第4話 Fランクの怪物③
「さぁて、どうでしょうね」
赤染はせせら笑う。ああ、この顔だ。この顔が、こいつの本性。ペルソナの向こう側。
「……やはりお前は心理誘導に精通しているな。そう、人に異常に好かれやすい人間というのは、すべからくお前みたいにタチの悪い人間なんだ.。日常生活でアンタがペーシングや自己開示、ピアプレッシャー、カリギュラ効果を頻繁に使っているのは知っている」
「気遣いが出来る女、と言って欲しいわね」
「ま、いいさ。俺とアンタは友達でも何でも無い関係だし、敵対も、その逆もない。ただのクラスメートで、3年間を過ごそう。それが一番楽だ」
「それが一番楽、ね」
赤染は不満そうに唇を尖らせる。
「何か問題でも?」
「あなた、本気を出したことないでしょう?」
「ないが?」
「どうして?」
「出す必要が無いからだ」
「どうして必要が無いと言い切れるの? 百鬼くんほどの頭脳、機知があれば、どんな人間からも高い評価が受けられるし、生きやすいし、全てを支配できる」
――――全てを支配できる。
そうたやすく言い切れ、そしてそれを口だけではなく現実で実行できる女子高生が、果たしてこの世にどれだけいる?
「あいにく、俺は普通に生きたいだけなんだ。“高い評価”とやらには、何の興味もない」
「だから心理誘導の技術をいくらでも使えるのに、使おうとしないの? あなたなら、全てを思うがままにできる。私はそう確信してる」
珍しく、赤染が真剣な目で俺を見つめる。
「随分と俺を買っているようだが、俺はテキトーにダラダラ生きることを人生の目標にしている。お前みたいに誰からも好かれ、誰からも期待され、誰からも求められる不自由な生き方は望まない」
「不自由? 私が?」
「全てを支配できるとアンタはさっき言ったが、その代償をアンタは分かってない。全てを支配できるってことは、全てに支配されるってことだ。雁字搦めの見えない蜘蛛の糸に絡まれ、操っているつもりが実は衆愚にいいように踊らされる。真の自由ってのは、他人を思い通りに支配することなんかではなく、自分が自由だと思えるかどうかだろう? 支配者ってのは、裏を返せば支配する存在に囚われてる存在ということでしかない」
「…………百鬼、くん」
何故か赤染は呆然と言葉を失っている。まるで100%正しいと思っていたコトの全てがまやかしだったと、そう気付かされたような、そんな顔。鳩が豆鉄砲を食ったような……。普段から自分のペースを崩さない赤染のそんな顔が見れて、俺は少し微笑ってしまった。
「お前は俺を使って何かをさせたいと思っているのだろうが、お断りだ。俺が使われてやっても良いと思う女は、今生で二人しかいない。そして、それ以上増えることもない」
俺をコントロールできる女は、セリカと結の二人だけだ。それ以外の存在は認めない。
「…………認めない」
「は?」
「私は、あなたを認めない」
それは全ての人間を肯定し、全ての人間から肯定される赤染アンリから聞く、初めての否定の言葉だった。それは間違いなく俺に向けられていて、けれど俺はそれが少し嬉しかった。
「そうか。俺もお前を認めない」
微笑みながら俺も敵対宣言をし、俺たちは今まで“ただのクラスメート”として、今日まで生きてきた。
「――――あなたを、殺したい」
赤染の剣の力がどんどんと増していく。
赤染の真っ直ぐな思いをぶつけられ、困惑する。こんなにハートが熱い女だったろうか? まるで恋に身を焦がす少女のような殺意。常に優秀な赤染は、否定されたことがない。自分が認めた人間が自分を否定したこと、能力があるのに使おうとしないこと、その全てが純粋な敵意となり、俺への殺意へと昇華したのだろうと直感する
「はぁ……すっごい。なに、これ。すっごく気持ちいい……。百鬼くんを殺せる、そう思っただけで、どうになっちゃいそう……」
赤染はうっとりと、恍惚に俺を見つめる。殺人狂の資質。それが、赤染アンリの闇。
あの透が逸材と言ったのも、今なら頷ける。殺人鬼としてなら、将来的にはリリーと同格か、それ以上か。それほどの領域に、もはや赤染アンリは立っている。




