第4話 Fランクの怪物⑦
「よせ、リリー。君の負けだよ」
リリーがスイッチに指をかけた瞬間、俺の背後から声が響く。男の声だ。
ゾッとしながら振り返ろうとするが、できない。だが、透の声だ。透……っ。
《赤い羊》を率いる、王。6人の殺人鬼の頂点に立つ殺人鬼の中の殺人鬼。
化け物を飼っている、化け物。
今なら、分かる。ジェノサイダーになった今なら、分かる。
――――透には絶対に勝てない。
こいつを殺す? 馬鹿か俺は。救いようが無い愚か者だ。
背後にいる。分かる。それは分かる。なのに、振り返ることが出来ない。振り返ったらその瞬間首が飛ぶ。死のイメージがまとわりつき、とてもではないが、身動きなど出来る筈も無い。無理だ。絶対に、無理だ……。
「何故、止めるんですか透さん。好きなときに、好きな人間を殺す。べつに構わないでしょう?」
「百鬼零は殺人鬼になる素質がある。殺人鬼は、僕にとっては同胞だ。彼が手に入れた報酬を奪うことは、たとえ君でも許されない。それに、元々は花子の獲物だしね」
透が静かに言うと、それだけでリリーは即座に目を伏せ黙る。それほどなのか、透という男の存在は。あれほど我が強いリリーですら、一瞬で反論を諦めるほどの……。
「まずは、おめでとうと言っておくよ。百鬼零。君ならあるいはと思ったが……一時的にSSに到達したみたいだね。花子からも聞いている」
透は俺の正面に立つと、にこやかに微笑み握手を求めてくる。俺は忌々しげにその手を睨み、何もしないでいると、透は苦笑しながら手を下げた。
「君にとってのストッパーは、どうやらそこの少女のようだ。だからこそ、そこの少女を殺したり、壊したりすれば、君は間違いなくSSか、それ以上になれるだろうね」
「セリカに、手を出したら、殺す……っ!」
俺は恐怖すら忘れ、怒りも露わに透を睨み据える。瞬間、俺のジェネシスがスカーレットへと変色する。
「そうだ、ランクダウンなんて、そんなつまらない結果は困る。オメガと同じでは、ね」
透は暗い微笑を浮かべ、俺を見据える。
「何を言っている……?」
「理想は、リリーの勝利だった。が、君は勝った。なら、それ以外の方法で壊すまでだ。僕は、約束は守る主義でね。この戦いの報酬はきちんと君に与えよう。だが、まだ殺人カリキュラムは終わっていない」
透は冷たく俺を一瞥すると、セリカの拘束を一つずつ丁寧に解いていく。
「あり、がとうございます……」
困惑したように、セリカは透にお礼を言っている。
「どういたしまして」
透はくすりと笑い、ドアの前まで歩みを進めると振り返る。
「君は、僕を、そして花子を、殺すと宣言したね。覚えているかい?」
「ああ」
「そのチャンスを与えよう。まさか、リリーに勝つとは思わなかった。これは、僕の予想を超越したことに対するささやかな褒美だよ。さあ、ついておいで」
透は行ってしまう。リリーも慌てて透の後に続く。
「先輩、結は?」
「あいつは、下の階にいる。死に物狂いでお前を助けようとしていた。あとで、礼を言っておくんだな」
「…………はい」
セリカは複雑そうな顔で頷く。
「怪我は無いか?」
「はい。怪我は、ありません」
安心させようと笑おうとするが、上手くいかない。リリーに何かやられたか?
「……先輩。私は、行かない方がいいと思います」
セリカは、くい、と、俺の服の裾を引っ張ってくる。




