第4話 Fランクの怪物⑱【百鬼結視点】
思い出すのは、遠い過去。
私がまだ、《赤い羊》だった頃の記憶。
「透さん、あなたは私に何を求めているのですか?」
まだ私が中学生だった頃、私はこの男に付き従い、ジェネシスを分け与えられた。何故私を選んだのかは分からない。だがこの男は私に様々なことを説き、私を育てようとしていた。
「何を求めている……か」
廃墟ビルの一室。窓の外を眺めながら、透はぼんやりと呟くように反芻した。
「僕の考えを教えてもいい。けど、今日の自害ノルマを君はまだ達成していなかったね」
「っ!?」
《無限臨死》――ムゲンリンシ――
透からあふれ出すのは、漆黒のジェネシス。透の右手に集まる漆黒のジェネシスがまるで悪魔の手のように見え、私は恐れると同時に膝を折った。
「部分的に答えてあげよう。君は僕を恐れているね? だが、僕が君に望んでいるのは、僕を恐れない君だよ、オメガ」
「っ……」
透の手が、私の額に触れる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
――――瞬間。訪れるのは手足がバラバラにされるような絶望感と、恐怖。
私からあふれ出すのは、黄色のジェネシス。まだ、まだ高みには遠い。
「昨日は火曜日だったから、焼死体験だったね。なら、今日は水曜だから、溺死にしようか。設定、溺死体験」
透の言葉が響いた瞬間、私は息が出来なくなる。
全身が鉛のように重くなり、水の中にいるような感覚になる。私はのたうち回りながら、床をひっかく。爪が剥がれかけ、血が滲んでいるのが見えるがそんな苦痛は感じない。発狂するがの如くの窒息感で頭が割れそうになる。
《無限臨死》の能力効果。それは、触れた相手に対して臨死体験を強制するというもの。何故こんな力を生み出したのか私には全く理解出来ないが、それは透の願望の一つなのだということは分かる。ジェネシスは、願望を具現化するものだから。
苦痛の中発狂しそうな自分もいるが、冷静に透のことを分析している自分の存在に気付く。この《無限臨死》による臨死体験は、今日で223回目。174回目から、私は死にそうになりながら冷静に自我を保つ術を確立していた。
「人間は苦痛と辛苦の中でしか進化できない。いや、人間だけではない。全ての生物は、艱難辛苦によって、進化する。僕も、そうだった。まぁ、僕の場合、君のように強い目的意識を持っていた訳ではなかったけどね」
透が何かを言っていて、私は死の苦しみを味わいながらそれを必死に聞く。私は、透を、透という男を、理解したかった。だが、透は私を無味乾燥な目で見据えているのみ。
「オメガ、逆に問いたい。何故、僕を理解したいと思う?」
試すように首を傾げる透に、私は苦痛で答えることができない。
パチンと透が指を鳴らすと同時に、私は苦痛から解放される。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「君はとても強い人間だ。《無限臨死》で700人ほど実験したことがあるが、ほぼ九割がたった”一度目”でショック死だったよ。残りの一割も四度目までは耐えられなかった。臨死体験は人を壊す。つまり、人は心を打ち砕くだけで死ねるということだ。だが君はそうではない。僕が君に興味を持ったのは《無限臨死》に耐えうる精神力を持っている点もある」
「……けれど、それは本質ではないでしょう」
私は息も絶え絶えに、反論する。
「鋭いね。その通りだ」
透は感心したように静かに微笑む。
透の恐ろしいところ。それは、悪を感じさせないのに、悪だということだ。
この男は誰よりも悪であるのに、誰にも悪を感じさせない。
見た目だけで言えば、誰もが振り返るほど容姿端麗で、品格のある、貴公子。
そんな男が、不思議な力を使い、しかも、平気で大量の殺人を犯し、しかもその理由が実験という。透の本名も、職業も、社会的背景は一切不明だ。だが、この男の纏う異様な雰囲気。それは犯罪者というよりは、研究者に近いかもしれない。
「僕を研究者と定義するか?」
「……」
透は私の心を読むように揺さぶりをかけてくるが、動じることは無い。私は透に従い、半年を過ごした。もう、ある程度は慣れている。
「……一瞬そう思いましたが、違いますね。あなたは研究者ではない」
「では?」
「あなた程の方であれば、自己分析は誰よりも深く出来ているのでは? 私如きの分析など、何の価値もないと思われますが?」
「ジョハリの窓を知っているかい?」




