第4話 Fランクの怪物⑤
「零お兄ちゃん、何してるの?」
「……セリカ」
小学生三年生の頃。夏休み。俺は自分の部屋で虫を殺そうとしていた。虫かごの中の蝶々の羽根をむしり取り、蠢いているのを見ていた。過去にも何度かやったことがある。何故か、不思議と、生き物を殺すのは妙に興奮し、愉しかった。いけないと思っていても、ついやってしまう。そういう中毒染みた何かが、殺すという行為にはあった。
「何故ここにいる?」
「遊びに来た、んだけど……何してるの?」
セリカは俺の手元の虫かごを覗き込む。
「見るなよ」
「……何、してるの?」
セリカは呆然と俺を見つめる。嫌なところを見られてしまった。
「…………虫を、殺してたんだ」
「どうして、そんなことするの?」
セリカはガラス玉のような綺麗な瞳で、俺を真っ直ぐに見つめる。この目の前では、どんな嘘も詭弁も許されない。
「殺したい……から、殺す。それだけだよ」
「どうして?」
「どうしてって……分からない。ただ、命を殺すのは面白いんだ」
「じゃあ……私のことも、殺したいって、思う?」
「は? そんなわけないだろ、そんなわけ……」
「殺したい命と、殺したくない命があるの?」
射貫くような真っ直ぐな瞳で、俺を見据えるセリカ。
いつもグズで泣き虫な筈なのに、時々こういう顔をする。俺は僅かに、そんなセリカに気圧されてしまうことがある。
「…………」
「私のことは、殺せない?」
「当たり前だ……。殺せる訳、ないだろ。冗談でもそんなこと言うな」
「なら、なんで虫は殺せるの?」
「それは……どうでもいいからだ。俺にとって、虫なんてどうでもいい」
「駄目だよ、それは」
セリカは真っ直ぐに俺を見据える。そのあまりの真っ直ぐさに、やはり気圧されてしまう。だが俺はそれでも、負けたくないと思った。目の前のこの、小さな少女に。
「……何故、だ?」
「生きているから、だよ」
「生きているから……? 理由になるのか?」
「どんな命も、必死に必死に生きてる。タンポポも、紫陽花も、アリも、ミジンコも、人間も、私も、生きてる。だから、殺すなんて、駄目。そんな悲しいことしたら、悲しいよ」
セリカは胸に手を当てて、悲しそうに微笑う。
その時から、かもしれない。俺が、セリカに惹かれ始めたのは。
「…………だが、俺たちはメシを食うだろ。生き物を殺して」
「うん。でも、それは生きるためだよ。生きるために、殺してる。だから許されるとは言わない。けど、生きるためとは関係が無いことは、やっちゃ駄目だよ。それは、罪だよ」
「……罪?」
「桜を見て、春を。向日葵を見て、夏を。金木犀の香りで、秋を。シクラメンを見て、冬を。雨が降って、雪が降って、雷が落ちて、朝が来て昼が来て夜が来て。トンボが飛んで、蛍が光って、蝉が鳴いて、雀が鳴いて。生きてる。私達は、生きてる」
そう言って、愛おしそうに、優しくセリカは微笑む。
「だから、もう、そんな悲しいこと、しないで」
セリカは俺の目を真っ直ぐに見つめながら、ハッキリと願いを口にする。
「…………っ」
まるで、呪縛だ。
俺を縛る呪縛。相容れない、正反対の人間。
本来なら、関わることすらなく、それで終わる筈の人生なのに。
それなのに、お前は俺の前に現れた。
そして、善を強いる。
善であることを強いる。
そして、俺は、それに抗えない。
抗えないのだ……。




