第4話 Fランクの怪物⑮
《即死愛撫》――ソクシアイブ――
花子が紫に輝く左手で自らの胸に触れる。
先程花子が《即死愛撫》を発動してから、今発動するまでの時間は、おおよそ25秒。つまり、25秒間で《即死愛撫》の効果は切れる。この情報がフェイクである可能性もなくはないが、花子は戦闘形態を観察すると、短期決戦を望むタイプであることが分かる。俺のように小細工を駆使して狡猾に立ち回るタチではないだろうと性格から予測する。
「キルキルキルル!」
花子の右手に剣が握られる。あまり、時間がないな。
「《監禁傀儡》の持つ”もう一つの可能性”を試すしかねえ、な」
骸骨との傀儡戦で、《監禁傀儡》にはできないことをできるようにする効力は無いことが分かった。だが、逆に。できることならいくらでもできるということだ。その”できること”の限界値は実験してみなければ何とも言えない部分はあるが、俺はこの能力で一つだけ確信していることがある。
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
自らの首筋に赤き鎖を纏わせ、命令を下す。
「百鬼零に命じる。全ての精神的ブレーキを外し、何としてでも花子を殺せ!」
人間は普段の生活で無意識下で脳がブレーキをかけている。生命の危機に陥った時に、火事場の馬鹿力のような潜在的な力が発揮出来ると言われている。それを、《監禁傀儡》で無理矢理外す。そして、それ以外にも意味はある。
セリカによって培われた俺の”良心”が今はただただ邪魔でしか無い。
何も躊躇うな。殺せ。ただ殺せ。
真の悪を前にして躊躇うことこそが、真の罪悪。究極の偽善!
悪を躊躇わず殺すことこそが、真の善だと気付け!
「ふっ、やっぱアンタはひと味違うわね。今まで会ってきたどんな人間とも!」
花子は嬉しそうに笑いながら、翼をはためかせ突っ込んでくる。
俺も翼を具現化させ、一気に跳躍する。
剣と剣が交差する。
花子の3倍速度を目で追うのは困難だが、究極的に集中力を高めている俺であれば、追いつけない速さではない。思った通り、だ。先程のセリカの《鮮血時雨》の回避が間に合ったのは、俺が必死で全てのブレーキを外し全力だったから。つまり、今のトランス状態の俺でも花子に対する運動能力で大きく劣ることは無いということ。
「……でも、アンタは私には勝てない」
花子は悲しげに目を細め、剣を押し込んでくる。爆発的にあふれ出す花子のジェネシスは燃えるように熱く、俺の腕を焼いてくるが、俺も即座に自分の両腕にジェネシスを集中させ身を守る……が、やはりランクは絶対なのか、俺のジェネシスごと飲み込み花子のジェネシスは俺の腕を焼く。即座に後退し距離を取るが、その時既に花子は《鮮血時雨》の射撃体勢に入っていた。
《鮮血時雨》――センケツシグレ――
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
花子の射撃が成る前に、俺は即座に異能を発動。
花子の両腕を鎖で縛り、無理矢理左方向を向かせ、攻撃を空振りさせる。直接相手に触れない《監禁傀儡》に相手を心理的に支配する効力はなく、鎖は3秒ほどで消滅してしまうが、この程度の小細工はできる。
「ふっ、虚しいわね零。SランクでSSの、しかも全力を出している状態の私と渡り合っていることは素直に賞賛に値するけど、それでもアンタは負けるしか無い」
花子は俺を哀れむように嘲笑う。
「……ちっ」
両腕が、ダラリとぶら下がる。
先程花子に燃やされたダメージが思いの外大きい。
確かに、刹那的な戦闘で渡り合うことは可能だ。それは立証した。
が、10秒、20秒、30秒経てば経つほど、俺のダメージの方が蓄積され死へと近づいて
いく。俺が花子に出来ることといえばば、回避と防御のみ。
攻撃が出来ないという致命傷。ランクの差は、それほどまでに大きい……。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
そこまで思考したところで、俺の身体が純白に光り輝く。
「……セリカ?」
セリカは寂しげに微笑んで、俺を真っ直ぐに見つめていた。
「一人で戦おうと……しないでください」
「…………っ」
セリカの目尻からは、涙が流れていた。それでも、懸命に微笑んでいた。
俺を弱者にする女。花子を殺す上で、どうしようもなく邪魔な存在。
――――なのに。
「……なんでだろう、な」
不思議だ。
セリカがいなければ、何の意味も無い。
この女さえ俺の世界に現れなければ、究極の強者になれただろう確信はある。
だが、そこに感じるのは空しさだけだ。愚かさだけだ。
「ちっ、本当に目障りな女よねお前はァ!」
花子は大きく顔を歪ませ、セリカの元へ突っ込んでいく。目視不可能な速度での行動。
「ま、ず、い――――」
間に合わない!
完全に油断した。俺とは思えない失態。花子ではなく、セリカに意識を持って行かれた。そのせいで、花子を殺すという集中力がブレた。
セリカは俺を弱者にする。それを一番痛感していた筈なのに!
《即死愛撫》の効果はギリギリ持続している。今セリカの所に花子に突っ込まれた、ら――――
「……花子を、殺す」
その時聞こえたのは、俺が先程やったアファメーションと全く同じ言葉。
「調子に乗るなよ、小娘。《赤い羊》でも、私から見たらお前などマトンではなく、ただのラム肉。ジェネシスを誰よりも理解しているのは、お前では無く私だということを忘れるな」
真紅のジェネシス。あり得ない場所から、ありえない人間から、スカーレットのジェネシスがあふれ出していた。
「お前は私が、殺す。…………ぞ? キルキルキルル」
結が、悪魔のような笑みを浮かべながら花子の死を宣告した。




