第二話 運び屋
「『クロ』、お仕事の時間だよ」
彼女がそう言った瞬間、黒い箱は自らゆっくりと蓋を開き始めた。
その瞬間、先ほど仕留めた死体が音もなく浮き上がり、その箱にするりと吸い込まれてしまった。
その後、再びゆっくりと蓋を閉じてしまった。
「相変わらず君の固有武装は凶悪だね。そういったタイプのものは制限がないと聞いたけど?」
「あなたのものと比べたらよっぽど可愛らしいものなのね。それに制限がないわけじゃないのね。数や重さにも限度があるのね」
固有武装。人の魂を魔力によって疑似的に具現化し、形状化させたものの事を指す。
人の魂の形は様々であり、例えば剣であったり弓であったり、先ほどの黒い箱や鎧、中には生き物を形どるものだって存在する。
そんな固有武装も魔力で作られているだけあって、様々な能力を持っている。
例で挙げれば火を出したり、雨を降らしたり、風を巻き起こしたり、雷を落としたり。
先ほどの黒い箱が人を吸い込んだのも、能力の一つである。
基本的に固有武装が持っている能力は二つから三つまでであり、それ以上はいまだ確認されていない。
能力を一つしか持っていない固有武装は非常に強力な能力を持っていることが多く、そういった固有武装を持っている者たちをまとめて”シングル”と呼ばれている。
閑話休題。
「さてと。仕事も終わったことだし、私はさっさと帰るのね」
彼女はそういって『クロ』を背負っていたリュックの中にしまう。
「あなたもさっさと家に帰ることね」
彼女はそう言ってさっさとこの屋敷から出て行った。
僕もいつまでもこの屋敷にいても意味ないので帰ることにする。
「あっと、その前にメールだけ送っとかないとね。『任務完了。これより帰投する』っと……」
さて、メールも送ったし、さっさと帰りますか。
* * *
「ただいまぁ~……」
音をたてないようにドアを開け、小さな声で呟く。
現在の時刻は午前2時50分。世間は寝静まっている時間である。
我が家も例外にもれず家の中は真っ暗であり、みんな寝ていることは容易に想像できる。
物音をたてないように注意しながら二階にある自分の部屋に戻る。
「随分と遅くまで遊んでたみたいね、涼?」
侵入任務、失敗。
ゆっくりと後ろを振り向いた瞬間。
修羅の顔を浮かべる姉の姿を最後に、僕の意識は闇に落ちていった。
「あいたたた……まだ足が痺れてるよぉ……」
気を失っていたのは10秒くらい。
姉に叩き起こされ、床に正座させられて長々と説教をくらって、やっと今お許しを得たところである。
ただいまの時刻は午前6時。帰宅してから3時間近くも土下座させられていたのか。
我が姉ながら恐ろしいものである。
「まったく、お陰で一睡もできなかったじゃないか。
それにしてもまだ出発するまで2時間もあるのか……どう暇をつぶすか」
仕事着は姉に奪い取れられたので、この時間帯に寝間着に着替える必要も感じられず、仕方なく制服に着替えていた。
そう、制服である。
そういえばまだ僕の名前と年齢を晒してなかったね。
僕の名前は織華 涼。今年で16歳になる。
そう、世間一般でいう高校一年生である。
今日、僕は日本に七つある魔法学園の一つ。
八王子第参魔法学園に入学する。
さて、なぜ魔法学園に入学することになったのか、それは今から約一か月前に遡る。
* * *
「はぁ? 魔法学園に進学?」
僕は冗談だろ、という表情をありありと浮かべてオウム返しに聞く。
「ああ。お前には魔法学園でやってもらいたい仕事がある」
正面に座る女が、腕を組んで僕に告げる。
この目の前に座る女は、僕の所属している組織のリーダー的存在であり、僕含めほかのメンバーも彼女のことを”リーダー”、もしくは”団長”と呼んでいる。
リーダーもほかのメンバーも、僕なんかよりもよっぽど修羅場を潜ってきた歴戦の猛者であるのにもかかわらず、僕なんかに頼む依頼って何だろうか?
