第4話 Fランクの怪物⑫
「セリカ、花子を殺せ」
「はい、先輩」
真っ直ぐな眼差しで、セリカは花子を見据える。殺すべき標的として。俺は無言で、スカーレットの剣を渡す。
「…………」
花子は無言でセリカを観察する。その顔に先程までの余裕は無く、感情の色も無い。無機質な、虚無的な瞳で見据えている。セリカの放つプレッシャーに、警戒心を抱いているのだろう。俺は冷静に花子を観察していた。
「……っ」
結がセリカが放つ異様な雰囲気に眉を顰める。ああ、そうだよな。俺も最初は驚いたよ。セリカにこんな一面があったなんて、と。
迷いが無い殺意。純然たる意志。そこに悪意が介在する余地はない。セリカの殺人鬼としての資質。それは、ただただ俺と生きる未来の為の、愛という究極の感情。愛するが故にセリカはどんな悪にも手を染めるし、人も殺せる。そんな聖なる殺人鬼が、この世に存在するという奇跡。本来なら殺人鬼になる筈が無い殺人鬼。
だが、だからこそお前は誰よりも美しい……。
「この女を殺せば、いいんだね。そうすれば先輩は幸せになれるし、私も幸せになれる」
セリカは無邪気ににっこりと微笑みながら、剣を構える。溢れ出すのは、純白のジェネシス。セリカは天使のように、神々しく純白のジェネシスを翼へと形態変化させる。
「花子、遊びはもうなしだ。《守護聖女》を一度でも喰らえば最期だと思った方がいい。オメガもいることだしね。Fランクが最弱という固定観念は捨てるべきだ。Sランクと手を組まれたら、なかなか厄介だよ」
透が花子の背後から、助言を発する。花子は忌々しげに顔を歪めると、三歩後退し、俺たちから距離を取る。強気から弱気へのシフト。花子の性格を考えれば、ここで畳みかけるのがベストだが、俺はナメない。花子をナメない。
この女は正真正銘の怪物だ。俺たちが強気になれば、必ずその油断を突いてくる。こと殺し合いに関しての経験値は花子の方にアドバンテージがある。迂闊に攻め込むのは愚策だろう。
「セリカ、《守護聖女》を当てることだけに集中しろ。一度だけでいい。花子に当てれば、俺と結でケリをつける。無理に攻めなくていい」
「はい、先輩」
セリカは頷き、両手で真紅の剣を構える。
「ふっ、あっそ。ま、いいけど別に。私は零とヤりたかったんだけど、最初にアンタをヤればいいのね? Fランクの強みは、ランク無視の無力化能力。弱みは、優しすぎて誰も殺せない性格。けど、零の能力で狂気に身を委ねたアンタは、あらゆる優しさを零の為だけに凝縮して、それ以外は全て零のために殺せるというところまで振り切った状態。弱みを強みに変えて、私を殺そうとしてくる……と」
花子は冷静にセリカを分析している。
そう、花子は単調に見えるが、決して愚かでは無い。常に一歩引いて物事を洞察しているところが、俺と似ている。
だからこそ透は花子を高く評価しているのだろう。
「そうです。全ては、先輩のために」
セリカは断言する。一切の迷い無く。
「なら、アンタは零の為に、何が出来るの? 何を捨てられる?」
「何でも……です。自分の命も、家族も、友人も、何もいりません。先輩さえいれば、それで、それだけで、私は幸せだから……っ」
セリカは慈しむように呟きながら、翼をはためかせ、跳躍する。
「……………………」
花子はセリカを睨み据える。あれほど見下し、馬鹿にしていた筈なのに、まるで宿敵を見据えるような、そんな目で。
「死んでください、先輩の為に」
セリカが微笑みながら花子に向かって死ねと、そう願いを口にする。
「…………殺す。お前は、私が」
花子は悪魔のような紫の翼を広げ、剣を構え、セリカの死を真顔で宣告する。
二人の放つ異様な殺気とプレッシャーに、全身が総毛立つ。
コンマ1秒の油断や慢心で、俺たちは一瞬で破滅するだろう。
最弱のFランクであるセリカと、SSランクの花子では本来、勝負にはならない。
だが、花子は全ての油断を捨て、本気でセリカを殺しに行くだろう。それほどまでに、今のセリカは強い。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
《鮮血時雨》――センケツシグレ――
セリカと、花子が異能を展開。ついに激突する。だが、やはり馬力は花子の方が上。一対一では絶対に勝てない。それが俺の予測。
剣なしでも、Sランクの俺に出来ることは必ずある。セリカに全て押しつける訳にはいかない。
だが、何よりも。女に一人戦わせて、自分だけ安全圏で指示を下すような男は、とうていセリカには釣り合わない。そんなクズに俺はなりたくないし、そんなクズがセリカを幸せには出来ない。俺は、俺の為に全て捨てられると断言するような女に、何をしてやれるのだろう。きっと、一生かかっても、セリカには追いつけない。その高潔さに、俺はひれ伏すしかない。だが、それでも、俺はセリカと、一緒にいたいのだ……。罪深いだろうが、この気持ちだけは偽れない。俺は誰を不幸にしてでも、道理に反してでも、神に裁かれてでも、セリカと共に在る。それが、その思いだけが、俺を生かす。俺を、突き動かすのだから……。
セリカの《守護聖女》を花子は難なく回避し、セリカは必死に花子のジェネシスのショットガンを回避する。だが、一発だけ左足首に直撃し、セリカは顔を痛みに歪める。
俺の読み通り、一対一ならセリカの敗北は必至。であれば、それを歪める要因を作り出すしか無い。
俺は、花子とセリカへ全神経を集中させ、活路を見いだすべく死闘の狭間へ飛び込んだ。




