幕間 狂女と聖女①
「遅いなぁ、二人とも。あと一分だよ。間に合うかな?」
ニヤニヤ笑いながら、リリーと名乗る女は私の顔を覗き込んでくる。その途轍もない底なしの悪意に、驚愕を通り越して絶望してしまう。これほどの、これほどの悪意を持った人間がこの世に存在していること。同じ人間であること、普通に息をして生活をしていること、それが信じられないし、信じたくないと思う。
「…………二人は、必ず来ます」
「声、震えてるよ? 大丈夫? 心の準備出来てる? ビビっといくからね。ビビっと」
リリーは私を見透かすかのように、嘲笑ってくる。ムキになって言い返せば、この女を喜ばせるだけだろう。怒りで何かを言いそうになるのを、かろうじて飲み込んで耐える。
「そういえば、どう? 座り心地。この電気椅子の。この椅子に座ったのは、生きてる人間を除いて12人なんだよね。殺人ビデオも12本あってね。そのうちの一本が、さっき皆に見せた渡辺テンテーのヤツなんだ。他にも色々あってね、一番面白かったのが――――」
「外道……。生きていて、恥ずかしくないのですか?」
私はリリーを睨み付ける。だが、それでもリリーは面白そうな顔をして、私の顔をギャラクシーのレンズで撮るだけだ。
「ハハッ、そんな感情あるわけ無いじゃん。面白いからやる。それだけだよ」
「人を、殺すことが、苦しめることが、そんなに面白いことなんですか……?」
理解に苦しむ。意味が分からない。こんなことをして、愉しいと言える人間が分からない。本当に同じ人間なのか? どう頑張っても、その片鱗すら理解出来そうに無い。
「ん~~、君と私は違う人間だからって言えば、簡単だけど、せっかくだ。私のことを、少しだけ理解できるようにしてあげよう。冥土の土産に、ね」
悪魔のような微笑を浮かべ、リリーは私を撮影しながら唇を開く。
「……っ」
こいつの言葉は私を壊す。直感する。渡辺先生を殺した時も、殺人鬼はリリーからやり方を教わったと言っていた。プラトニック殺人手法と、奴等は言っていた。それを、私にもやるつもりだ。どれほど身構えても、分かる。分かってしまう。こいつの言葉は毒のように精神を犯し、蝕み、喰らい尽くす。正真正銘の化け物。怪物なのだ……。
「これから、君の処遇を教えるよ。あの二人は、まず間に合わないから。電気ショックで君を焼く。殺さない程度に、調整しながら、永遠に電気で焼き続ける。このキャップを頭に被ってもらって、脳にダイレクトに電気を注入するんだ。それでね、さっきの男の子。百鬼くんだけ? あの子に取引を持ちかける。どんな取引か? 君を助けるための取引だね。どう助けるか。そんなの決まってる。この電気ショックを止めさせること。それが取引になるね。それで、その内容だけど」
「……っ」
耳を塞ぎたくなるが、両腕は金具で固定され何も出来ない。リリーの言葉は無防備な私の心に汚水のように染み渡っていく。
「百鬼結だっけ? さっきの女の子。その子と、セ×クスしてもらう。君の目の前で。電気ショックで発狂しかけている君の前で、二人でイチャイチャしてもらう。最初は抵抗するだろうけど、君の発狂という最悪の未来を回避する為には私の要求は呑むしか選択肢は無い。中途半端は萎えるからね、二人にはちゃんと最後までやってもらうよ。高校生の性欲は凄いからね。快楽でヨガり狂って蕩けていく二人を見ながら、君は苦しみ続け苦しみ続け苦しみ続け、発狂するんだ。なんで私はこんなに苦しんでるのに、死にそうなのに、大好きな彼氏は他の女とセ×クスしてるの? って思いながら、呪いながら、この世の全てを憎悪しながら、醜い顔で糞尿を垂らしながら、嘔吐して、そのさまをビデオに撮って、彼氏にプレゼントしてあげる。ううん、彼氏だけじゃない。君の友達、家族、はてはネットにあげて世界中にシェアして、そのあと電気ショックからは解放してあげる。その代わり、耳にヘッドホンをつけてあげよう。二人の蜜月を撮影した動画を、エンドレスリピートでその耳に流し――――」
「ああ、あああ……」
リリーの言葉が、途中から聞こえなくなる。
クラクラする。目の前が、クラクラする。
まるで長い間水の中にいて、急に地上に引き上げられたような、そんな感覚。
想像しただけで、私はもう駄目だ……。
死にたい。今すぐに死にたい。そして、ここから消えてしまいたい……。
「あれ? 案外早かったね……。もう少し歯ごたえがあると思ったんだけど……」
リリーの言葉が、どこか遠くから聞こえるかのようだ。
私は、無意識に記憶を巡らせ、過去を思い出していた。




