第3話 生首プール⑪
「時間が、時間が無い……っ」
「……そうだね」
あれから、三分が経過した。俺たちは、切迫していた。体育館を出て、中庭に出て、その後は裏庭まで移動した。
「あと、10分しかない。安藤の生首もない……」
「だからあの時、あの女を始末していればよかったのに」
結が呆れたように言う。だが、あの時結があの少女を殺してれば……確実に、引き返せなくなっていた。自分を殺そうとしてくるヤツを返り討ちにするなら、まだいい。だが、自分から逃げて背中を向けている相手を、追いかけて殺すのは、確実に人の道から外れている。
「何かを得るためには、何かを失わなければならない。セリカも、兄さんも、我が儘だよ」
結の言葉には、何故か重みがある。まるで、それを実際にその身で経験したかのようだ。
「……しょうがないな」
結はため息を一つ吐き、微笑う。その目はどこまでも奈落のように深く、暗い。
「キルキルキルル」
結はグレイジェネシスを身に纏うと、剣を自分の首に当てる。
「なっ……にを、している。結」
「最後の最後、もし間に合わなくなりそうだと私が判断したら、私は私の首を切断する。合計すれば4つになるから、セリカの生存条件は満たせる」
「……馬鹿なことを言うな」
「馬鹿なのは兄さんだよ。境界線だの、人の道がどうだの、そんな甘っちょろい考えなら一生かかっても《赤い羊》を出し抜く事なんてできない。あいつらの狂気に打ち勝つ為なら、それ以上の狂気が必要。兄さんには狂気が足りない。覚悟も足りない。透を殺すとさっき宣言したというのに、格下のリリーに右往左往している。その現実から、目を逸らさないでよ」
「……っ」
言われて初めて、気付く。
その通りだ。何も言い返せない。
俺は、二人を守ると言いながら、決意を固めながら、本当の意味での覚悟を決めることができていなかった。たとえセリカに憎まれようとも、人の道を外れようとも、もう二度と日常に帰ることができなくなろうとも、それでも二人を守り切る。その覚悟が、できていなかった。
「屋上まで戻る時間まで考えて、あと五分。あと五分で、生首を一つ回収できなければ、選んでね。私か、セリカか。二人の内、どちらかの犠牲を」
「ふ、ざ、けるな! そんなの、選べるわけが無い……っ!」
「それは駄目だよ、兄さん。それを選びたくないのだったら、あの時あの女の子を、私に殺させておくべきだった。それができなかったのは、兄さんの“弱さ”だよ」
まるで《赤い羊》のような、凍てついた殺人鬼のような眼差しで、結は微笑する。
「…………用意してやる。あと5分だろ、十分だ。確実に生首を用意する。だが、それでも殺るのは俺だ。お前にはやらせない。ただ黙って、見てろ」
「……この期に及んで、まだ偽善を貫くつもり?」
「お前は、俺の妹だ。家族だ。家族を殺人者にする訳にはいかない。手を汚すのは、俺でいい」
「…………まったく、本当にどうしようもない人」
呆れたように、だけどどこか優しい微笑を浮かべ、結は俺を見つめる。
「あと1つ。決して、悲観するようなノルマでは無い。達成出来る筈だ」
「策はあるの?」
「プールへ行く。あそこなら、大量の生首が保管されているはずだ。そこで、回収された生首を持って行く」
「ル、ルール違反じゃない? それ」
「リリーは回収済みの生首を持ってきてはいけないとは言ってない。ルールとして存在しない以上、それはルールではない。法は法で無い限り法では無いんだよ。法治国家もそういう風に出来ている」
「回収された生首は既にどこか別の場所に移動されている可能性もあるんじゃ?」
「で、あれば、提出する為にプールに生首を持ってくるヤツから、奪えばいい。そして、俺たちと同じように待ち伏せを思いつくヤツもいるはず。そいつを確実に殺す」
「…………」
結は目を丸めて、俺を見つめる。頭の回転の速さに驚いているのか? それとも、あまりにも非人間的思考に驚いているのか?
「何を呆けた顔をしている?」
「……兄さんが兄さんじゃないみたいで」
「催眠を解いたのはお前だ。今の俺が、本当の俺だ」
「そう、だね。ごめん、変なこと言って」
「行くぞ、結。お前も、いつでもジェネシスを使えるようにコンディションを整えておけ」
「言われるまでも無い。兄さんも次こそは必ず、結果を出してね」
満面の笑みを浮かべ、結は試すような目で俺を見つめる。これだから、女って生き物は……。
「……分かってるさ」
俺は苦笑しながら、全速力でプールへ向かった。




