第4話 Fランクの怪物㉓
「先輩……」
「セリカ」
セリカはまるでガラス玉のような澄んだ瞳で俺のことを見つめている。結の背中から降り、俺の元まで駆け寄ってくる。
「兄さん、まさかとは思うけど――――」
「結、少し黙れ」
俺は結に命じると、結は目を見開いて俺を見つめ、口を閉ざした。
「怖い……顔」
セリカはそんなことを言って、俺の頬に手を添えてくる。恐れているくせに、慈しんでもくれる。奇妙な女だ。だからこそ、俺も最後までお前のことを……いや、もういい。それはもういいんだ。
「花子に、勝てません……でしたね」
「ああ、そうだな」
「でも、私に悔いは無いです。精一杯抗った。だから、もう……いい。死にましょう? それが一番良い選択だと思うんです」
セリカは諦めたように微笑している。以前までの俺ならセリカに深く共感したのだろうが、今は何も感じない。いや、意図的に感じないようにしている……といった方が正しいか。
「そうも……言ってはいられないんだ、セリカ」
あいつらには死体を操る能力者……骸骨がいる。俺たちは死体になっても、あいつらの玩具。それこそ、死というゴールすらない永遠を彷徨い続けることになるんだ。
だが、それを説明しようとは思わない。外道の思考など、セリカに片鱗すら理解出来る筈が無いからな。
「……先輩は、まだ諦めてないんですね?」
「ああ」
「…………でも、先輩がやろうとしてることは」
セリカが目を伏せ、そして俺を見据える。
「っ」
それは、良心を捨てた俺ですら、息を呑むほどの強い瞳。
「悪、ですよね」
何故か、セリカは不敵な微笑を浮かべていた。
善を信奉する弱者でありながら、悪を魅了する強者。
「善では悪に勝てない。悪を討てるのは、それ以上の悪だけだ。それが、俺の出した結論だ」
「悪を討てるのは、それ以上の悪だけ……。それが、先輩の結論なんですね?」
「ああ」
「分かりました」
セリカは何か覚悟を決めるかのように大きく息を吸い、吐き、頷いた。
「私の命を、先輩に捧げます」
そう言って、セリカは俺の手を両手で優しく包み込み、自分の首へと誘導する。
「…………気付いていたのか? 俺が何をしようとしていたのかを」
「透との会話で、薄々は」
「それだけで、そこまで察せられるか? 普通」
「思い出したんです。先輩が、あの日、私がレイプされそうになった日、助けてくれたことを。今までそれを忘れていた、ううん、忘れようとしていた。けどそれは、先輩が悪魔のような顔で男を殺そうとしていたことを……恐れていたから」
「……そんなことも、あったな」
「でも、恐れていながら、私は……とても愛しい人だと思ったことを、覚えてます。あの時からなのかも、あなたを好きになったのは」
「あの時のことは、俺も忘れようと努力してたよ。そうか、もう全部思い出してるんだな」
「うん。先輩が生き物を沢山殺して愉しんできたことも、人を殺そうと笑っていたことも、全部。でも、どうしても嫌いになんてなれない。そういうの全部ひっくるめて、大好きって思える……。不思議、だね……人が、人をここまで思えるってことが、とても不思議」
「…………」
「だから、先輩になら……殺されても、私に悔いは無いよ」
笑みすら浮かべ、セリカは俺の目を真っ直ぐに見据えている。
俺だけが覚悟を決めたと思っていた。
だが、セリカもまた、覚悟を決めていたのだ。
……そう、SSへ至る為には人の心を捨てなければならない。
良心を捨てた先に、本当の闇がある。そこに、《赤い羊》はいる。俺も、そこへ行かなければならない。
その為に最も有効な手段は、セリカを殺すこと。
もしくは、殺そうとすること。
何故なら、俺の良心とは、セリカ以外の何者でもないからだ。
「あなたは悪魔みたいな人です。でも……愛してます」
慈しむような微笑を浮かべ、セリカは俺の目を見つめてくる。その瞳はあまりにも澄み過ぎていて、宇宙のように引き込まれるような錯覚すら、覚える。
「…………セリカ。ほん、とうに、お前は……罪深い女だ」
俺はそう言って、セリカの首筋に手を添える。
セリカは息を止め、覚悟を決めたかのように目を閉じる。
これは、賭けだ。
俺がセリカを殺すのが先か。
俺がSSへ至るのが先か。
セリカが死ねば、俺はもう確実に引き返せない。その時の俺は、人間以下のゴミだ。
戦う意味すら消える。
だが、もし、
セリカが死ぬ前に俺がSSへ至ることが出来れば――――
――――花子を殺せる。




