第3話 生首プール⑨
「……お前が人を殺すところは見たくない」
「エゴだよ、そんなの。それに、生首を回収しなくちゃセリカが死ぬより酷い目に遭う。ソレを見れば、兄さんは絶対に壊れる。精神が、壊される。殺すなとか、そんなの偽善だよ」
「分かってる。だが、それでも駄目だ。“お前は”殺すな」
「どうして? 兄さんは私の闇が好きなんでしょう? なら良いじゃん」
「お前の闇は確かに魅力的だが、引き返せないところまでは行くな。線引きは守れ」
「なによ、それ。意味わかんない」
「駄目と言ったら駄目だ」
「横暴」
「たまには、兄の言うことを聞いてくれ」
「ん~~、どうしよっかな。人に頼み事する時って、何かしてもらうべきだしな~」
意地悪そうに目尻を歪め、結は微笑って指を唇に当てる。ドSめ……。誰に似たんだか。
「ねえ、兄さん。私に、“善”でいて欲しい?」
悪い顔で微笑みながら、試すように結は首を傾げてくる。
「兄さんは自分の悪を自覚し、他人の悪に魅入られるくせに、自分と他人に善であることを強いてくる。あなたほど不可解な人間はいない。私に催眠までさせてまで自分の悪を殺そうとするあなたは、やっぱりどこまでも矛盾してる。セリカの影響だろうなぁ……」
「…………」
「自分の醜さを自覚しているからこそ、他人の醜さに共感し、魅入られる。けれど、醜さを知っているからこそ美しさに惹かれ、そうであることも望んでしまう。醜さと美しさ。善と悪、その両方にあなたは惹かれる。ある意味深層心理、なんだろうけど」
結は黒曜石のような真っ黒な、けれどどこまでも透明な瞳で俺を見つめ、俺の胸にそっと身体を寄せてくる。妹なのに不覚にもドキっとしてしまう。
「なっ、んだよ」
「はぁ、本当。どうして血が繋がってるんだろう。ううん、血が繋がっているからこそ、かな。兄さん以外考えられない」
「ど、どういう意――――」
「分かってるくせに」
静かな微笑を浮かべ、結は俺を見つめる。その姿に、くらりと視界が揺れる。
《堕落遊戯》――ダラクユウギ――
「酩酊状態に陥りなさい」
「っ、なん、だ……?」
「吐息がかかるくらいの至近距離で、私の目を見た者は私の願いに全て従うようになる。そう、私は今日ではなく、もっとずっと前からジェネシスを使えたの。これが私の催眠術の正体。騙しててごめんね、兄さん」
「…………」
結が何を言っているのかが分からない。ぐらぐらする。何も考えられ――――
「好きよ、兄さん。セリカからあなたを奪う為に、私は自分の全てを捨てた。精神すらね。けど、どうしてだろう。この夢のような時間を手に入れてなお、私は何も出来ないでいる」
結は儚げに、悲しげに微笑みながら俺の胸に顔を埋め、強く抱きしめてくる。
「結……お前、何を」
「どうせ忘れろと言えば、この時間もあなたの中ではなかったことになる。何度も何度も、そうしてきた。セリカがリリーに壊されてしまうタイムリミットまで、この夢の時間を続けることもできる。私は迷ってる」
「馬鹿なことは、やめ、ろ」
俺は奈落のような瞳でどこか遠くを見ている結の頬にそっと手を添える。
「……このままあなたを抱きしめ続けて、セリカが壊れてしまう間ですら、あなたを抱いていたい。その狂おしい程の背徳と、奪い取った快感は計り知れない。その誘惑に、私は勝てないかもしれない。だから言ったのに……あの時、私を止めないでって。あの時あの女の子の首を落として、四つ持って行けば、私はこんな風に迷わなかった。セリカだけを見ているあなたなら、私も諦めがついた。なのに、あなたは私を見た。セリカが壊れるリスクより、私が人を殺す瞬間を遠ざけることを選択した」
「結……っ」
「ふふ、ふふふ、ふふふふふふ………………」
狂ったように笑い出す結。おぞましいと感じると同時に、その姿を美しいと思う。思ってしまう。それが俺の、闇……。




