第4話 Fランクの怪物⑨
連れてこられたのは、さきほどの生首が大量に保管されている生首プールだ。
あまりの血の臭いに、鼻がひん曲がりそうになる。
「……っ」
セリカは生首プールを見て絶句している。かろうじて正気を保っているように見えるのは、リリーに少し壊されたからだろう。普段のセリカなら、一瞬で発狂していてもおかしくない。俺や結ですら、この生首プールに慣れるには時間がかかったからな……。
「殺人カリキュラムの終了時刻まで、あと19時間以上ある。だが、君たちは特別な人材だ。まだ時間は余っているが、現時点で殆どの生徒がAにすら到達できず、B止まりで無様に殺され死んでいる。だから、君たちは特別に扱う」
透は意味深に微笑し、俺たちと向かい合う。
透の背後には、リリー、骸骨、いばら姫、花子、そして二人の殺人鬼。《赤い羊》が全員揃っている。一人でも手に負えないのに……っ。ジェノサイダーになった今だからこそ、こいつらがどれほどの力を持っているのかが、直感で分かる。化け物が……っ。
「あまり身構えないで欲しい。ワンサイドゲームは嫌いでね。きちんと、君たちにも勝利する可能性がある勝負を提案しようと考えている。内容は簡単。僕ら《赤い羊》のメンバーから一人、選出する。その一人と、君たち三人で殺し合って欲しい。三対一だ。殺人ランクを考えれば、五分五分だろう。君たちが勝てば、自由を。そして、僕たちが勝てば、リリーの拷問よりも遙に重いペナルティを課そうと思う。人生を、もらう。さあ、花子。お待ちかねの出番だ」
透に呼ばれ、花子が軽やかに一歩前へ出る。
リリーや骸骨と同格のSSランクの殺人鬼。
「さっきぶりね、零。セリカ、結」
「どうして私の名前を……」
「……」
困惑するセリカと、警戒心も露わに花子を睨む結。その二人を嘲笑うような歪んだ笑みを浮かべる。
「今はこうして立派にやってるけど、これでも昔、私はいじめられっ子だったの。親からロクに口も聞いてもらえず、豆腐ばっかり食べてた。箸すら使えず、素手で、塩をかけて。母親は男遊びが酷くてね、再婚を繰り返し、男は暇つぶしに私を犯すこともあった。学校ではモノを隠されたり、陰口を言われたり、殴られたり、ばい菌扱いされたり、カエルを給食の中に入れられたり、腕を折られたり、全裸の写真を撮られてネットにあげられたり、色々あった。思えば、あの時から私は狂っていたのかもしれない。自分より弱い生き物を殺すことでしか、自分の価値を実感できなかった。お前達のような“持つ者”に“持たざる者”である私の気持ちは一生分からないでしょう」
花子は深く暗い微笑を浮かべる。過去を懐かしむように。
「でも、私は手に入れた。“持つ者”になってしまった。透と出会い、私はジェネシスという強大な力を手に入れた。でも、私には足りない。ジェネシスでは足りない。殺人欲求は満たせても、私にはたった一つだけ手に入れらていないモノがあった。それが何か分かる?」
花子は問う。答えることなどできはしない。目の前の女は、あまりにも違い過ぎる。自分と違い過ぎる。理解出来る訳が無いと同時に、理解しようとすること自体が、おこがましい。それほど、かけ離れている……。
「ただの一度も肯定されたことがないあの頃、たった一度だけ私を肯定してくれた零。あなたが、欲しい。私のモノにしたい」
正直、再会するまで覚えてすらいなかった。そんな小さな小さな記憶が、花子にとっては想像を絶するほど掛け替えのない大切な記憶だったのだと気付く。
「百鬼零。私は、お前が、好きよ」
あまりにも真っ直ぐ過ぎる、不器用な告白。頭を、ハンマーでがつんと殴られたような衝撃。驚きのあまり口を開くことすら忘れそうになるが、俺はかろうじて花子を見つめ返し、返答する。
「俺はお前の気持ちには応えられない。何故なら俺は――――」
セリカが、好きだからだ。
答えは決まっているのに、何故か俺はその先を言うことが出来ない。
何故だ? 何故止まる?
自分に困惑する。答えは決まり切っているのに、そうである筈なのに、何故か、息が詰まる。
「どうしたの?」
花子は目を細め、先を促してくる。
自分の“迷い”が分からない。
「教えてあげようか? 零。あなたが迷う理由を」
花子は深淵の微笑を浮かべ、囁いてくる。マズイ……。この囁きに耳を傾けては駄目だ。精神を犯される。頭では分かっているのに、心はそうはいかない。そうだ、これが《赤い羊》だ。リリーと同格の殺人鬼だということなのだ!
「それは、あなたの本質が徹頭徹尾 “悪” だから」




