第4話 Fランクの怪物②
「あと、45秒。もう間に合わ――――」
結が呆然と呟く。
「んなわけねぇだろ。40秒でこいつを殺して、ドア開けて行くぞ結」
もし間に合わなければ、SSになった上でリリーを殺す。だがそれはあまりにも希望的観測。やはり確実を期すのであれば、赤染アンリを殺すのが一番良い。
「……ナメられたものね、私も」
「堕ちたな、赤染。誰よりも高貴な筈のお前が、殺人鬼のパシりとはな」
嘲笑いながら、俺は階段を駆け上がる。俺からあふれ出すのは、スカーレットジェネシス。よし、このランクなら今の俺でも――――
「相変わらず人をおちょくる天才ね、あなたは。それがあなたの手なのだと頭では分かっていても、やっぱりイラっとしちゃう」
赤染は冷笑しながら、スカーレットジェネシスを身に纏う。
「お前は俺が殺す!」
「あなたは私が、殺す」
「「キルキルキルル」」
セリカがいなければ、あの時俺は勝てなかった。飽くまで二対一だからこそ勝てただけ。
そういう意味では、俺にとってもこれはリベンジマッチだ。
「「はぁッ!」」
お互いの剣が鍔迫り合い、火花が走る。額がくっつきそうなほど、ヤツとの距離が近い。美少女と顔を近づけるといえば甘い感じがするが、やっていることは血で血を洗う殺し合いだ。
「ねえ、見せてよ本気を。本気の百鬼くんを。君は今まで、誰にも見せたことないでしょ?」
目を見開き、愉しそうに赤染が息を弾ませる。体重をかけ、そのまま俺を重力で押し込もうとしてくる。
「思えばお前は初めから俺に注目していたな」
俺はジェネシスを翼に形態変化させ、赤染のGを殺す。
「それはお互い様。でしょう?」
赤染もにっこりと微笑い、翼を生やしすと一気に押し込んでくる。
その笑顔を見て、過去の記憶がリフレインする。
「初めまして。私は赤染アンリ。東宮中学からきました。よろしくお願いします」
入学初日。そうだ、一年の頃も同じクラスで、ヤツはこんな風に笑っていた。その笑顔を見て、男どもはそわそわし、女どもは初めは嫉妬していたが、徐々に赤染の人柄に惹かれ、信頼するようになった。
赤染と二人で話すことはまずなかった。ヤツは誰とも仲が良く、誰からも好かれていて、常に人に囲まれていたからだ。俺は常に一人でいることを選んだ。なれ合うのは苦手だった。
だがたった一度だけ、ヤツと二人で話すことがあったのを思い出す。クラスメート全員の財布が盗まれたあの日だ。赤染は全員と個人面談をし、俺も例外ではなかった。
「百鬼くん、手間をかけるわね。あなたにまで来てもらって」
空き教室、黄昏時。赤染は憂鬱そうに微笑する。
「べつにいいさ。アンタがやらずとも、どっちみち教師がやっていた。それだけの話だからな」
「確かにそうかもしれないけれど、そう言ってもらえると助かるわ。ありがとう」
ほっとしたように赤染は微笑むが、俺は赤染の笑顔に心をかき乱されたりはしない。平常心のまま、冷徹に赤染を見据える。女は微笑むことで男を取り込もうとしてくる。油断も隙も無い女郎蜘蛛のような生き物。
「それにしても災難だな、アンタも。常に誰かから期待され、こんなくだらない案件の始末までしなくちゃならないとは。本来なら教師がやるべき業務の筈。全員がアンタに依存してる」
「そうかしら。必要なことを、できる人間がやる。ただそれだけの話よ。あなたが犯人ではないことは分かってるわ。あなたはこんなくだらないこと、絶対にしないから」
ただそれだけの話。それは俺の口癖だった。俺の口癖を、真似た……? 警戒心が沸き出すのを感じる。他人の口調を真似て好感度を上げようとするのは、心理誘導のミラーリング効果と呼ばれる手法だ。意図的にやっているのだとしたら、大した女だが……。
しかし、俺にとってそれは逆効果でしかない。心理誘導技術を持つ人間だと判断したらそいつのことは生涯100%信頼しない。よほどのことが無い限り、その瞬間で有害な人間と見なす。そう決めている。
何故なら俺が、俺自身が、有害な人間だからだ……。
「警戒したわね。やっぱり」
俺の反応を見て、愉しそうに赤染は微笑う。
「わざとつたなくやってみせ、鎌をかけたか? 俺がミラーリングに気付くかどうか」