「相変わらずお前は自己評価が低いな。それはお前の美点でもあるが、同時に改善しないといけないところでもあるぞ」
「今はそんな話をしている場合じゃないだろう? 魔法学園に入学だなんて、いったいどんな仕事なんだ?」
リーダーはそこで一つ溜息をついた。
「お前に入学してもらいたいのは、東京にある八王子第参魔法学園だ」
「八王子第参魔法学園……」
「そうだ。その学園で奇妙な噂が流れ始めてな。なんでも、ある特定の時間になると奇妙な魔力が感知されるらしい。不審に思った警備員がその魔力を辿って学園内を探索してみるも、まったくもって原因がわからない。不思議に思った警備員は魔導警察に連絡し、協力して捜査してみたらその学園の下に異空間が生まれていることが判明した」
そこでリーダーは言葉を区切り、お茶で唇を湿らせてから再び口を開く。
「異空間が発生していることが分かったのは良いものの、異空間に入るのは非常に困難なことはお前も知っているだろう」
「まあ、そりゃあ常識だからね」
異空間とは、空気中に含まれる魔素がたまりにたまってできたものである。
異空間内にある魔素は外界の魔素と比べ物にならないほどに高く、人が異空間に入るのは非常に困難であり危険である。
それでなくとも異空間に入るすべそのものが確立しておらず、空間に左右する魔法を持っている人間にしか入れないともいわれている。
「その話から察するに、僕に異空間の中に入ってこいとでも言いたいのかな?」
「察しがよくて助かるな。その通りだ」
僕はため息をついた。
「あのねぇ。言うまでもないと思うけど、僕だって人間だ。超人じゃない。できることにも限りがあることはあなただってわかっているとはずだけど?」
「そんなことはわかっている。それでもメンバーの中で一番お前が異空間の中に入っても問題がない人間だ。ここまで言えばわかるだろ?」
「…………もしかして秘密兵器を使えとでも?」
「ああ。お前の力なら特に問題なく侵入できるだろう」
確かに異空間の侵入に関して言えば真剣に考えたことはある。
だが、僕の秘密兵器は代償が必要なものなのだ。その代償がどれほどのものになるか明確になっていない以上、それを実行に移すのは非常に危険である。
「……代償がどれほどのものになるかわからないから、非常にやりたいくないんだけど」
「もちろんタダでとは言わない。報酬はいつもの5倍は出そう」
正直、グラッと来ないわけではない。
今までの報酬の5倍ともなれば、相当の額になるはずだ。
そこまでの報酬を用意してまで僕に仕事を任せるなんて、よっぽど他になにかあるんだろうね。
「一体、何そこまでして必死になってるの? 別に僕じゃなくても他に仕事を依頼すればいいじゃないか。そもそもの話として、今まで異空間が発生しても特に問題はなかったはずだ。そこまで高い報酬を用意してまで僕に仕事を依頼するのはどうしてなの?」
ここまで言うと、流石に隠し切れないと思ったのか、リーダーは大きいなため息をついた。
やっぱり何かあるんだね。
「今回の異空間はこれまでの異空間と異なるところがある」
「それは?」
「同じ場所に何度も出現しているということだよ。知っての通り、今までの異空間は一度発生した場所にはほとんど発生しない。だが今回の場合は違った。周期そのものは不規則であるものの、同じ時間帯に同じ場所で異空間が発生している」
つまり、何者かが意図的に出現させている、ということなのか。
「もしくは異空間内部に存在する何か、だな」
「なるほどね……あんたたちが急かす理由が分かったよ」
他所に依頼して事が済むのを待つより、僕が直接向かったほうが早いという結論に至ったのだろう。
「わかった。この仕事、引き受けさせてもらうよ」
「ほんとか!?」
「うん、別にほかに急ぐ仕事もないし、魔法学園自体には少し興味は持っていたからね。いい経験だと思ってやらせてもらうよ」
ま、代償がどれほどのものになるかわからないというのが、懸念事項だけど。
「涼……ありがとう」
「お礼を言うのは、仕事をちゃんと完遂してから言ってほしいな」
* * *
とまぁ、以上が魔法学園に入学するきっかけである。
それなりの危険を伴うものであるし、僕の負担もかなりものとはなるものの、その分の報酬もよいものなのでそこは割り切っておく。
「それにしても……」
僕は袖を通した制服を姿見で確認し、ため息をつく。
黒を基調にした、シンプルなデザインのブレザーにズボン。
どこの高校も似たようなデザインなのだろうが、ブレザーの胸ポケットに刺繍された校章が非常に目立つ。
六角形の枠の中に天使の片翼のようなものが描かれ、その上から剣が突き刺しているものである。
ベースが黒色なので、そこにアクセントのように金色の校章は非常に人の目を引く。
僕の性格上、あまり人の気を引きたいほうではないので、こういう刺繍は非常に迷惑である。
「これが金じゃなくて白だとか赤とかならまだそこまで目立たなかったのになぁ」
まあ今更これに関して文句を言うのもアレなのでここまでにしておくが。
閑話休題。
魔法学園に入学するにあたって、事前に学園から制服以外に渡されたものがある。
それは制服を除いて三つあり、
一つ目が学生手帳である。
紙ではなく電子媒体で、スマホのような形状である。
非常に多機能であり、校則の記載や電話、アプリなど様々な機能が積まれている。
学生手帳は学園に存在するすべての教室に入るために必要な媒体でもあるため、なくすと再発行に非常に高い金がかかる。
二つ目は体操着である。
まあ大体察しはつくだろうが、この体操着も普通の体操着などではない。
デザインや形は普通の高校と同じようなものなのだが、使われている素材が全く異なるのである。
詳しい名称は忘れたが、確か非常に強力な繊維を使っており、軽くて丈夫がモットーだとかなんとか。
防弾・防刃に優れており、伸縮性も高くてどんな動きをしても繊維が切れたりすることはないという。
魔法学園とは言っているものの、魔法だけではなく肉弾戦の実技も行うらしい。
確かにどれだけ強力な魔法が扱えたとしても、接近戦に持ち込まれると役に立たなくなるというケースは少なからず存在する。
それを見越して、生徒たちにも魔法以外の戦闘手段を与えているのだろう。
まぁこのご時世、魔法だけを扱う人なんてよっぽどの大馬鹿か、あるいは魔法だけですべてが事足りてしまうほどの力を持った人のみだ。
ほとんどの人は魔法以外に戦闘手段を持っているだろう。例えば銃とか、剣とか。
まあ少し脱線してしまったが、そういう理由で特殊な体操着を扱うのである。
そして最後。三つめが電子記憶媒体―――通称NOTEである。
これは紙媒体であった教科書などがすべてデータとして保存されており、同時にノートとしても扱えるという代物である。
大きさはノートパソコンほどで、薄くて軽く、持ち運びも楽というのが売りらしい。
以上の三つが学校から送られてきたものである。
このお金がたくさんかかってそうなアイテムが入学する生徒全員に、無償で配られるのだから驚きである。
「流石は良家のご子息たちがこぞって入学する学園なだけはあるよねぇ……」
これだけ金のかかるものが全て無償だなんて、何か裏があるのかと勘ぐってしまうものだが、卒業後でも問題なく使えるらしいので貰っておく。
「涼〜、ご飯できたから降りてきなさーい」
おっと、もうそんな時間か。
それでは眠気覚ましに朝ご飯といきますか!