第4話 Fランクの怪物⑩
「悪……だと?」
「そう。あなたは善に憧れていると同時に、善を穢すことに背徳的な快感を抱く性的倒錯者。もし、リリーが勝っていて、セリカを電気椅子で発狂させられたら、あなたはどんな顔をしたと思う? 想像してみて」
リリーに負けて、セリカが電気椅子で?
渡辺のようにみっともなく命乞いをしながら、鼻水とヨダレと糞尿を垂れ流し、泣き叫ぶセリカの姿。それを想像しただけで、ああ、なん、だ、これは……。
――――なんて、美しいんだ。
「兄さん、この女の言葉に耳を傾けては駄目!」
結が必死に叫んでいるが、まるで水の中から地上の声を聞いているかのように、遠く、淀んでいる。
「オメガ、善に縋っている限り、君は彼を手に入れられない。有能な人間は手段を選ぶことができるが、逆に言えば、手段を選ばないことができない。君はなまじ有能で機知が働くからこそ、人間性を捨て去ることができなかった。だから、これは罰だ。白雪セリカではなく、横から花子に奪われるのを、ただ指をくわえて見ているといい」
「透~~~~~~ッ!」
結が悪鬼の如く透を睨み据える。
「オメガ。君は《赤い羊》を作る前、僕が一番最初に作ったジェノサイダーだ。完全無欠な優等生でありながら、兄を男として恋慕し、恋敵に対し嫉妬に狂う少女。サンプルとしてはこの上なく魅力的な存在で、兄を異能で強奪して近親相姦まで行くかと期待していたが、結局は失敗だった。いわば、花子は僕の成功作。君はその為の礎……と、言ったところか。せっかくジェネシスまであげたのに、何もせずに終わり。これほどつまらない存在はいない。殺す価値もないから放置していたが、最後は役に立ってくれるといいな。花子の、引き立て役として」
透に蔑まれるように見下され、結は屈辱に震えている。
「恐怖を千回以上の臨死体験で克服し、裏の仕事をいくつか覚えさせたが、結局はそれで打ち止め。君は、“そこから先”へ行けなかった。今、この状況を何とかしたいと思うのであれば、“その先”へ行くしか選択肢は無いよ。オメガ。まぁ、無理だろうけどね」
「~~~~っ」
結が見たことも無いような、焦りの表情で思い切り唇を嚙む結。そうか、ところどころ感じた違和感の正体はこれだ。結は、透と面識があったんだな……。
「結の過去など知りませんし、知りたいとも思いません。でも、あなたに結を馬鹿にされるいわれは無いと思います」
セリカは怒りの眼差しで、透を真っ直ぐに見据える。
「……白雪セリカ。君は本当に興味深い人材だ。僅かではあるが、リリーの精神も揺さぶったらしいし、それだけでも大した存在だと思うよ。だが、善では悪に勝てない。これは絶対だ。君の精神は強いのだろうが、それでも悪に奪われるしか無い。善人とは、言い換えればただの弱者でしかないからだ」
「……私は、弱い。先輩がいないと、結に助けてもらわないと何も出来ない。でも、それでも、あなたなんかには負けない」
セリカは、それでも負けじと言い返す。セリカからあふれ出るのは、純白のジェネシス。
「私が灰色にしてやったのに……つくづく忌々しい女だね」
リリーが忌々しげに舌打ちする。
「ははっ、何を怒ってるのリリー。すぐに真っ黒にしてやるわよ、こんな箱入り娘。豚小屋でぬくぬくクラシック聞きながら育った家畜に何が出来るの? さっきからブゥブゥみっともなく吠えてるだけじゃない。……私が教えてやる。本当の、ぜ・つ・ぼ・う ってやつを」
花子がせせら笑い、パープルジェネシスが身体から迸る。
「……っ」
花子に苦手意識があるのか、セリカがびくっと身体を震わせる。その姿を見て、俺は我に返る。そうだ、セリカを守れるのは俺だけだ。しっかりしろ……。
「……セリカ、結。あいつらは俺たち全員に、それぞれ揺さぶりをかけてきている。それをまずは自覚しろ。大丈夫だ、俺たち三人揃って失敗したことがあったか?」
「ありません」
「……ない、けど」
「集中しろ。花子を殺す」
「殺す……か。そうね。それしか、お前達がここを生きて出る方法は無い。でも、だからこそ、お前達は私が壊す。キルキルキルル」
「キルキルキルル」
「キルキルキルル」
「キルキルキルル」
花子のパープル、俺のスカーレット、結のグレイ、セリカのピュアホワイトのジェネシスが、それぞれ凶器化され剣となる。セリカだけは、やはり盾。奇形だ。殺人に特化しているのが、ジェネシスの性質だというのに……。
「…………」
花子の目が細まり、殺気が迸る。
――――始まる。
――――正真正銘。自分の全存在を賭けた、本物の殺し合いが。
「……人間って、100%の絶望に対しては簡単に諦められるけど、1%でも希望があると、それに縋らずにはいられないの。その1%の希望が叶わなかったとき、落ちる場所も深いのよ……。あげるわ、あなたたちに。私からの、ささやかな贈り物。1%の希望を、ね」




