第1話 殺人カリキュラム②
「ふぁぁ……眠い」
バスに揺られながら、俺は窓の外を眺める。僅かな小雨に、景色が淀んでいる。
「先輩、毎日同じ事言ってる」
セリカがジト目で非難してくる。スクールバスで学校まで通い、くだらない日常を過ごしていて、それでもなお前向きにいられるヤツを俺は尊敬する。それがこの少女。白雪セリカだ。学年が一年下の後輩で、同じ冬空学園に通っている。といっても、セリカとは幼稚園からの幼なじみなので、後輩という感じはしない。童顔で、雪のように白い髪に、海のような青い瞳。修道女のような落ち着いた雰囲気だがそそっかしいところもある妙なヤツだ。
「朝は弱いんだ」
欠伸混じりに答えつつ、ゴオオン、というエンジン音が静寂の中に響く。スクールバスとはうるさいものだが、雨は人を静かにするらしい。朝だというのに、眠っているヤツが多い。
それにしても、今日の朝は不気味なことの連続だった。小学生の頃の殺人癖の女の子の夢を見た後に、そいつとよく似た女が家の前に立ってたんだからな。寝ぼけて幻覚でも見ていたんだろう。きっとそうに違いない。
「セリカ、今日の朝飯はなんだった?」
「えっと、卵焼きだけですけど」
「そうか」
「そうか……って。会話それで終わりですか?」
「いや、な。世間話をしようと思ったが、怠くなってやめた」
「もう、本当に先輩は駄目駄目なんだから。ほら、ネクタイも曲がってるし……」
そう言ってセリカは俺の緩んだネクタイを指先で触れ、直してくる。
「こほん、こほん」
後ろの席から、咳払い。ちらりと窓ガラス越しに、結と目が合う。結は俺の妹だ。結はガラス越しに、責めるような目で俺を見ていた。容姿端麗で、黒髪の大和撫子。男女ともに人気者で、生徒会書記。成績は常にトップで、生真面目で社交的。だが俺にだけ異様に当たりが強い。
「ネクタイは朝、私が直したでしょ? 何でまた曲がってるの?」
「いやぁ、何でだろうな? 別に普通にしてたんだけどな」
「普通にしてないから曲がってるんでしょ?」
「正論を言えばいいってもんじゃないぞ、結。正論は時に人を傷つけ――――」
「セリカ、こんな馬鹿兄さんのネクタイなんて、直さなくていいから。どうせ直してもすぐ曲がるんだから、いっそずっと曲がってればいいのよ。ばーかばーか」
「……流石にその発言はヒドくないか我が妹よ。そして罵倒のレベルが小学生だ」
「そ、そんなことより、結。いつも先輩のネクタイって、結が直してるんですか?」
「そうだけど、何か問題ある?」
何故か険悪な雰囲気になる二人。あー、こりゃ駄目だ。寝たふりしよう。そうしよう。
「もっ、問題はない、です、けど……」
「じゃあこの話は終わりね」
「むっ、むぅ……」
セリカは不満そうに声を上げ、俯いてしまう。結の傲慢に対抗できるほど、セリカは図太くない。時と場合により、結を言い負かす時もあったりはするが、希だ。基本的にパワーバランスは結の方が上。
「ありがとな、セリカ」
俺は安心させるように微笑みながら、ネクタイの結び目の部分を指さす。セリカは嬉しそうに微笑み、「はい」と頷く。
「ちっ」
遠くから、舌打ちが響く。振り返ると、同じクラスの不良っぽい金髪の安藤が忌々しげに俺たちを睨み付けていた。朝っぱらからイチャイチャしやがって、みたいな雰囲気だ。まったく、いいじゃないかこのぐらい。別にキスとかしてる訳じゃないんだし。公然わいせつ罪みたいな扱いをされるのは心外だ。