ちいさな歌姫・リーナのかなしみ
リーナは今日もそっと、キャラバンをぬけだしてあるきます。
いっしょうけんめいおさえても、かなしいなみだがあふれてきます。
やっぱりだめ。やっぱりむり。
だって、ルカのほうがだんぜんじょうずに歌えるわ。
声だって、わたしよりすきとおってずっときれい。
『ふたごの歌姫』なんて、やっぱりわたしには、むりだったのよ。
きれいな歌姫のドレスをぬいでしまえば、リーナはただの、10さいの女の子。
だあれも、きづいてくれもしないのです。
この国でいちばん有名な『ふたごの歌姫リーナ・ルーカ』のリーナだなんて。
すれちがうひとびとは、だあれも、こちらをみてくれません。
そのことが、リーナのむねをきゅうっとしめつけます。
やっぱり、わたしはいらない子。
わたしがたおれてしまったときも、ルカはひとりでりっぱにおきゃくさんたちを楽しませていた。
『なんて、すてきなうただ!』『それにとってもかわいらしいわ!』
まちじゅうのひとが、そういっていた。
これがわたしなら、こうはいかないわ。
歌も、声も、かわいさも。ルカよりずっとだめだもの。
気づけばリーナは、村のはずれのまたはずれ、おおきなガケのそばにいたのです。
下をみれば、目もくらむようなぜっぺき。
上をみれば、谷のむこう。『伝説のりゅう』がすむという、とがった岩山がそびえます。
これをみたリーナは、けしてしてはいけないことを、おもいついてしまったのです。
そうだわ。ここからとびおりてしまおう。
そうすればわたしはぺっしゃんこ。
ルーカのおまけのさえない歌姫も、こんなだめな女の子もやめて、じゆうになれるわ。
もし運わるくたすかったとしても、ここは『伝説のりゅう』のなわばりよ。
きっとわたしはりゅうに食べられ、この世からきえてなくなれる。
――リーナは、ほんとうにそうしたいのでしょうか?
いいえ、ちがいます。
リーナのねがいは、ルカとおなじくらいきれいな声で、じょうずに歌をうたうこと。
そうして、いつかだれかにふりむいてもらうこと。
『リーナ・ルーカ』のひとりじゃなく、この世でひとりの、リーナとして。
そのためにリーナは、何年もがんばってきました。
かみがたやドレスを、くふうもしました。
いっしょうけんめいためたおこずかいで、まほうののどあめを買ってみたりもしました。
もちろんれんしゅうも、いっぱいいっぱいしてきました。
それでも、やっぱりルカはリーナよりかわいくて、すてきな声で、歌もずっとうまいのです。
みんなが『そんなことないよ』といってくれても、リーナにはわかります。
いっぱいいっぱいがんばったからこそ、リーナにはわかってしまうのです。
キャラバンのみんな、いつもありがとう。
ルカ、だめなおねえさんでごめんね。
そしてごめんなさい、おとうさん、おかあさん。リーナはもう、がんばれません。
目のまえがなみだでくもります。
リーナにはもう、なんにもみえません。
ふらふらと、“転落防止”とかかれたさくにちかづき、ふるえる手をかけました。
そのときです。
雨風でいたんでいたさくがこわれて、リーナはいきなりまっさかさ。
どんどん流れていくけしき、とめどなくおちていく感覚に、なにがあったのかをさとります。
こわさでからだがすくみます。
いやだ、やっぱりこわい。しにたくない、しにたくないよ!
そのとき、なにかやわらかなものがリーナをうけとめました。
それはまっしろで、もふもふとした、いちめんのきれいなけなみ。
あたたかなそれにつつまれて、リーナは気をうしないました。