第4話 Fランクの怪物⑥
「ああ、駄目だ。やっぱり俺はどうしようもなく、お前が好きなんだな……。セリカ」
名を呼ぶだけで、力が溢れてくる。優しい微笑みすら零れる。心が、魂が、安息に満ちていく。
セリカ……。
そして、目の前の現実を見据える。
赤染アンリとぶつかる。避けられない。この負けず嫌いの馬鹿が、ムキになって俺に勝とうと必死だ。だが、だからこそ、赤染アンリは恐ろしい。
セリカを救う為には、足りない。俺のジェネシスでは駄目だ。敵を殺すことしかできない。そして、赤染を殺すには力が足りない。届かない!
セリカがいない世界を想像する。それだけで、おかしくなりそうだ。
愛しい愛しい俺の全て。この命に代えても、どんな代償を払っても、お前だけは……っ。
たとえ、どんな手を使ってでも、どんな犠牲を払ってでも、
お前は、俺が救う!
――――だから。
セリカ、頼む。俺を、
――――救ってくれ……。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
俺は左手を伸ばし、光を飛ばす。女神像の形をしたその光は、真っ直ぐに赤染にぶつかり弾ける。
「なっ、にが、起きて……っ?」
突如、赤染の身体が純白に輝き、スカーレットのジェネシスが消える。
俺の身体から溢れ出すのは、純白のジェネシス。スカーレットではなく、ピュアホワイト。
セリカを思えば思うほど、俺は悪にはなれなくなる。殺人鬼から遠ざかっていく。弱くなっていく。そんな人間が、赤染アンリを殺せる訳が無い。セリカを守ろうと思えば思うほど、俺は善人に成り下がっていく。弱者になっていく。赤染アンリに、守ろうという善なる意志で勝てる訳が無いのだ。
――――だが。
セリカは赤染を倒した。俺ではなく、セリカが赤染を倒したのだ。
俺は、殺したいのでは無い。ただ、守りたいだけだ。
その思いがもたらすのは、ジェネシスのランクダウンという絶望的な現象。だが、Fランクはその限りでは無い。
ジェネシスカラーが変質することによって、能力そのものが変異することもあるようだ。必死になりながらも、頭の芯は冷静。この状況でも俺は、あらゆる全てを分析していた。まるで頭が、心が、二つあるみたいに……。
結のグレイジェネシスは赤染のスカーレットに比べたら低ランクの筈。だがそれでも、能力の効果は赤染のSランクに対して有効だった。つまり、オーラ状態での低ランクのジェネシスと高ランクのジェネシスが純粋に衝突した場合は、高ランクのジェネシスが打ち消すので、勝てない。
だが、それは飽くまでも衝突した場合。結の《智者一失》は衝突せずに、相手のジェネシスを反発させる効果を発揮する。つまり、ジェネシスとジェネシスが衝突しない場合においてであれば、ランクの序列は関係ないことが分かる。
また、唯一例外なのが、純白のジェネシス。セリカのジェネシスカラー。このチカラは最弱でありながら、どんなジェネシスと衝突しても”透過”する効果がある。
赤染にトドメを刺すような暇は無い。
「……っ!」
安堵の暇は無い。俺は全神経を足に注力し、一気に加速する。
「らあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
無様にみっともなく叫びながら、ドアを蹴り飛ばして屋上へ出る。
「ゼ――――」
リリーが愉しそうにカウントしていた唇が、止まる。
俺を呆然と見据え、それから忌々しげにその顔が歪んでいく。
「まさか……突破したというの? 私が最後に仕掛けた罠を」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息が乱れて返事が出来ない。俺は無言でスポーツバッグのチャックを開けて、放り投げる。口から飛び出すのは、四つの生首だ。ゴロゴロと転がり、リリーの足下で止まる。
「……っ、せん、せん、ぱい……」
セリカが泣きながら俺を呼ぶ。限界に近かったのだろうと分かる。あとコンマ1秒でも遅れていたら、全て終わっていた。
「はぁ、はぁ、お前の、はぁ、負けだ、はぁ、リリー……、はぁ」
「息も絶え絶えに勝利宣言とはね」
リリーは苦笑しつつも、どこか諦めたように俺とセリカを交互に見比べる。
「私の悪意に、愛が打ち勝ったって訳」
「……これで、あなたの狂ったゲームは終わりです。この電気椅子から、降ろしてください」
セリカが当然の権利を主張するが、何故かリリーは無言のままだ。まさか、こいつ……。
「…………」
「降ろして」
「…………」
不気味なほどに黙ったまま。
殺人鬼が約束を守るか? 自分で決めたルールだろうがなんだろうが、殺人鬼がこっちの要望を飲むことが果たしてあり得るか? 答えは分かりきっている。少しでも期待した俺が馬鹿だった。こいつ、セリカを殺す気だ……っ!




