさは何だったのか、驚くほど軽くなった体に「これなら逃げ切れる」と思った。


「おい!」


 しかし、目的の窓まで後少しのところで、目の前に何者かが立ち塞がった。

 次々と逃げる者を容赦なく捕縛していく兵士のような男の1人だ。


 向けられた(あお)い瞳が、まるで宝石のように一瞬煌めいた気がした。

 足を止めた私に伸ばされる男の手――まるで、掴みかかろうとでもしているかのようだ。


 男をギッと睨みつける。

 私を捕まえようっていうのか、冗談じゃない!


 すうっと息を吸い込む。

 あと少しなんだ。わけのわからないこの状況から逃げたい。捕まるわけにいかない。

 ぐっと拳を握った。


「――邪魔すんなあああああ!」


 人間の急所は顎、そこを思いっきり狙って拳を振り抜いた。

 確かな手応えと、右手に走った痛みに歯を食いしばり、倒れた体を飛び越えて窓を目指す。


 騒ぎで割れていた窓に、好都合だと笑みを浮かべた。

 窓枠に手をかけて、体を押し出せばするりと向こう側へ出ることができた。


 着地した場所は草の覆い茂った土の上――ああ神は私に味方をしてくれたみたいだ――窓の向こうは室内ではなく外だった。

 顔を上げれば、鬱蒼とした森が広がっている。


 時刻は夜、正直目の前の森は不気味だけれど、身を隠しながら逃げるには最適だった。

 獣とか、不安は他にもあるけれど、この建物の近くにいてもいいことはない。どちらにせよどこかに身を隠さないと……。


「逃げなきゃ……」


 一体私の身に何が起こったのか、考えるよりもまずは自分の身の安全を確保しなければならない。


 振り返ったが、私を追いかけようと窓を越えようとする姿はなかった。


 

 ぐっと気合を入れ、私は闇に紛れるように、森の中へ無我夢中で駆け込んだ。




のんびり更新していく予定です。

よろしくお願いいたします。

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