第4話 Fランクの怪物㉗
「や、約束が違うぞ透っ!」
「悪いが、今の僕に礼式を重んじる余裕は無い。百鬼零を迷わせるのはいつだって君だ。ここで死んでもらうよ、白雪セリカ」
透は俺に目もくれず、白き翼を生やした天使のようなセリカを凝視し、その剣で思い切りセリカの胴体を斬ろうとしてくる。
「キルキルキルル」
セリカが唱えると、セリカの右手に純白の盾が現れ、それは――――
ガキンと、”音”を立てて止まる。透の剣が、止まる。セリカの盾に阻まれ、セリカを攻撃出来ない。おかしい。セリカの盾は、どんなジェネシスも透過する意味の無いモノの筈では?
「…………馬鹿な。ジェットブラックは最強のジェネシス。SSSを、阻むというのか」
「…………」
セリカは無言で透を見返す。
「Fランク。ピュアホワイトの、最弱のジェネシスの……筈なのに」
透は呆然とセリカを見据える。理解出来ないものを見るような、そんな目で。
「透、うろたえない。こういうのは不意を突いたスピード勝負でしょう?」
いばら姫はいつの間にかセリカの背後にいた。俺は庇うように一歩前に出るが、間に合わない!
「ふふ」
いばら姫の笑い声と、肉を抉る鈍い音。
「ぁ、ぁあ、ぁぁあ……」
セリカが唇をぱくぱくさせ、右手から血があふれ出す。白き盾を、紫の剣が穿ち、手の甲まで貫いていた。そして一瞬でセリカの首筋に手刀を叩き込み、気絶させる。
「……いばら姫のジェネシスによって凶器化された剣は防げない。SSまでに対しては異能化も透過するが、SSSだけは例外なのか……。つまり凶器化と凶器化が衝突した場合、Fが防げるのは、SSSだけ、か。なんとも忌まわしいジェネシスだな。まるで、SSSを殺す為だけのジェノサイダーみたいじゃないか」
透は初めて怒りを滲ませた声で、セリカを睨み付ける。全てを見下していた男が、好敵手に向けるような目で、セリカを睨んでいる。
「《守護聖女》、どんな凄い能力かと思ったら、大したことないわ。喰らっても、無効化される時間は5秒程度。そんな短時間では、私達は殺せないから」
いばら姫は嘲笑するが、透の焦燥した雰囲気が消えることは無い。険しい顔で、なにやら黙考している。くっ、セリカを奪還するなら今しか無い!
「セリカ!」
俺は慌てて駆け寄るが、セリカから阻むように透が俺の前に立つ。
「透ゥゥ!」
「そうか、そういうことだったのか。君はとっくに怪物だった。それを、その白い怪物がコントロールし、飼っていたんだね。だから、こんなコトが起きる。だから、オメガも失敗作にならざるを得なかった。全てはこの、白い怪物が規格外だったせい、か。納得した」
「返せ、セリカを! セリカを返しやがれぇぇええ!! ルール破ってんじゃねええ! 花子を殺させろォォオオ!」
「Fランク。最弱なんてとんでもない。化け物だ。正真正銘、あらゆる悪を喰らい尽くす……本物の怪物」
「――――兄さん」
全員がセリカに注目している中、それでも結は“冷静”だった。気配を殺しながら、そっと俺の背後から声をかけてくる。
「なんだ」
俺も小声で応じる。手がもう無い。透に出てこられた以上、俺はもう何も……っ。
「セリカを、助けたい?」
何を当たり前のことを、という質問だが、その問いには切実なものがあった。結は悲しさと優しさの入り交じった、複雑な笑みを浮かべている。
「結……。ああ、助けたい」
「その為に、兄さんは何が出来る?」
「何でも、出来る……っ」
横たわるセリカを見て、胸に痛みが走る。SSになる為とは言え、さっきまで殺そうとしていたのに、そのあまりにも無防備な姿に胸が張り裂けそうになる。
「……そっ、か」
結は諦念染みた微笑を浮かべ、俺の額に自分の額を当ててくる。まるで恋人のように、俺たちは見つめ合う。
「いいよ、兄さん。兄さんの望むこと、全部私が叶えてあげる」
まるで我が儘な子供に向ける母親のような、そんな優しさと慈愛の入り交じった笑みを結は浮かべる。結の長い黒髪から、仄かに甘い匂いが香る。結からはグレイジェネシスがゆらゆらとあふれ出していた。
「結……お前……どうして、俺の為に、そんなに尽くしてくれる……?」
思えば、いつだってそうだ。俺の為に料理を作り、片付けをしてくれ、身支度を調えてくれ、時には勉強すら教えてくれて、何でもやってくれる。嫌な顔一つせずに、いつだって笑顔で俺の為にまるでメイドのように尽くしてくれた。
