第5話 新たなる羊③【骸骨視点】
「あいつらを野放しにする方がよっぽどハイリスクじゃないかな? Fランクは未知数だし、オメガも未知数。この先どんな邪魔をしてくるかを考えたら、今すぐにでも殺すべきだと思うな? 居場所が完全に分からなくなるうちに」
「アンタにしてはマトモな意見ね。ただの願望ではなく、理由があるなら別に無理強いはしない。追いたければ追えばいいんじゃない? 但し、いばら姫と骸骨は駄目」
「理由を聞いても?」
いばら姫ちゃんは尋ねたくせに興味なさそうな顔をしている。
「万が一アンタが殺されても誰もアンタの代わりはできない。骸骨もしかりね。リリーとヒコ助と私は最悪、替えがきく。死んでもいい人間であれば、ヒコ助とリリー、ヒキガエル。アンタたち三人だけであいつらを追いなさい」
「えー、いばら姫ちゃんの《自在転移》なしで?」
「いばら姫と骸骨は最後の保険よ。ある一定の空間を瞬間的に移動できる《自在転移》と、死者を蘇生する《冒涜生誕》は絶対に失えない異能」
「それを言えば私の《発狂密室》もじゃん!」
「これ以上の口論をする気はない。従えないのならアジトに戻って大人しくしてればいい。嫌ならヒコ助達とあいつらを追えばいい」
「うわー、出たダブルバインド。まいいけどさ。じゃ、私は行くけど、ヒキガエル君はどうする? ていうか、いつまで“その姿”でいるつもりなの?」
ヒキガエルは殺人カリキュラム中、冴えない白衣を着た中年の姿をしており、発言もなかなかせず存在感がなかった。透さんの指示で本来の姿をしてはならないとあったと聞いているが。
「僕は、べつに。まだおなか減ってないし。そもそも興味ないし」
「うわー、相変わらず冷めてるなぁ。そこがまたソソるんだけど。あとさー、ヒキガエル君って長いからヒッキーって呼んでもいい?」
「それだとただの引きこもりみたいだけど、べつにどうでもいいや。呼び方とか」
無感動。無関心。無感情。淡泊で冷淡。《赤い羊》のメンツにしては大人しい人物だ。だが彼が自らの“空腹”を一瞬でも意識すれば、速攻で生贄を用意する必要がある。ライオンと人間は一緒には暮らせないという話だ。暫く僕は無能だからなー、気を付けないと。
「じゃあ、オナヒコはどうする?」
「勿論、追えるのなら追う。つーか、オナヒコって呼ぶなクソビッチ」
ヒコ助は忌々し気に舌打ちする。
「お? 行く? いいねえ。“捕まえた後”を考えるともう私それだけでイっちゃいそう」
「俺もだリリー、ケケケ」
拷問狂と戦闘狂が肩を並べ、紫色の翼を生やし、オメガ達の方へと消えていく。
「血の気の多いことで」
僕は肩をすくめるのみ。今はただの無能力者だ。頼りになるいばら姫ちゃんと花子ちゃんに守ってもらうとしよう。主にヒキガエル君から。
「では、いばら姫。せっかく残ってもらったのに聞くのもなんだけど、“まだ”使えるわよね?」
「骸骨に無駄遣いさせられたけどまだ大丈夫よ。でもまぁ、その前にやることがあるんじゃない?」
「それもそうね。ヒキガエル、アンタ今回全く働いてないんだから少しは役に立ちなさい。“この異能”はいばら姫でも使えるけど、アンタ今回何の役にも立ってないから」
花子ちゃんはヒキガエル君に毒づく。
「あー、うん」
ヒキガエル君はいつの間にか携帯ゲームの、キノコでダッシュできるレースゲームで遊んでいた。花子ちゃんの声掛けにどうでもよさそうにうなずくと、画面に目を釘付けにし、左手だけでレースゲームの操縦をこなしながら、右手を空へ掲げる。
《証拠隠滅》――ショウコインメツ――
パープルジェネシスがヒキガエル君の右手から放出され、それは空全体を覆い、冬空学園全体へ雨のように降り注いだ。すると、ゆっくりと“生首の死体”が透けていき、消滅していく。殺した相手の死体どころか生まれた“因果”すら消滅させる、ある意味殺人よりも罪深い能力。《証拠隠滅》を受けた死体は、過去に遡ってその存在ごと消滅させられる。簡単に言うと、“生まれたことそのもの”を無かったことにされる。親、友人、恋人、消滅者に関する全ての交友者はその消滅者に関する記憶が消え、戸籍なども過去に遡って消滅する。死体愛好家としては許せない異能だが、犯罪者にとっては最高の異能力だとも言える。但し、生きている人間を消滅者にすることはできず、消滅できる対象は死体のみ。また、消滅者に対する記憶はジェノサイダーからは消えない。つまり、殺人カリキュラムで殺しあった生徒がいたとして、殺した相手の記憶は消えないが、殺した相手の家族等からは殺した相手の記憶が消えているということになる。まー、この辺はややこしいが、結論として言えるのは、《証拠隠滅》という異能がある限り、世論や法律は僕ら《赤い羊》を認識しないということだ。これだけ好き勝手やっても、犯罪行為が表沙汰にならない限り僕らは善良な市民なのだから。
まーいずれは? こんなちょこざい異能なんか使わずに滅茶苦茶派手なことをするつもりだけど。それは、まだ時期じゃない。
「それにしても、もったいないなー」
そう呟かずにはいられない。生首だけでも“使える”のになぁ……。
「それじゃあ行きましょうか、皆さん手を繋いで」
いばら姫ちゃんの掛け声で我に返り、しぶしぶ僕らは仲良く手を繋ぐ。
《自在転移》――ジザイテンイ――
眠りし元黒き殺人鬼の王と、それを殺した男の”二人”を連れて。
あー、こんなに死体があるのに僕の異能が使えないのマジで勿体ないなー。生首だけでも素材としては使えるのになーと何度も名残惜しく思いつつ、冬空学園から離脱した。
――――この時。無理にでもいばら姫ちゃんをリリー達と行動させていればとふと思うことがある。
透さんの”二つ目の誤算”。”ほぼ”あり得ない可能性が的中してしまった。
殺人カリキュラムが生み出してしまった言語化することすら烏滸がましい真正の怪物。その萌芽にすら気づけなかった自らの愚かさに気付く日は、そう遠くはなかった。
やはり透さんは正しかった。《帝王抱擁》。その異能の真価に、まだその時の僕は気付いていなかった。




