第4話 Fランクの怪物⑲【百鬼結視点】
「……自己に対する視点を四つに分類する心理学用語という認識です。自分も他人も知ってる自分、自分だけが知ってる自分、他人しか知らない自分、誰にも知らない自分。公の場と私生活で人が顔を使い分けるように、人間の多面性について言及する考え方、です」
「そうだね。なら分かる筈だ。自己理解という言葉が、どれだけ浅慮かということを。自分が一番理解出来ていないのは、自分。僕はそう考える」
「……」
「僕は僕のことを、神に近い確証バイアスを持った、幼稚な子供だと思っているよ。だが所詮自己分析など、自己満足でしかないからね。アテにはならない」
「…………」
「オメガ。君は、虫を飼ったことはあるかい?」
「ない、ですが……」
「もし、虫かごで人間を飼うことが出来たら、それはとても愉快だと……そう思わないかい?」
透が、微笑った。ゾクリと、背筋が凍る。
「オメガ、君はまだ虫だ。早くカゴから出て、羽ばたいて欲しいと切に願うよ」
《無限臨死》――ムゲンリンシ――
「続きだ。設定、溺死体験」
「く――――っっっ」
「オメガ、僕は君が好きだよ。君なら、あるいは……SSSに到達出来るかもしれない。そう思うほどには、ね」
「はぁ、ぁぁ……っ」
どう、して。
苦悶の中、透の顔と兄さんの顔がダブる。
初めて透と会った時、私は自分の胸がときめくのを感じた。
――――似ている、と思ったから。
透と、兄さんは似ている。
誰にも理解されない孤独の中で生きている。
誰にも共感されない虚無の中で生きている。
透に従っている理由。それは私の中で二つある。
一つ目は、ジェネシスを使いこなすジェノサイダーに成長し、兄さんを手に入れるため。
二つ目は、兄さんを諦めることが出来るかを、透で試すため。兄さんにはセリカがいる。私が入り込む隙は、妹である時点で真っ当な方法では存在しないと言ってもいい。もしも、死の苦しみで諦められるのなら。あるいは、透に対して兄さんと同等の恋情を抱くことができるなら。どちらでもいい。それで兄さんは苦しまずに、幸せになれる。
だが、透に対する朧気な恋情は殺されながらも薄れることは無い。
けれど、兄さんに対する恋情は苛烈に増すばかりだ。
「くる、しぃ…………」
苦しい、苦しいよ兄さん。
涙が、あふれてくる。
けど、この苦しみすら愛おしいと思ってしまう私は、それほどまでに兄さんを、想って、いるのだろう……っ。
苦しいことが、気持ち良くなってくる。
被虐願望に目覚めた訳では無い。性的な快感はないから。
でも、兄さんを想いながら死を体験していると、自分の想いの強さが生半可なものではないことが分かる。だって、死にながらも諦めるどころかより強く想えるなんて、そんな愛は多分この世には存在しない。所詮、この世で語られる恋や愛は、種の保存、肉欲や金銭欲に塗れた汚い打算の関係だ。
でも、”この想い”に打算が入り込む余地は無い。それを、理解出来ただけでも、私は今誰よりも幸せなのだと、強くそう思える。
「はぁ……苦しいよ、兄さん……っ」
苦しいはずなのに、愛おしく私は微笑んでいた。
「こんなに、苦しい、のにっ」
それが――――――――
どうにもしようがなく―――――――――
たまらないほどに――――――――
嬉しい――――――――
――――――――のだ。




