幕間 狂女と聖女②
私はある日、先輩の家に忘れ物をして、それを取りに戻ったことがある。
さっきまで結も先輩もいた筈なのに、不自然に静かだった。私も、無意識に音を当てないように足音を殺して歩き、先輩の部屋を開けて、そこで見たものは――――
《堕落遊戯》――ダラクユウギ――
灰色のオーラを身に纏い、クールな結が見せたことが無い、うっとりとした顔。
結は、先輩に甘えるように抱きついていた。
「……っ!?」
意味が分からなかった。目の前の光景が、夢だと思える。
二人は無言で、何も言わない。異様な雰囲気だった。
「……にもらった……があれば……私でも……でも……催眠状態……やっぱり私には……できない」
かろうじて聞き取れたのは、催眠という言葉のみ。私は逃げるようにその場を去った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
何かから逃げるように、私は必死に走った。
何故、逃げてしまったのだろう。
あのドアを開けて、私は結を糾弾すべきだった。
先輩と付き合ってることは、結だって知ってる。私からも、先輩からも、伝えてある。
なのに……どうして……?
私は……どうすれば――――
その迷いは、未だに晴れることはない。
昔は無邪気に仲良くいられた、同い年の幼なじみ。
時には喧嘩をすることもあったけど、私にとってはたった一人の親友と言える存在。
それが、私にとっての百鬼結。
なのに、結は――――
私と同じように、先輩のことを好きだというの?
妹なのに、そんな関係、許される訳が無いのに……。
「っ、リリー、あなたという人間は」
私は思いきり、リリーを睨み付ける。こんなことを思いつくなんて、どうかしてる。いや、だからこそか。こんなことを容易に思いつき、実行できるからこそ、こいつは《赤い羊》なのだ。
私の身体から、ジェネシスが溢れ出す。ただ、その色は純白ではなく、灰色。グレイジェネシスだ。
「少し穢れたね。そうそう、その調子。優しい人間、善人というものは、本当に優しいわけでも、その本質が善という訳でもない。どんな人間であろうと、最初はウギャーウギャーの赤ん坊からスタート。そこから今に繋がってるわけだから、その過程で人格形成がされるわけだよね。つまり、君は知らないだけだよ。知らないだけ。人間の汚い部分を、闇を、悪意を、なんにも知らないで、綺麗な空気だけを吸って生きてきただけの人間だから、私の悪意を1ミリも理解出来ないんだ。でも、今ので少し分かった? 自分の闇」
「私の、闇……?」
「表と裏の、裏の部分。たとえば、恋。いいよね、恋は。好きな人と結ばれて、満たされた人生を幸福に謳歌する。でもそれは、飽くまで表の部分。その恋が成就して初めてそう言える。じゃあ、裏は? 叶わない恋。絶対に叶うことが許されない恋。恋敵がいて、その恋敵が自分の思い人を容赦なく奪い、それが許される世界。自分は惨めにそれを後ろから見ていることしか出来なくて、悔し涙を流して耐えるしか無い。そんな恋も、世の中には沢山あるよね。嫉妬。その感情が産み出す闇。それは深淵に一番近いかもしれないよ。君が今、僅かではあるけど、それを抱いたよね。嫉妬したよね、百鬼結に」
「……っ」




