とある吟遊詩人のものがたり
十七年前といえば、それはめでたい年でした。
第一王子さまが王位をついで王さまになり、王弟さまとなった第二王子さまも、かわいらしい男の赤ちゃんにめぐまれたからです。
王宮でのパーティーには、たくさんのおどりこや、吟遊詩人がよばれました。
そのころ吟遊詩人だった、若き日のおじさんもその中にいました。
歌の天才と言われていた彼は、せっかくだから、自分のすべてをつぎこんだ、さいこうにすばらしい歌をつくろうと思いました。
はたして、王さまも、お妃さまも、みんなみんながすばらしいといってくれました。
――ここで、客席がざわつきました。
まさか、この人は。
おじさんはすこしみんなが静まるのを待って、つづきを話しだします。
けれど、天才のすべてをつぎ込んだその歌は、とてもとても、難しい歌だったのです。
あんまりにすごすぎて、満足に歌えるのは作った本人だけ。
むりを押してまねをすれば、のどを痛めてしまいます。
それでもと、むりを重ねた歌姫がひとり声をなくしてしまったとき、彼は王さまにお願いしました。
王さまの許可がない限り、その曲をステージでうたうことを禁じてください、と。
自分がよかれと作った歌が、誰かをきずつけてしまう。それが、彼にはとてもつらかったのです。
その曲こそ、『森羅万象』。今日、二人が歌った曲でした。
若き日のおじさん――吟遊詩人ラートは歌と名をすて、歌姫の声をとりもどすために旅に出ました。
その後、声をとりもどすことには成功しましたが、ふたりは結局、歌の道にはもどりませんでした。
旅の間に愛をはぐくんだふたりの間に、かわいい双子の娘と息子が生まれたからです。
「え? 息子? 『リーナ・ルーカ』は……」
「ばかだね、どちらかが女の子のかっこをしていたんだよ! よくあることじゃないか!」
「いやいや! うそでしょ? またどうしてよ?」
「誰かを傷つけたくないって出て行ったラート様が、そんなことをさせるのかい?」
「まあ、ひとは時の流れで変わるものだし……」
「ちがう、それ! ボクがいいだしたんです!」
お客さんのざわめきに、ルカがさけびます。
「だって、ただのきょうだいより、ふたごの歌姫ってほうがぜったいぜったい人気でるから!
そういって、歌姫にしてもらったんだよ! お父さんはわるくないから!!
お父さんがほんとはラート様だったなんて……かくしてたなんて、おどろいたけど。
それもきっと、ボクたちのためなんだから!!」
ぱっとかけだしてお父さんをかばおうとすると、その体と衣装はみるみる縮んで、すがたをかえていきます。
ひっしでみんなのまえに両手を広げるころには、ルカはちいさなスーツをきた、かわいい男の子にもどっていたのです。
そのとなりに、リーナもならびます。
「わたしも、賛成したの!
ルカは、だから、いっぱいがんばってくれたの。
なのにわたし、そんなルカにやきもちやいて……
体がおっきくなって、声もかわりはじめて、いちばん、たいへんなのはルカだったのに……」
小さなドレスの少女にもどり、泣きながらルカを抱きしめるリーナ。
リーナのをあたまをやさしくなでて、なぐさめるルカ。
そんなふたりを、アトラお父さんはかんしゃをこめて、包むように抱きしめます。
「私のけなげな天使たちのために、リオン様たちがお力を貸してくれました。
錬金術師エレンさんにお願いして、変身の魔法をかけてもらって……
兄王モッフール様にお願いして、こんなすてきなステージを用意してくださったのです。
今日、皆さんがみたのは、未来から少しだけ遊びに来てくれた『リーナ・ルカ』です。
これからルカは本格的な声変わりを迎えます。リーナも、難しい時期に入るでしょう。
でも、いつかかならず、さっきの素敵なふたりになるのです。
それまで皆様、この子達の成長を、あたたかい目で見守ってください。
なにとぞどうか、よろしくお願い申し上げます」
ふかくふかく頭をさげた親子三人が、ゆっくりと顔を上げれば――
巻き起こったのは、まえ以上の大きさと、それ以上のあたたかさの大かっさいでした。