考えないようにしていたが、それは妹としては異常なこと。とても異常なことだ。
「愛してるから、かな」
不器用な笑みを浮かべ、結はそっと唇を近づけてくる。俺は逆らいがたい重力に引かれるように、結の唇を受け入れていた。
とても柔らかく、甘い、けれど……鮮烈のキス。
俺も、結も、目を閉じていなかった。
うっとりと結は俺の目を見ていた。その姿に思わず身体が反応してしまう。俺の身体が反応したのを見て、結が嬉しそうに頬をほころばせる。
結の舌はまるで俺の存在を根こそぎ奪うように俺の舌に絡みつき、まるで蛇の雌雄が睦み合うかのように舌が絡み合い、息をする暇すらないほど密着し、抱きしめてくる。脳まで痺れるような、激しく甘いキス。唾液が、甘い。兄妹で、こんなこと……と思うのに、その背徳すらゾクゾクするほど気持ちいい。そのあまりにも黒い快感に、気が狂いそうになる。溺れていく……。
永遠に、永遠にこの背徳の時間を味わっていたい……と、そう思うことは罪なのか。
――――そのキスは、まるで麻薬だった。
一度知ったが最後、もう二度と戻れない禁忌の味……。
普通の交わりとは違う。自分が壊れていくのを感じる破滅的なキス。と同時に、自分が結を壊しているとも思う。お互いに壊し合い、狂い合い、溺れ合い、どこまでもどこまでも堕ちていく。 これは禁忌の口づけだ。俺は自分が狂っていくのを確かに感じていた。
結から、紫色のジェネシスがあふれ出す。
《絶命呪殺》――ゼツメイジュサツ――
結の両指が俺の両指に絡みつく。無限に、力が、あふれ出していく……。
「――――っ」
「……っ」
余韻をたっぷりに残し、切なそうな目をした結と唇を離す。
「……ゆ、い」
頭が、ふわふわする。鮮烈すぎるキスとその余韻で、認識能力が低下しているのだ。
「…………この刹那の為に、私は、生きていたのかもしれない」
結は嬉しそうに涙を流しながら、俺からゆっくりと離れる。
「《絶命呪殺》の効果は、15分後に死ぬ代わりに、ジェネシスを1ランクだけ上昇することができる異能。SSランクの兄さんは今、15分だけSSSになれている。この異能は、私がSSランクになった時だけに使える能力。私がSSになるトリガーは、兄さんと性的に繋がること。全て分かっていた。全て分かっていたけど……私は何も出来なかった。ハハ、だから、失敗作なんだね……私は」
結は乾いた笑いで、うつろな目でどこか遠いところを見つめている。
「結……」
「私の《刹那淫夢》と少し似てるわね? 私達、気が合うかもしれないわよ? オメガ先輩」
クスクスと笑ういばら姫の声が響く。こんなときでも笑ってるアイツは本当にふざけた女だと思う。
「15分……あれば、十分だ。結、ありがとう。苦しませたな、ごめん」
「……っ」
俺の言葉に、結は泣きそうな顔で微笑う。
「…………オメガ、やってくれるね。このタイミングで一線を越えてくるか。兄が死んでもいいのか?」
透が、忌々しげに結を見据える。
「この状況で私達に勝機はない。取れる手段はこれしかない。そして、兄さんは“セリカを救う為なら何でもやる”と言った。兄さんの望みは私の望み。だから、どんな手を使ってでも叶える。たとえ兄さんが死んでも、兄さんの願いは私の願いだから。これでいい」
微塵も動じることなく、結は真っ直ぐに透を見返す。
「……大した覚悟だね。変わったな、オメガ」
「その名で私を呼ぶな、透。私の名は、百鬼結だ!」
「…………ふ、ふふ、ハハハハハハ!」
透は高笑いする。
「最高だね、君たちは。もはやサンプルとは呼ぶまい。僕の生涯をかけて殺すべき、宿敵だ」
透は笑いながら剣を構え、その一歩を踏み出してくる。これから始まるのは、怪物を越えた怪物との一騎打ちだ。一瞬の躊躇で死ぬことになる。
「――――結、セリカを頼む」
「……うん」
結は悲しげに、そして優しげに微笑み、パープルのジェネシスを翼に形態変化させ一瞬でセリカを両手で抱っこすると、撤退しようとする。
「ふざ、ふざけないでよ……。何、勝手に、零を殺してんの……? ふざ、け、るなあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
花子が激昂し、すかさず結とセリカを殺すべく剣を構え異能を使おうとジェネシスが迸る。




