第4話 Fランクの怪物㉔
ずっと考えていた。《赤い羊》に勝つ為には、どうすればいいのかを。
これは、賭けだ。
自分の狂気を、信じるしか無い。
百鬼零くん。戦って思ったが、君はまだ、境界線を越えることに躊躇してるみたいだ。大好きな女の子を自分の手でぶっ壊すことに、迷いがあるんだね。だが、それでは僕らには絶対勝てないよ。越えろよ、一線を。でなければ、透さんや花子ちゃんに玩具にされて殺されるだけだ。
思い出すのは、骸骨の言葉。
一線を越える。それは、人間を辞めるということだ。
そして、越えた後、また人間に戻れる保証はない。むしろ、そのまま人間を辞めたまま終わる可能性の方が、遙に高い。
――――だが。ここで何もしなければ、確実に終わる。
ならもう、やるしかない。やるしか、ないんだ。
俺は、《赤い羊》を越える、殺人鬼になる。
それしか、花子を、透を、殺す道はない!
「セリカ、今からお前にすることは、お前を殺すことに近い、最悪の行いだ。予め言っておくが、本当に死ぬかもしれない。だが、もう、これしか思いつかない。花子を殺すには、もうこれしか道は無い」
「……先輩」
セリカは一瞬怯えたような顔をするが、やがてゆっくりと頷いてくれる。
「信じます、先輩を。たとえどんなことになろうと、それでも……私は、先輩を信じます」
真っ直ぐに俺を見て、全てを俺に委ねてくれる。そのセリカの善意が、とても愛おしいと同時に――――
――――邪魔だ。と思う。
その善意が邪魔。だから越えられない。一線を。お前が俺を、閉じ込めている。だから、それをこの手で終わらせる。
「兄さん……」
結が、不安そうに俺を呼ぶ。俺は、悲しい笑みを浮かべ、結を見つめる。
「……もし、失敗したら……その時は、お前が、俺を殺してくれ」
「……え? それって、どういう――――」
結の問いに答えている暇は無い。俺は作戦を実行に移す。
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
俺はスカーレットジェネシスを異能化し、セリカの全身を拘束する。
「――――っ!」
セリカは怯えたような目で俺を見て、小さく悲鳴を上げるが、それでも俺を信じ切った目をしている。これからお前にすることは……リリーとそう変わらないというのに……。
「セリカ、俺は、ずっと、お前のことを……」
俺はそう甘く囁きながら、セリカの白い首筋に両の指を這わせる。俺の指にゾクゾクと身体を震わせ、セリカは甘いと息を漏らす。
「殺したいと……そう、思っていたよ」
殺意を、込めて、強く絞める。
セリカを、殺す。
この手で殺す。
血に酔え。殺意に酔え。セリカに酔え。恋に酔え。愛に酔え。殺意に酔え。歓喜に酔え。
「ッッッッ――――」
声にならない悲鳴を上げ、セリカが苦しむ。その顔が、とても可愛い。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
「ひゃはっ、ヒャハハッ、あひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!」
気付けば俺は、泣きながら笑っていた。
死にそうな程に苦しみながら、終わっていくセリカ。その小さな小さな命を、俺はっ、俺はっ! ハハハハハハハ! 死んじゃう、死んじゃうなセリカァァ! このまま死んじゃうなセリカ! 俺に、信じてる俺に殺されて、死んじゃうなセリカァァアアア!
俺から溢れていたスカーレットジェネシスが、パープルへと変色する。
「っ、ん、ぁ、ぃ……」
セリカは小さな小さなか細い声で、せんぱい、と、俺を呼ぶ。それが、たまらなく可愛い。
恨めしげな目で俺を呪うかと思ったが、しかしセリカは微笑っていた。
「……っ、なんで、お前、笑って」
「 き、です」
「殺され、ながら、お前、何を……」
「…………」
自分の首を絞める俺の両手に優しく手を添え、愛おしげに見つめてくるセリカ。ああ、本当にお前は……お前という女は……っ。
俺はセリカの首から手を放す。セリカからは、純白のジェネシスがあふれ出していた。しかもとてつもなく、量が多い。まるでプールの空間全てを覆うような、あまりにも多すぎるジェネシス。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
その霧にようなジェネシスが、一瞬で超巨大な女神像の形となり《発狂密室》を透過し、《赤い羊》メンバー全員に回避する暇も与えず直撃させる。
「……馬鹿な」
透が、呆然と呟く。何が起きたのか、理解出来ないという顔だ。
「…………何、その、ジェネシスの量」
花子が警戒したようにセリカを睨み付ける。《赤い羊》の殺人鬼全員のジェネシスが完全に霧散していた。超広範囲の、ジェネシス無効化の力。それは、全ランクを越えて脅威となる。それは《赤い羊》だろうが、SSSランクの透だろうが、例外では無いのだ。
「……白雪セリカ。君は危険過ぎる」
常に超然としている透の声に僅かな焦りが滲むが、そんなことはもはやどうでもいい。
俺は唇を舐め、自分の唾液を飲み下す。が、足りない。自分の唾液なんかじゃこの渇望は満たせない。自分の手首を嚙みちぎり、血をすする。
「じゅる、じゅる」
舌で自分の血をころがし、嚥下する。熱く、酸味がある。それで僅かながら満足感を誤魔化すが、やはり足りない。どうすれば、この渇望は満たせるのだろう?
――――答えは一つしか無い。
「はぁぁぁ…………」
俺はうっとりと目の前の花子を見据える。俺がこれからコロス女。
一体、どんな声で、悲鳴を上げ、
どんな血の味がして、どんな顔をして、
どんな呪いの言葉を残し、どんな風に無様にのたうち回って死に逝くのだろう?
屠殺されるブタよりも、宙に吊らされる囚人よりも、公道で轢き殺される野良猫よりも、哀れに哀れに殺してやろう。
あぁ……それを想像しただけで、もうたまらない。
「キル、キル、キルル」
腸を生きたまま引きずり出して眼球摘出して犯して限界まで傷みつけてバラして心臓の位置にかかと落としを何度も何度も何度も何度も何度も何度もやって、限界まで傷めつけて、ゆっくりと甘美に殺そう……。
ソレガイイ。
「くふ、ひひ、ふははっ」
「…………ゾクゾクする殺気。殺気だけで気が狂いそうになるなんて、零。あなたは本当にどこまでも、悪魔のような素敵な男よ。……ふふ」
俺はゆらりと花子のもとへ、ゆっくりと歩き出すのと同時、花子もその一歩を踏み出した。




