幕間 狂女と聖女③
「恋って素敵って話をしたけど、たとえ結婚して子供が生まれても、浮気をされたり、子供が障害者だったり、家族の誰かが痴漢や着服で犯罪者になったり、交通事故にあったり、病気になったり、リストラされたり、レイプされたり、エイズになったり、左遷されて地方に飛ばされたり、過労やストレスで仕事ができなくなったり、子供がいじめで自殺したり、仕事で夫が自殺したり、円満な家庭。幸福なんて、たった1秒でぶっ壊れることもある。でも、そんなこと言っちゃったら、生きられないよね。なんにも、できなくなっちゃうよね」
にっこりと微笑み、リリーは語る。その言葉は毒のように、私の心をじわりじわりと蝕んでいく。
「だから、目を背ける。今日も明日も、きっと同じように続いていく。そう信じて、縋るんだ。希望ってやつに、未来ってやつに……。そんなもの、どこにもありはしないのにね! ハハッ」
深淵。そう呼ぶに相応しい、奈落のような瞳を私に向ける。
「……あなたも、最初はこんな殺人鬼ではなかった筈です。あなたは、今、言いましたよね。誰でも、赤ん坊の頃があるって。じゃあ、今のあなたになる理由が、どこかにある筈です。私が私であるように、あなたがあなたである理由も、ある筈です」
「…………やっぱり、油断できないね、君は」
余裕のある笑みを無くし、残酷な無表情で私を見下ろすリリー。
「精神を私にぶっ壊されかけて満身創痍の筈なのに、それでも私の心に踏み込んでくる。私と、向き合おうとしてくる。私を、理解しようとしてくる。私が怪物に見えているくせに、恐れながらも踏み込んでくる。電気椅子に座らされ……そこまでできる君は、危険だ」
「……私が、怖いのですか?」
「そうそう、そういう質問をしてくるところとか。本当、凄いなって思うよ。もう、あと、10秒で人間辞めることになるのに、私の精神を崩そうとしてくる。戻すつもり? 私を。確かに、理論としては可能かもしれない。透さんと出会う前の私と、出会った後の私。そこで彼は変化を起こすことができた。だから、その逆も、もしかしたら出来る人間はいるかもしれない。考えたことはあるけど……まさかね。君みたいな小さな女の子に、その可能性があるなんて、誰も思いはしないよね」
私は僅かながらではあるが、手応えを感じていた。
あれほど拷問狂として悪魔のように君臨していたリリーから、余裕を感じられない。自分の心を守ろうとしている。見た感じは平静そのものだが、身構えているのが分かる。
リリーは、私を恐れている。だからこそ、なんとしても私を壊そうとしてくる。
それを確信したが、もう時間が……ない。
「タイムリミット、だね。あと5秒で、君はもう終わり。もう少しゆっくりお話できれば、もしかしたら違う結果になっていたかもしれないけど、たらればだね。ごめん、じゃあ、さようなら。白雪セリカさん」
リリーはニタリと歪んだ笑みを浮かべ、リモコンのスイッチに指を添え、ギャラクシーで私を撮る。
ああ、ただ死ぬだけなら、良かったのに……。
そう思わずにはいられない。
リリーの言うとおり、結と先輩がするところを、電気を流されながら見させられたらまず間違いなく、私は終わる。心が、終わる。
死。死ぬだけなら、まだ分かりやすい。
だけど、精神が終わる。その恐怖は、死よりも計り知れない。
「結……っ」
私が私でいられる内に、最後の言葉を言おうと思ったが、それでも出てきたのは恋敵の名前だった。その声には、私の声とは思えないほどの憎悪が籠もっていた。ああ、これが、これこそが、私の闇なんだろう……。
ああ、私は、なんて醜い女なんだろう……。
自分に失望したが、だからこそこんな終わりを迎えるしか無いのだと諦めるしかない。
そっと目を閉じ、私は迫り来る破滅に向けて、ただただ身を委ねていた。
「3、2、1……」
悪魔のカウントダウンが、ゼロになる。
真っ白になりそうな意識の中、私は呆然とそれを聞いていた。




